稲荷詣で

斐川 帙

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七、三条烏丸の御所

(四十)

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 芳野はあきおぎの息が落ち着くのを待って、室町小路を北に少し戻って、西門の武者たちから十分離れたところで、道の反対側に向かって、あきおぎの手を引いて走って渡った。あきおぎは袿を重ね着しているので、結構、重そうで、思ったほど速く走れなかった。反対側に辿り着いたとき、あきおぎは地面にへたり込んで、息が上がっていた。

 幸い、西門の武者たちには気づかれなかったようだ。板塀沿いに歩き、柴垣が続いて、棟割長屋が出現した。西門の反対側に差し掛かる辺りで足が止まった。小路の幅員ふくいんは四丈(十二メートル)である。現代の道路であれば三車線から四車線くらいの幅員だ。見つからないで西門の前を通り過ぎることができるか、微妙な道幅だった。芳野は躊躇した。
 しかも、屋敷が燃えている影響で、室町小路の反対側の路肩も、火事の炎で薄ぼんやりと照らされていた。人影が動けば、気づかれる可能性は高いと感じた。しかも、あきおぎは袿姿である。屋敷内から脱出した女房だと怪しまれることは必至だ。先程、武者たちは女房達の顔を晒して女であることをいちいち確認していた。信西が女装して逃亡を図るのを警戒していたに違いない。だとしたら、あきおぎは怪しまれるし、同行している芳野は更に疑われる。碌に確認もせずに矢を射かけられたり、長刀で斬りつけられたりされても不思議ではない。屋敷内では、そうやって何人もの人間がやられているのを今さっき目撃してきたばかりだ。

 芳野は、いろいろと不吉なことが頭に浮かび、怖くて、その場を動けなくなっていた。
 あきおぎは、蝙蝠扇で顔を半分隠しながら、上目遣いで、
「ねえ、行きましょう。ここにいるのは怖い。早く、ここから離れたい。」と泣きそうな声で言ってきた。
 しかし、西門の真ん前を通るのは勇気が要った。
 今、芳野達がいるところは、棟割長屋が終わって、見えていた小径の前も通り過ぎて、網代塀が続いているところだった。もう付近には身を隠せるところがないし、あきおぎの袿の色合いは薄闇の状態でも目立ちそうだった。寒かったが、芳野は、あきおぎの袿が目につくのを恐れて、上着をあきおぎに渡し、袿の上に羽織るよう言った。芳野が来ていた上着は、暗いネイビーブルーのフリースジャケットだったので、この薄闇の中なら目立たなくなりそうだった。一方、芳野は薄茶系のチェックのコットンシャツになっていた。こっちの方が目立ちそうな感じではあったが、まあ、あきおぎの陰に隠れるように歩けば、何とかなるかもしれないと思うことにして、芳野はあきおぎの右側に立って、そっと歩くことにした。ただ、あきおぎは小柄なので、その陰に隠れて歩くのは体勢がつらかった。

 あきおぎは、袿を何枚も重ね着していたので体が大きくなっていて、その上にジャケットを羽織ったので、更に体が大きくなって、ただ、あきおぎは背が低いので、芳野は、しゃがまなければならなかったが、その姿の大半はあきおぎの陰に隠せることができた。そして、二人して、そっと忍び足で歩いて、武者たちに気づかれずに西門の前を通り過ぎることに成功した。
 更に網代塀沿いに歩くと、角に着いて、右手に小径が現れた。芳野は、ここだと思い、急いで入ったが、そこには馬の姿はなかった。馬を引いていた男の姿も見えなかった。道を間違えたのかと思って、あきおぎを置いて、再度小径の入り口まで戻って、室町小路の先を見たが、また新たな網代塀が現れて、それがずっと南へ伸びていて、それらしい小径は、なさそうな雰囲気だった。もう、ここまで来ると三条大路との交差点は、おぼろげながら見えていた。

 ここに馬がいないということは、あさつゆを乗せて、駿河守邸に一足先に戻ってしまったのだろうか。当てが外れて、芳野は動揺した。
「ここに二頭、馬を置いてきたのだが、先に帰ってしまったみたいだ。」
 それを聞いたあきおぎは、意外に、がっかりする風は見せず、冷静に応答した。
「仕方ないわ。歩いて帰りましょう。」
「こんな状況で夜歩くのは危なくないか。万一、見つかった時に、馬なら逃げ延びられるかもしれないけど、歩きだと、すぐにつかまるぞ。」
「でも、仕方ないわ。輿こしもないし、車もないのだから。歩くしかないでしょう?」
 そのとき、少し離れたところから不意に二頭の馬を引いた男が現れた。
「あのう…、姫君でございますか?」
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