稲荷詣で

斐川 帙

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七、三条烏丸の御所

(二十三)

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 修理が去って間もなく、紙燭を手に持って、八重がやって来た。八重は、切灯台きりとうだいに火を灯して部屋の中に差し入れると、「早くご準備を。」と言って、芳野をかした。
 それを受けて、芳野は、すぐさま着替えると、障子を開けて部屋の外に出た。芳野は、リュックの奥にしまっていた上着を取り出して上に羽織った。伏見稲荷の参拝は急遽、決めたものなので、現地の天候や気温など調べる余裕もなく、念のため、寒かったときのためにリュックの奥に入れて持って来たものだった。しかし、それを羽織っても、まだ、肌寒く感じた。
 八重は、切灯台の火を吹き消し、すぐに立ち上がって、芳野を先導して妻戸から簀子に出て、寝殿へと向かった。周りは真っ暗闇だったが、八重の持つ紙燭のほのおに照らされて、弱々しく浮かび上がる足元の様子を頼りに、八重について歩いて行った。北の対と寝殿をつなぐ廊が、簀子の隣に沿ってあったが、それは、北の対から寝殿の母屋の北東隅に直接入れる経路だったので、駿河守や北の方などしか通れない経路であった。
 寝殿西側の簀子を歩いて、寝殿南面に曲がる直前にある南東隅の妻戸から寝殿内に入った。八重は、妻戸を開けると、芳野に入るよう促して自身は入らず、芳野が入ったのを見届けて、北の対に帰って行った。

 芳野は、うすぼんやりと照らされた室内を目をらしながら確認し、南庇みなみびさしの中央まで行って腰を下ろした。

 正面の畳の上を見ると、既に駿河守が緊張の面持ちで、脇息に体を預けるようにして座っている。両脇には火が灯された灯台が設置されていて、それで室内がうすぼんやりと照らされているようだった。表情をよく見ると、駿河守はいらいらしているようにも見えた。

 駿河守の左右には、今回は誰もいないようであった。また、寝殿の格子は全てめられたままで半蔀はじとみも下げられたままだった。

「寝ているところを起こして悪いが、到頭、起こってしまったようなのだ。」
 そこに、先程、芳野が入ったところの妻戸が開いて、修理が芳野の後ろに座った。修理は走ったのか、息が上がっているように見えた。
「修理。説明せよ。」
「はい。先程、知らせがあって、三条烏丸の御所が何者かの軍勢に包囲されているとのこと。付近は騒然としてきているようでございます。」
 三条烏丸の御所と言えば、今朝ほど、あさつゆとあきおぎを送って行った場所だ。彼女等は今、御所の中にいるはずである。しかし、軍勢に包囲されているとは、どういうことなのだろう?芳野は何が起こっているのかわからなかった。

「どういうことなのでしょう?」と、芳野は呑気な質問を投げかけてしまった。
 駿河守は多少いらつきの色を滲ませながら、
「どういうことも何も、御所を囲んでいる軍兵は下野殿の配下の者であろう。右衛門督様は、事を起こしてしまったということだ。」と吐き捨てるように言った。
 それでも芳野はまだ事の内容を理解できないでいた。
「包囲して何をするつもりなんですか?」
 さすがに、この愚問には駿河守は多少キレ気味になって、芳野の質問には答えず、
「とにかく、御所に行って様子を見てきてもらいたいのだ。幾人か武者を付けるから、見てきてくれ。」と芳野に言うと、今度は修理の方に向かって、「修理、頼む。」と声をかけた。
 修理は、承知すると、芳野を促して、共に寝殿から出た。そして、反り橋を渡って、侍所のある二棟廊に入って腰を下ろした。付近の庭先には、既に篝火かがりびが数個設置されており、周囲を明るく照らしていた。
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