稲荷詣で

斐川 帙

文字の大きさ
73 / 155
六、猪隈殿

(十一)

しおりを挟む
 実は、ご飯を高く盛って固めたところに箸を斜めに刺して出すのは、この時代では、ごく普通の作法であった。平安末に書かれた「病草子やまいのそうし」の「歯の揺らぐ男」の話では、山盛りにつき固められたご飯に斜めに箸が刺さっている絵が描かれている。だから、何か含みがあってやったことではなく、いつもやっているようにやっていただけだった。

 芳野は、箸を抜いて食事を始めたが、近江守邸で出された食事と同様、茹でた山菜、焼き魚、魚介類の干物などは、素材の味だけで全く味付けはされておらず、小皿で用意された醤、酢、塩などの調味料につけて食べるようになっているようだった。その他に、野菜のあつものかぶの漬物も添えてあった。

 十分ほどで食べ終わると、大方おおかたからになった碗や皿が残った高折敷を前にして、空腹が満たされた満足感で、芳野は、しばらくぼおっと遠くを眺めていた。芳野の正面の辺りは、格子も半蔀も外されていて、庭先がよく見えていた。簀子では、先程まで庭先に運び込まれていた運上品を確認していた男が折敷を前にして食事を取っていた。折敷の上に載っているおかずは、芳野よりも少ないように見えて、ご飯の量も、心なしか少ないように見えた。

 芳野のいる場所から見える庭先は、陽光に明るく照らされていた。その所為か、もう、かなり日は高くなっているように感じて、遅めの朝食だなと芳野は感じたのだが、平安時代では、朝食は大体、巳の刻(午前九時~十一時)頃で現代と比べるとかなり遅めになっていた。ちなみに昼食はなく、夕食は申の刻(午後三時~五時)頃だったようである。

 男が芳野の前に立った。
 芳野は、男が前に立つまで気づかず、視野に人影が現れたと思ったら目の前に立っていたので、驚いた。見上げると、見た顔だったが誰なのかは咄嗟には思い出せなかった。すると、男は、「駿河守様のお召しです。こちらへどうぞ。」と言って、先に立って、再び寝殿の方へ歩いて行った。男の後を付いて歩いている途中で、この男は、先程、芳野をここまで案内して来た男であることに気づいた。
  妻戸を抜けて、反り橋を渡り、寝殿南の簀子に入ったところで、男は芳野を先に行かせて、その場に腰を下ろした。芳野は寝殿南面の簀子の中央まで進んで、とりあえず腰を下ろして胡坐をかいた。この寝殿の南側には庇の間もあるので、母屋は少し奥に見えていた。ここまで案内した男は、芳野を南庇の中央のところまで進むよう促したので芳野は、更に進んで室内に入り腰を下ろした。広い板敷の間の奥の正面には一畳の畳が置かれていて、五十代と見える男が座っていた。立烏帽子たてえぼし青朽葉あおくちばの狩衣を着て、狩衣の下から覗く指貫は黄橡きつるばみであった。男の着ている狩衣は光沢があり複雑な文様が散りばめられていて豪華な印象であった。
 母屋は右半分に簾がかかっていたので、正面にいる男の隣の簾の奥に、誰かいるような気配があったが、姿はよく見えなかった。南庇右側には几帳が二基据えてあって、その向こうにも誰かいるようだった。ここまで案内した男は、簀子に控えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...