稲荷詣で

斐川 帙

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七、三条烏丸の御所

(二十九)

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「西門の前の武者どもがいなくなったぞ。」と、三郎が呟いた。
 水干の男が、長刀の男に向かって声をかけた。
「次郎殿、これはどういうことだろうか?」
「わからないが、これは好機ではないか?」
「好機?」
 言われて、すぐにはぴんと来なかったのか、水干の男は首を傾げた。しかし、三郎は、すぐに気づいたようで、
「確かに。兵衛殿、中に入る好機ですぞ。」
 こう言われて、やっとわかったのか、兵衛と呼ばれた水干の男は、
「そうか、確かに、そうだ。うん、門前が手薄になった今しか中に入る好機はない。行こう。」
 兵衛は、芳野の方に振り向くと、
「どうなされますか?」と尋ねた。いきなり聞かれたので、芳野は、どう答えたらいいのかわからず、黙っていると、
「ここに残りますか?残るのなら、今からお屋敷に戻って、駿河守様に状況を報告していただきたいのですが。」と、具体的に言われて質問の意図がはっきりしたので、芳野は、どう答えればいいのかは指針が得られたが、答えはすぐには出てこなかった。

 御所の中に入るのはかなり危険で、太刀を腰に下げているとは言え、使ったことのない武器であるし、人と斬り合いの経験もないのだから、持っていても、まともに使えそうにない。これでは、中に入って、武者たちに取り囲まれた場合、応戦できずに簡単にやられてしまう。要するに、芳野が中に入ると言うことは、自殺しに行くようなものなのだ。かと言って、このまま、駿河守の屋敷に戻るのも、後ろ髪を引かれるようで、戻りづらい。と言うのも、御所の中には、彼らが姫君と呼んでいるあさつゆだけでなく、あきおぎもいるのだ。しかも、この男たちは先程から一の姫君のことしか口にしていない。つまり、彼らにとっては、あさつゆの救出が一番で、あきおぎのことは眼中にないようなのだ。と言うことは、自分がこの場を去るということは、あきおぎを見殺しにすることになるかもしれないということである。そう思うと、彼女を放っておいて、この場を去るのは心苦しく、もし、あきおぎの身に取り返しのつかないことが起こったらと思うと、ずっといやな感じを引きずりそうで、この場を動けないでいた。

 芳野が逡巡している様を見かねたのか、
「もう迷ってる時はないので、我々は中に入ります。残るのなら、お屋敷に戻って駿河守様に状況をお伝えください。」
 兵衛は、そう言うと、二頭の馬の手綱を持っている口取りの男に、
「ここで待っていてくれ。」と声をかけると、
「では。」と言って、兵衛等三人は西門に向かった。兵衛は弓を持ち、三郎と次郎は長刀を持っていた。明らかに武装しているので、左馬頭の軍兵に見つかったら、生きては出られないだろうなと、芳野は思って、三人の姿を見送っていた。

 しかし、芳野は、まだ、迷っていた。西門に向かって歩いて行く三人の姿を見送りながら、やがて、門内に突入して姿が消えたのを確認しても、まだ、芳野は迷っていた。
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