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十、残り香
(六)
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部屋に着くと、すぐに電気をつけ、テレビのスイッチを入れた。十一時を過ぎていたせいか、どのチャンネルもニュースを放送していた。昨晩、世田谷のアパートでビニール袋に入った幼児の遺体が押し入れから発見され、部屋の住人だった若い女性の行方がわからなくなっているとアナウンサーがしゃべっているのが耳に入った。殺すなら産まなきゃいいのにと宮本は思った。そして、また、ぼおっと考え込んだ。
目の前の本棚に小さな籐細工のバスケットがあるのに気がついた。ずっと以前から置きっぱなしにしていたものだ。何を入れたバスケットなのか、すぐには思い出せなかった。しかし、気になって、立ち上がるとバスケットを手に取り、蓋を開けてみた。中には、香炉と線香の入った箱と小皿が入っていた。昔、照代が、お香に凝っていた時期があって、彼女のお気に入りのお香を宮本にもおみやげと言って買ってきた物だ。確か、京都の祇園にあったお香の専門店で買ってきたとか言っていた。宮本は、小皿を取り出すと、テーブルの上に置き、香立てを置いて、線香を一本手に取り火をつけると、香立てに差した。白く細い煙がよじれながら上っていき空中に消えていった。線香の入っていた箱には、解説が書かれた紙が挟んであった。それによると、このお香は「梅香」という名前だそうである。「梅の花 香をのみ 袖にとどめおきて わが思ふ人は おとづれもせぬ」という和歌の後、このお香は、思い人の去った後の残り香をイメージに調合したと説明されていた。
白檀の香りに似て落ち着いた芳香だったが、どこか甘酸っぱさも漂う不思議な香りが部屋に充満した。線香の先端が線香の形のまま、灰になっていき、まだ、辛うじて形を留めているのを眺めながら、彼女の置きみやげの「残り香」に埋没した宮本は、線香を立てた香皿の下に、例のメモ書きが敷かれているのに気づいた。メモ書きを香皿から引き抜いて、改めて読み直した。
春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞ鳴く
窓近き 竹の葉すさぶ 風の音に いとどみじかき うたたねの夢
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
二首目の歌は、夢から覚めたときに目にとまった歌だ。一首目の歌は、どこかで耳にしたような気がする。三首目の歌は、今の自分の気持ちを代弁しているかのような和歌だ。何で、あの女性は見知らぬ自分に、この三首の和歌を渡したのだろう。ふと、そんな疑問が湧いた。そのとき、線香の先端の灰が自らの重みに耐えかねて、ついに崩れ落ちた。
目の前の本棚に小さな籐細工のバスケットがあるのに気がついた。ずっと以前から置きっぱなしにしていたものだ。何を入れたバスケットなのか、すぐには思い出せなかった。しかし、気になって、立ち上がるとバスケットを手に取り、蓋を開けてみた。中には、香炉と線香の入った箱と小皿が入っていた。昔、照代が、お香に凝っていた時期があって、彼女のお気に入りのお香を宮本にもおみやげと言って買ってきた物だ。確か、京都の祇園にあったお香の専門店で買ってきたとか言っていた。宮本は、小皿を取り出すと、テーブルの上に置き、香立てを置いて、線香を一本手に取り火をつけると、香立てに差した。白く細い煙がよじれながら上っていき空中に消えていった。線香の入っていた箱には、解説が書かれた紙が挟んであった。それによると、このお香は「梅香」という名前だそうである。「梅の花 香をのみ 袖にとどめおきて わが思ふ人は おとづれもせぬ」という和歌の後、このお香は、思い人の去った後の残り香をイメージに調合したと説明されていた。
白檀の香りに似て落ち着いた芳香だったが、どこか甘酸っぱさも漂う不思議な香りが部屋に充満した。線香の先端が線香の形のまま、灰になっていき、まだ、辛うじて形を留めているのを眺めながら、彼女の置きみやげの「残り香」に埋没した宮本は、線香を立てた香皿の下に、例のメモ書きが敷かれているのに気づいた。メモ書きを香皿から引き抜いて、改めて読み直した。
春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすぞ鳴く
窓近き 竹の葉すさぶ 風の音に いとどみじかき うたたねの夢
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを
二首目の歌は、夢から覚めたときに目にとまった歌だ。一首目の歌は、どこかで耳にしたような気がする。三首目の歌は、今の自分の気持ちを代弁しているかのような和歌だ。何で、あの女性は見知らぬ自分に、この三首の和歌を渡したのだろう。ふと、そんな疑問が湧いた。そのとき、線香の先端の灰が自らの重みに耐えかねて、ついに崩れ落ちた。
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