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六、猪隈殿
(十一)
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実は、ご飯を高く盛って固めたところに箸を斜めに刺して出すのは、この時代では、ごく普通の作法であった。平安末に書かれた「病草子」の「歯の揺らぐ男」の話では、山盛りにつき固められたご飯に斜めに箸が刺さっている絵が描かれている。だから、何か含みがあってやったことではなく、いつもやっているようにやっていただけだった。
芳野は、箸を抜いて食事を始めたが、近江守邸で出された食事と同様、茹でた山菜、焼き魚、魚介類の干物などは、素材の味だけで全く味付けはされておらず、小皿で用意された醤、酢、塩などの調味料につけて食べるようになっているようだった。その他に、野菜の羹、蕪の漬物も添えてあった。
十分ほどで食べ終わると、大方、空になった碗や皿が残った高折敷を前にして、空腹が満たされた満足感で、芳野は、しばらくぼおっと遠くを眺めていた。芳野の正面の辺りは、格子も半蔀も外されていて、庭先がよく見えていた。簀子では、先程まで庭先に運び込まれていた運上品を確認していた男が折敷を前にして食事を取っていた。折敷の上に載っているおかずは、芳野よりも少ないように見えて、ご飯の量も、心なしか少ないように見えた。
芳野のいる場所から見える庭先は、陽光に明るく照らされていた。その所為か、もう、かなり日は高くなっているように感じて、遅めの朝食だなと芳野は感じたのだが、平安時代では、朝食は大体、巳の刻(午前九時~十一時)頃で現代と比べるとかなり遅めになっていた。ちなみに昼食はなく、夕食は申の刻(午後三時~五時)頃だったようである。
男が芳野の前に立った。
芳野は、男が前に立つまで気づかず、視野に人影が現れたと思ったら目の前に立っていたので、驚いた。見上げると、見た顔だったが誰なのかは咄嗟には思い出せなかった。すると、男は、「駿河守様のお召しです。こちらへどうぞ。」と言って、先に立って、再び寝殿の方へ歩いて行った。男の後を付いて歩いている途中で、この男は、先程、芳野をここまで案内して来た男であることに気づいた。
妻戸を抜けて、反り橋を渡り、寝殿南の簀子に入ったところで、男は芳野を先に行かせて、その場に腰を下ろした。芳野は寝殿南面の簀子の中央まで進んで、とりあえず腰を下ろして胡坐をかいた。この寝殿の南側には庇の間もあるので、母屋は少し奥に見えていた。ここまで案内した男は、芳野を南庇の中央のところまで進むよう促したので芳野は、更に進んで室内に入り腰を下ろした。広い板敷の間の奥の正面には一畳の畳が置かれていて、五十代と見える男が座っていた。立烏帽子に青朽葉の狩衣を着て、狩衣の下から覗く指貫は黄橡であった。男の着ている狩衣は光沢があり複雑な文様が散りばめられていて豪華な印象であった。
母屋は右半分に簾がかかっていたので、正面にいる男の隣の簾の奥に、誰かいるような気配があったが、姿はよく見えなかった。南庇右側には几帳が二基据えてあって、その向こうにも誰かいるようだった。ここまで案内した男は、簀子に控えていた。
芳野は、箸を抜いて食事を始めたが、近江守邸で出された食事と同様、茹でた山菜、焼き魚、魚介類の干物などは、素材の味だけで全く味付けはされておらず、小皿で用意された醤、酢、塩などの調味料につけて食べるようになっているようだった。その他に、野菜の羹、蕪の漬物も添えてあった。
十分ほどで食べ終わると、大方、空になった碗や皿が残った高折敷を前にして、空腹が満たされた満足感で、芳野は、しばらくぼおっと遠くを眺めていた。芳野の正面の辺りは、格子も半蔀も外されていて、庭先がよく見えていた。簀子では、先程まで庭先に運び込まれていた運上品を確認していた男が折敷を前にして食事を取っていた。折敷の上に載っているおかずは、芳野よりも少ないように見えて、ご飯の量も、心なしか少ないように見えた。
芳野のいる場所から見える庭先は、陽光に明るく照らされていた。その所為か、もう、かなり日は高くなっているように感じて、遅めの朝食だなと芳野は感じたのだが、平安時代では、朝食は大体、巳の刻(午前九時~十一時)頃で現代と比べるとかなり遅めになっていた。ちなみに昼食はなく、夕食は申の刻(午後三時~五時)頃だったようである。
男が芳野の前に立った。
芳野は、男が前に立つまで気づかず、視野に人影が現れたと思ったら目の前に立っていたので、驚いた。見上げると、見た顔だったが誰なのかは咄嗟には思い出せなかった。すると、男は、「駿河守様のお召しです。こちらへどうぞ。」と言って、先に立って、再び寝殿の方へ歩いて行った。男の後を付いて歩いている途中で、この男は、先程、芳野をここまで案内して来た男であることに気づいた。
妻戸を抜けて、反り橋を渡り、寝殿南の簀子に入ったところで、男は芳野を先に行かせて、その場に腰を下ろした。芳野は寝殿南面の簀子の中央まで進んで、とりあえず腰を下ろして胡坐をかいた。この寝殿の南側には庇の間もあるので、母屋は少し奥に見えていた。ここまで案内した男は、芳野を南庇の中央のところまで進むよう促したので芳野は、更に進んで室内に入り腰を下ろした。広い板敷の間の奥の正面には一畳の畳が置かれていて、五十代と見える男が座っていた。立烏帽子に青朽葉の狩衣を着て、狩衣の下から覗く指貫は黄橡であった。男の着ている狩衣は光沢があり複雑な文様が散りばめられていて豪華な印象であった。
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