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五、深草別業
(七)
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轅の側には、供でついてきていた男とは別の狩衣姿の男が立っていた。男は、「こちらへ。」と言って、中門廊の沓脱へ案内し、そこに上がって簀子に腰を下ろして靴を脱ぐと、リュックを背負って、簀子に上がった。ここの簀子には高欄はなかった。
沓脱とは地面から一段高く板敷を渡し、そこに乗って靴を脱ぐところである。また、簀子とは、今で言う縁側のことである。平安の頃は縁側のことを簀子と呼んでいた。簀子の外側に沓脱があった。
簀子に上がった時、ふと振り返ったのだが、もう一両の牛車が牛を外されて車宿の方に引かれていくのが見えた。女性二人の方は先に到着していたようだった。
中門廊の簀子に上がると、中門の脇の妻戸は開かれており、男に導かれ、その妻戸から中門廊の中へ入った。通常、中門廊は玄関のような役割を持っており、屋敷に入るときは、中門脇の妻戸から中門廊に入り、対の屋や寝殿に向かうことが多い。ただ、芳野にとっては江戸時代の大名屋敷に上がったみたいな感覚だった。
芳野を建物内部へ案内した男は、橡の布衣に白の指貫を穿いて、年のころは四十代だろうか、烏帽子から覗く髪には少々の白髪が混じっていた。
芳野は、男に導かれるまま、中門廊を進んでいくと、やがて、西の対の妻戸に突き当たった。妻戸は開け放たれ、内側に簾が下がっていたので、中は見えなかった。左右にも開け放たれた妻戸はあったが、こちらの妻戸には簾はかかってなかった。対の屋や寝殿の周囲を巡る簀子に出られるようだった。
男は、右の妻戸から寝殿の簀子に出て、寝殿正面の前を通って真ん中あたりで止まると、「ここでお待ちください。」と言って、簾を押し開けて中に入って行った。芳野は、その場で、リュックを下ろして腰を下ろしたが、中門廊に上がって、ここに案内されるまでの空気感から、あまりここはカジュアルな場ではないなと感じて、一応、正座して待つことにした。
外気に直接触れる簀子の上で待つのは、板敷の床が冷たいのも相まって寒かった。三月と言うよりは、一月、二月の寒さのような気もしたが、たまに三月でも寒が戻るときはある。ただ、伏見稲荷の境内にいたときは、ここまで寒くなかったような気がする。
寝殿は、両端の一間分の半蔀は閉じられていて、残りの中央部分は下半分の格子を外し、上半分の半蔀を上に吊って開放状態にしていて、そこには簾が下がっていた。
「参りました。」と簾の向こうで男が言うのが聞こえた。そして、先程の男が出て来て吉野の座っている姿を見るなり少し驚いたようだが、「どうぞ。」と言って、簾を少し上げて中に入るよう促された。芳野は傍らに置いていたリュックを手に取り、簾を手繰り上げて中に入ると、「そこに。」と指し示された南庇の中央辺りに腰を下ろそうとしたが、その際、男に「皆と同じ座り方を。」と耳打ちされた。芳野は何のことかわからず、ここでも正座しようとしたが、ふと振り返ると男は胡坐をかいて座っていた。このことかと気づいた芳野は恐る恐る胡坐をかいて座った。振り返ると男がかすかに頷くのが見えた。
「南庇」とは、庇の間の南側の部分を指す。寝殿造りの建物では、建物内部の中心部を母屋と呼び、その周囲を庇と呼ぶ。現代では、庇と言うと、建物の外側の部分を指すが、寝殿造りの建物では庇の間は建物内部にある。また、寝殿造りの建物でも大きいものになると、庇の間が拡大されていることもある。この拡大された庇の間は孫庇と呼ばれる。
沓脱とは地面から一段高く板敷を渡し、そこに乗って靴を脱ぐところである。また、簀子とは、今で言う縁側のことである。平安の頃は縁側のことを簀子と呼んでいた。簀子の外側に沓脱があった。
簀子に上がった時、ふと振り返ったのだが、もう一両の牛車が牛を外されて車宿の方に引かれていくのが見えた。女性二人の方は先に到着していたようだった。
中門廊の簀子に上がると、中門の脇の妻戸は開かれており、男に導かれ、その妻戸から中門廊の中へ入った。通常、中門廊は玄関のような役割を持っており、屋敷に入るときは、中門脇の妻戸から中門廊に入り、対の屋や寝殿に向かうことが多い。ただ、芳野にとっては江戸時代の大名屋敷に上がったみたいな感覚だった。
芳野を建物内部へ案内した男は、橡の布衣に白の指貫を穿いて、年のころは四十代だろうか、烏帽子から覗く髪には少々の白髪が混じっていた。
芳野は、男に導かれるまま、中門廊を進んでいくと、やがて、西の対の妻戸に突き当たった。妻戸は開け放たれ、内側に簾が下がっていたので、中は見えなかった。左右にも開け放たれた妻戸はあったが、こちらの妻戸には簾はかかってなかった。対の屋や寝殿の周囲を巡る簀子に出られるようだった。
男は、右の妻戸から寝殿の簀子に出て、寝殿正面の前を通って真ん中あたりで止まると、「ここでお待ちください。」と言って、簾を押し開けて中に入って行った。芳野は、その場で、リュックを下ろして腰を下ろしたが、中門廊に上がって、ここに案内されるまでの空気感から、あまりここはカジュアルな場ではないなと感じて、一応、正座して待つことにした。
外気に直接触れる簀子の上で待つのは、板敷の床が冷たいのも相まって寒かった。三月と言うよりは、一月、二月の寒さのような気もしたが、たまに三月でも寒が戻るときはある。ただ、伏見稲荷の境内にいたときは、ここまで寒くなかったような気がする。
寝殿は、両端の一間分の半蔀は閉じられていて、残りの中央部分は下半分の格子を外し、上半分の半蔀を上に吊って開放状態にしていて、そこには簾が下がっていた。
「参りました。」と簾の向こうで男が言うのが聞こえた。そして、先程の男が出て来て吉野の座っている姿を見るなり少し驚いたようだが、「どうぞ。」と言って、簾を少し上げて中に入るよう促された。芳野は傍らに置いていたリュックを手に取り、簾を手繰り上げて中に入ると、「そこに。」と指し示された南庇の中央辺りに腰を下ろそうとしたが、その際、男に「皆と同じ座り方を。」と耳打ちされた。芳野は何のことかわからず、ここでも正座しようとしたが、ふと振り返ると男は胡坐をかいて座っていた。このことかと気づいた芳野は恐る恐る胡坐をかいて座った。振り返ると男がかすかに頷くのが見えた。
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