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七、三条烏丸の御所
(二十四)
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芳野の横に腰を下ろした修理は事態を説明した。
「昨日、右衛門督様が左馬頭様を語らって少納言入道様をお討ちになるとの話があったと思いますが、覚えておられますか?」
「はい、覚えております。…あっ。」
ようやく、ここに至って、芳野は、今、起こっている出来事が何なのかを理解した。
「少納言入道様は、よく院の御所に御子息ともども出仕されております。おそらく今夜も出仕されておられるでしょう。」
「じゃあ、下野守の軍勢が、右衛門督の命令で少納言入道を殺すために御所を包囲しているということですか?」
「そうです。」
「じゃあ、左馬頭は何してるんですか?」
芳野は昨日の話をよく聞いていなかったため、下野守と左馬頭が同一人物であることを忘れていた。
修理は「えっ?」という顔をして、何を言っているのかわからずに首をひねると、芳野は誤解に気づいて、そう言えば、昨日、下野守が左馬頭も兼任しているようなことを言っていたかもしれないという朧げな記憶が蘇った。
焦って、芳野は、「わかりました。早速、御所に向かいましょう。」と、急いで話をはぐらかすと、間を置かずに、「それで、どうすればいいんですか?」と、次の行動を確認した。
「供の武者は、既に見繕ってありますが、今、恃める兵は、ほとんど美濃や駿河の郷に帰っていて、わずかしか集められなかったのですが、いないよりはましでしょう。相手は、坂東武者どもですから、くれぐれもご無理はなさらないでください。ただ、姫君だけは、なんとか無事に連れ帰っていただきたい。これは駿河守様の厳命ですので。」
修理は『厳命』と言う言葉に、殊更、力を込めて芳野に伝えた。相手は坂東武者だから無理するな、でも、あさつゆだけは必ず連れて帰ってこいという矛盾した指示を受け取って、芳野は、しかし、あまり深く考えもせず、首肯した。普段、暴力沙汰に遭うこともなく、平和な世の中にどっぷり漬かっている芳野には、戦闘に巻き込まれるかもしれない現場の雰囲気など想像できるはずもなかった。だから、この危険な任務も軽く考えている節があった。しかし、実際に殺し合いの現場を経験したことのない芳野には無理もない事ではあった。
しばらく二棟廊で待っていると、どかどかと人がやってきて、南面の格子が外され、半蔀が吊られ、庭先が見えるようになった。篝火が闇夜に庭先を明るく浮かび上がらせていた。
暫くして、庭先に三人の武者と、二頭の馬を引いた男が一人やってきた。
武者の三人のうち、一人は、折烏帽子を被り、水干に括袴で脛巾を履き、草鞋を履いていた。腰に十數本の矢が刺さった箙をつけて、手には弓を持ち、太刀を佩用して、太刀の上には弦巻が下がっていた。脛巾とは、露出した脛に布を巻きつけて紐で縛ったもので、弦巻とは、弓の弦が切れた時のための予備の弦を巻いておく輪っかのようなもので、腰に下げていた。
残りの二人は、萎烏帽子を髷に括って、直垂に括袴で、脛巾を履き、草鞋を履いて、長刀を持っていた。三人とも、甲冑はつけていなかった。年の頃は二十代後半から三十代と言ったところであろうか。
馬を引いていた男は、長刀を持った武者と同様、萎烏帽子に直垂姿の括袴だったが、脛巾を履かず裸足で、萎烏帽子は髷に括りつけていなかった。また、打刀のような長い腰刀を腰に差していた。
二頭の馬は、一頭は鹿毛で、もう一頭は青毛の馬だった。鹿毛や青毛は馬の毛色のことであるが、鹿毛は茶色、青毛は、青ではなく真っ黒な毛色のことを指す。
二頭の馬はどちらも小柄で、馬と言うよりは大きめのポニーと言った印象であった。現在見る競走馬や乗馬用の馬と違って、日本古来の在来馬は、体高は、平均で大体百三十センチ程度でがっしりした体型だったと言う。
