稲荷詣で

斐川 帙

文字の大きさ
125 / 155
七、三条烏丸の御所

(二十四)

しおりを挟む
 芳野の横に腰を下ろした修理は事態を説明した。
「昨日、右衛門督様が左馬頭様を語らって少納言入道様をお討ちになるとの話があったと思いますが、覚えておられますか?」
「はい、覚えております。…あっ。」
 ようやく、ここに至って、芳野は、今、起こっている出来事が何なのかを理解した。
「少納言入道様は、よく院の御所に御子息ともども出仕されております。おそらく今夜も出仕されておられるでしょう。」
「じゃあ、下野守の軍勢が、右衛門督の命令で少納言入道を殺すために御所を包囲しているということですか?」
「そうです。」
「じゃあ、左馬頭は何してるんですか?」
 芳野は昨日の話をよく聞いていなかったため、下野守と左馬頭が同一人物であることを忘れていた。
 修理は「えっ?」という顔をして、何を言っているのかわからずに首をひねると、芳野は誤解に気づいて、そう言えば、昨日、下野守が左馬頭も兼任しているようなことを言っていたかもしれないというおぼろげな記憶が蘇った。
 焦って、芳野は、「わかりました。早速、御所に向かいましょう。」と、急いで話をはぐらかすと、間を置かずに、「それで、どうすればいいんですか?」と、次の行動を確認した。
「供の武者は、既に見繕ってありますが、今、たのめるつわものは、ほとんど美濃や駿河のさとに帰っていて、わずかしか集められなかったのですが、いないよりはましでしょう。相手は、坂東武者どもですから、くれぐれもご無理はなさらないでください。ただ、姫君だけは、なんとか無事に連れ帰っていただきたい。これは駿河守様の厳命ですので。」
 修理は『厳命』と言う言葉に、殊更ことさら、力を込めて芳野に伝えた。相手は坂東武者だから無理するな、でも、あさつゆだけは必ず連れて帰ってこいという矛盾した指示を受け取って、芳野は、しかし、あまり深く考えもせず、首肯した。普段、暴力沙汰に遭うこともなく、平和な世の中にどっぷり漬かっている芳野には、戦闘に巻き込まれるかもしれない現場の雰囲気など想像できるはずもなかった。だから、この危険な任務も軽く考えている節があった。しかし、実際に殺し合いの現場を経験したことのない芳野には無理もない事ではあった。

 しばらく二棟廊ふたむねろうで待っていると、どかどかと人がやってきて、南面の格子が外され、半蔀が吊られ、庭先が見えるようになった。篝火が闇夜に庭先を明るく浮かび上がらせていた。

 暫くして、庭先に三人の武者と、二頭の馬を引いた男が一人やってきた。
 武者の三人のうち、一人は、折烏帽子おれえぼしを被り、水干すいかん括袴くくりばかま脛巾はばきを履き、草鞋わらじを履いていた。腰に十數本の矢が刺さったえびらをつけて、手には弓を持ち、太刀を佩用はいようして、太刀の上には弦巻つるまきが下がっていた。脛巾とは、露出した脛に布を巻きつけて紐で縛ったもので、弦巻とは、弓の弦が切れた時のための予備の弦を巻いておく輪っかのようなもので、腰に下げていた。
 残りの二人は、萎烏帽子なええぼしまげくくって、直垂ひたたれに括袴で、脛巾を履き、草鞋を履いて、長刀なぎなたを持っていた。三人とも、甲冑かっちゅうはつけていなかった。年の頃は二十代後半から三十代と言ったところであろうか。
 馬を引いていた男は、長刀を持った武者と同様、萎烏帽子に直垂姿の括袴だったが、脛巾を履かず裸足はだしで、萎烏帽子は髷に括りつけていなかった。また、打刀うちがたなのような長い腰刀こしがたなを腰に差していた。

 二頭の馬は、一頭は鹿毛かげで、もう一頭は青毛あおげの馬だった。鹿毛や青毛は馬の毛色のことであるが、鹿毛は茶色、青毛は、青ではなく真っ黒な毛色のことを指す。
 二頭の馬はどちらも小柄で、馬と言うよりは大きめのポニーと言った印象であった。現在見る競走馬や乗馬用の馬と違って、日本古来の在来馬は、体高は、平均で大体百三十センチ程度でがっしりした体型だったと言う。
 当時の武者たちは、速い馬よりも、大鎧を着て山野を駆け巡っても壊れない頑丈な馬を求め、穏和な気質よりも、合戦でもひるまない激しい気性の馬を求めたと言う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...