稲荷詣で

斐川 帙

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五、深草別業

(十二)

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 「こちらが西の対の東の細殿になります。こちらは駿河守様の姫君方の御寝所となられます。こちらの北庇、障子の向こうを御寝所となさってください。後ほど、御飯おものを参らせます。褥やふすまは、そののちにお持ちいたしますので。」と言って、廊から妻戸を開いて西の対に入ってすぐのところの障子を開いて、ここに吉野の寝所を用意すると言う。

 「おもの」とは食事のことなのだが、芳野には伝わらず、「何か」が来るという程度の認識でいた。いちいち聞き返すのも面倒になったのだ。

 ちなみに、褥とは今で言う敷布団のようなもので、衾は掛け布団のことを指す。現代で言うふすまとは違う。また、障子は、板張りだったり、木枠に布を張ったりした引き戸のことで、柱と柱の間に嵌める。現代のような紙張りではない。寝殿造りの建物内部では空間を仕切るときに障子はよく使われた。基本的に寝殿造りでは壁で部屋を仕切ると言うことはなかったので、代わりに、障子を嵌めたり、几帳、屏風、簾などで空間を仕切っていた。

 「承知いたしました。」と芳野は返事したが、ふと、気になっていたことを思い出して、「今日は何月なんでしょうか?」と聞いてみた。男は、意外なことを聞くと言う顔をして、「師走でございます。」と答えた。芳野は驚いたが、口に出さず、障子を開けて、中に入った。十二月だったとは、道理で肌寒かったわけだと納得した。しかし、三月のはずなのだが、ここに来て、十二月と言われて、一体、どういうことなのだろうか。

 部屋は、入ってみると四畳半よりちょっと広いくらいの正方形の空間で、三方が障子で区切られて背後は半蔀だったので、一応、プライベートな空間の体は成していた。この部屋の隅にリュックを置くと、丸柱に寄り掛かるようにして寛いだ。
 この時、芳野は腕時計をしていることを思い出した。今まであまりに突拍子のない事の連続だったので気が付かなかった。芳野が腕に嵌めている腕時計はアナログ時計だがデジタル表示で時刻、月日、曜日も表示されていた。
 左手首の時計を見ると十二月七日(月)十七時三十五分と表示されていた。今日は三月八日(月)でなかったのか。伏見稲荷大社に着いたのは確か九時前で稲荷山を巡って二時間くらい経ったとしても十一時くらい、とすると今はちょうどお昼くらいのはずだ。どういうことだろう。芳野の頭は混乱した。よくわからないが、時間がおかしくなっている。腕時計が壊れたのかもと思ったが、こんなに時間がずれることは今までなかったし、先程の男ははっきり「師走」と言った。腕時計の教える今月と一致している。
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