つばき

斐川 帙

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四、外出

(五)

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 落ち着いた美しい声音だった。悟は、終始、うつむいていたが、気になって、ちらりと盗み見した。すると、やや面長の白い顔に切れ長の瞳が優しくこちらを見つめていた。視線がぴったりと合ったので、悟はびっくりして、すぐに視線をそらしたが、気づかれたことに少なからず動揺して、そわそわする気持ちを抑えるのに苦労した。優しいまなざしをしていながら、その中に世俗的な情動を糾弾するような厳しい目を感じとった悟は、自分の心の陰に隠れている下世話な感情を見抜かれたようで、いたたまれない気分に襲われていたのだ。
 「終わったらすぐにもどってくるのよ。近いうちに、湍津姫たぎつひめ田心姫たごりひめがあそびにいらっしゃることになってるから、そのときまでには、もどってきなさいね。」
 つばきは顔を赤くして、素直にうなずいていた。悟は次第に窮屈感を覚えてきた。つばきの方をちらちらと盗み見て、いつまで、この二人は、ここにいるのだろうかと、早く帰ってもらいたかった。
 その悟に、女性が声をかけてきた。
 「そういえば、あなた、こないだも来てたわね。」
 驚いて悟は顔を上げた。
 「どこにですか?」
 女性は、笑いもせず、黙っていた。
 「せっかくだから、これをあげましょう。大事になさい。」と言って、女性は、首飾りにぶらさがっているいくつかの石の中から一つをちぎって悟に渡した。見ると翡翠の曲玉まがたまだった。悟は、それを手に取ると、どう扱っていいのかわからなくて、とりあえず、ふところに押し込んだ。
 「この子は、あなたの精を受けて結実するために来てるのよ。あなたは、早く気づかなければいけないわね。」
 そう言うと、女性は立ち上がって、ふっと、姿を消した。男の方も、いつの間にか、いなくなっていた。悟は、思わず部屋の中をぐるりと見回したが、どこにも影も形もなかった。つばきは、悟の隣で、小さくなってうつむいていた。悟は、うつむくつばきをのぞき見るようにして、「今のは、何だったの?」と尋ねた。まともな答えは期待していなかった。ただ、落ち込むつばきの気持ちを紛らわしたかっただけだった。
 「これから、どっか行こう。」
 つばきが沈黙を破った。悟は、ふっきるように「そうだね。」と応えた。
 立ち上がった悟は、「あなたの精を受けて結実云々」、あまり深く考えもせず、かすかにひっかかるその言葉を脳裏で反芻していた。「結実」という言葉が全く存在感もなく悟の頭の中で無限に繰り返されていた。
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