稲荷詣で

斐川 帙

文字の大きさ
131 / 155
七、三条烏丸の御所

(三十)

しおりを挟む
 芳野が去就に迷って、民家の板塀の陰から御所の西門の様子を見ていたとき、突然、「もし。」と芳野の背中を叩く者がいた。西門の様子を凝視していて、背後に気が回っていなかった芳野は、どきっとして、同時に血の気の引く思いがして、ゆっくり振り返ると、年の頃は十代半ばと見える水干姿の少年が立っていた。少年は松明を手にしていた。
「芳野さんですか?」
「ええ。」と恐る恐る返事をすると、
「駿河守様から状況を見てくるようにとの仰せで参りました。どういう状況でしょうか?」
 芳野は、ほっとして、深いため息が出た。
「ええ、御所は、下野殿の軍勢に取り囲まれて、火が懸けられたようです。兵衛さんたちは、隙を見て、そこの門から御所の中に入って、救出しに行きました。」
 少年は、「わかりました。」と答えると、すこし躊躇ためらう素振りを見せて、「ちなみに、少納言入道様の法住寺のお屋敷や姉小路のお屋敷にも火がかけられたとのことです。入道様、紀伊二位様、ともに消息は不明らしいです。御子息の行方もわかっていないそうです。」と、聞かれてもいないのに少納言入道や、その一族の近況を伝えた。芳野は全く意識になかった話題だったので、適当に相槌を打つと、少年は、きびすを返して、屋敷に戻って行った。

 少年が帰るのを見て、芳野は再び深いため息をついた。少年の突然の出現で一瞬気が紛れたものの、依然として芳野を取り巻く状況に変化はなかった。ただ、屋敷に戻って駿河守に状況を報告する必要がなくなっただけだった。
 しかし、このまま、ここで逡巡していても、いずれ、武者たちは戻って来るだろうから、中に入るのなら今のうちだ。今を逃せば、二度と中に入れなくなる。そう思うと、中に入るしかないという気持ちが強くなり始めた。今を逃せば、あきおぎを見殺しにすることになる。一生後悔することになるかもしれない。
 そう考える一方で、一旦、屋敷の中に入ったら、二度と外に出られないかもしれないと言う危険性に対しては、認識が全く欠けていた。今の芳野には、屋敷に突入するか、この場から去るかの二択しかなくて、どちらを選んだとしても、その後のことを考える余裕はなかった。

 ついに芳野は気持ちを固めて、口取りの男に、「私も西門から中に入ろうと思います。」と声をかけて、西門に向かって歩き出した。口取りの男は頷くと、薄明りの中、周りを見回して、小径の奥の網代塀の前に木が生えているのが見えたので、小径を奥に入って二頭の手綱を、木の幹にぐるぐる巻きにして結ぶと、自身は地面に腰を下ろして胡坐をかいた。

 芳野は、歩くほどに恐怖心が増してきて、徐々に歩く速度が速くなってきて、小走りになり、あと、もう十メートルくらいで西門に着くと言う距離まで近づいたとき、背後から蹄音が聞こえたような気がした。複数の馬のようだった。びっくりして振り返ると、騎馬武者の群れが、こちらに向かって、速歩で向かって来ていた。慌てて芳野は周囲に隠れるところはないかと探したが、小路の反対側は板壁や柴垣が続いていて、隠れるところがなかった。そして、さっきまで身を隠していた小径からは大分離れていたので、戻る余裕はなく、無理に戻ろうとすると、騎馬武者たちに気づかれる危険性があった。仕方がないので、西門から中に入るのは諦めて、築地塀沿いに北に向かって逃げることにした。走ると腰に下げた太刀が揺れて、邪魔だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...