稲荷詣で

斐川 帙

文字の大きさ
115 / 155
七、三条烏丸の御所

(十四)

しおりを挟む
 一息ついたところで、水干の男は自己紹介を始めた。
伴信直ともののぶなおと申します。」
 位階・官職を名乗らなかったところを見ると無位無官の男なのだろうか。自己紹介されたので芳野も名乗った。
「芳野と申します。」
「どうですか?昨日の今日で言うのも何ですが、お屋敷は慣れましたか?」
「いえ、全く勝手がわからず、一人で外出もままならない始末でして。退屈してます。」
「一人で外出とは、従者はおられないのですか?」
「従者ですか?」
 なぜ尋ねるのかと疑問に思うほど縁遠い存在であったので、芳野は、多少、つっけんどんな口調で、
「まさか、そんな、従者など。」と返した。
「おられないんですか。いや、それは、大層、御不便でしょう?何故、従者を連れて来られなかったのですか?」
「そもそも、従者など持ち合わせておりません。」
「はあ、そうなんですか。珍しい。」
 信直は半ば呆れたように嘆息した。
「ご不便でしたら、お世話申し上げましょうか?この近辺でも暇をかこっている連中は多いですから。駿河守様のご客人の従者とあれば、喜んで参上する者もいるでしょう。」
 初対面の自分に、従者を世話するという申し出に、胡散臭さを感じた芳野は、「いや、大丈夫です。」と断ったが、信直は不服そうな色を見せて、猶も押し売りしてきそうな雰囲気を出していたので、芳野は話題を変えることにした。
侍所さむらいどころにお勤めと伺ったのですが、侍所という部署に疎いのですが、失礼ですが、普段は何をなされておられるのですか?」
「普段?いろいろと屋敷内の雑用でしょうか。駿河守様の外出のお供をしたり、家人けにんの管理をしたり、時には所領関連の帳簿や土地・家屋の売券の整理とか運上品の点検とかもしてますね。政所まんどころみたいなこともしてますね。まあ、いろいろですね。」
 芳野にとっては全く身近でない話だったので、ふうんと感心する他に反応のしようがない内容だった。これ以上、話題を広げるのは難しかった。
「ところで、駿河守様には古くからお仕えしてらっしゃるのですか?」
「いや、お仕え申し上げてから、そんなに経ってはいないですよ。新参者ですよ。確か、四年前の春くらいからだと記憶しています。修理殿の縁者が父の知り合いだった縁で、丁度、その時、大蔵の史生ししょうの官を、まあ、ゆえあって失ってから、もう、何年も無官だったもので、何とか食いつないできたのですが、本当、助かりましたよ。と言っても、大蔵の史生の時も、忙しいわりに、そんなに実入りがよかったわけではないのですがね。駿河守様は、有徳の方なので、おかげで、生活も楽になりましたし、人も何人か雇えるようにもなりましたしね。」
「そうなんですか。」と感心したが、芳野は「有徳の方」と言う言葉を「徳のある立派な人」という意味で理解し、駿河守が人望の厚い立派な方なので自然と家が豊かになったと言う風に誤解したが、実際は、「有徳」とは単に金持ちや資産家のことを指して言う言葉であった。
「修理さんの伝手つてでということですか?」
「修理殿にご紹介いただいてね、ありがたいことです。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...