当時の武者たちは、速い馬よりも、大鎧を着て山野を駆け巡っても壊れない頑丈な馬を求め、穏和な気質よりも、合戦でも怯まない激しい気性の馬を求めたと言う。
「昨日、右衛門督様が左馬頭様を語らって少納言入道様をお討ちになるとの話があったと思いますが、覚えておられますか?」
「はい、覚えております。…あっ。」
ようやく、ここに至って、芳野は、今、起こっている出来事が何なのかを理解した。
「少納言入道様は、よく院の御所に御子息ともども出仕されております。おそらく今夜も出仕されておられるでしょう。」
「じゃあ、下野守の軍勢が、右衛門督の命令で少納言入道を殺すために御所を包囲しているということですか?」
「そうです。」
「じゃあ、左馬頭は何してるんですか?」
芳野は昨日の話をよく聞いていなかったため、下野守と左馬頭が同一人物であることを忘れていた。
修理は「えっ?」という顔をして、何を言っているのかわからずに首をひねると、芳野は誤解に気づいて、そう言えば、昨日、下野守が左馬頭も兼任しているようなことを言っていたかもしれないという朧げな記憶が蘇った。
焦って、芳野は、「わかりました。早速、御所に向かいましょう。」と、急いで話をはぐらかすと、間を置かずに、「それで、どうすればいいんですか?」と、次の行動を確認した。
「供の武者は、既に見繕ってありますが、今、恃める兵は、ほとんど美濃や駿河の郷に帰っていて、わずかしか集められなかったのですが、いないよりはましでしょう。相手は、坂東武者どもですから、くれぐれもご無理はなさらないでください。ただ、姫君だけは、なんとか無事に連れ帰っていただきたい。これは駿河守様の厳命ですので。」
修理は『厳命』と言う言葉に、殊更、力を込めて芳野に伝えた。相手は坂東武者だから無理するな、でも、あさつゆだけは必ず連れて帰ってこいという矛盾した指示を受け取って、芳野は、しかし、あまり深く考えもせず、首肯した。普段、暴力沙汰に遭うこともなく、平和な世の中にどっぷり漬かっている芳野には、戦闘に巻き込まれるかもしれない現場の雰囲気など想像できるはずもなかった。だから、この危険な任務も軽く考えている節があった。しかし、実際に殺し合いの現場を経験したことのない芳野には無理もない事ではあった。
しばらく二棟廊で待っていると、どかどかと人がやってきて、南面の格子が外され、半蔀が吊られ、庭先が見えるようになった。篝火が闇夜に庭先を明るく浮かび上がらせていた。
暫くして、庭先に三人の武者と、二頭の馬を引いた男が一人やってきた。
武者の三人のうち、一人は、折烏帽子を被り、水干に括袴で脛巾を履き、草鞋を履いていた。腰に十數本の矢が刺さった箙をつけて、手には弓を持ち、太刀を佩用して、太刀の上には弦巻が下がっていた。脛巾とは、露出した脛に布を巻きつけて紐で縛ったもので、弦巻とは、弓の弦が切れた時のための予備の弦を巻いておく輪っかのようなもので、腰に下げていた。
残りの二人は、萎烏帽子を髷に括って、直垂に括袴で、脛巾を履き、草鞋を履いて、長刀を持っていた。三人とも、甲冑はつけていなかった。年の頃は二十代後半から三十代と言ったところであろうか。
馬を引いていた男は、長刀を持った武者と同様、萎烏帽子に直垂姿の括袴だったが、脛巾を履かず裸足で、萎烏帽子は髷に括りつけていなかった。また、打刀のような長い腰刀を腰に差していた。
二頭の馬は、一頭は鹿毛で、もう一頭は青毛の馬だった。鹿毛や青毛は馬の毛色のことであるが、鹿毛は茶色、青毛は、青ではなく真っ黒な毛色のことを指す。
二頭の馬はどちらも小柄で、馬と言うよりは大きめのポニーと言った印象であった。現在見る競走馬や乗馬用の馬と違って、日本古来の在来馬は、体高は、平均で大体百三十センチ程度でがっしりした体型だったと言う。
当時の武者たちは、速い馬よりも、大鎧を着て山野を駆け巡っても壊れない頑丈な馬を求め、穏和な気質よりも、合戦でも怯まない激しい気性の馬を求めたと言う。
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