かむなび

二、祓戸の神

（七）

　怖すぎる。何かの犯罪に巻き込まれでもしたら厄介だ。これは、相手せずに振り切ろう。
　そう決めて、帰る方向とは逆方向になるが、きびすを返して女の子に背を向け、早足で、その場を立ち去った。しかし、追いかけてくる気配を感じない。少し行ってから、ちらと背後を振り向いたが、誰もいない。あれだけ、しつこく、ついてっていいと言っていたのに、いざ、離れてみると、全く追いかけてくる気配もないのは、拍子抜けだった。だが、同時にほっとした。念のため、しばらく、このあたりには近づかないでおこうと心に決めた。

　自宅は、ここから歩いて十分ちょっとでぶつかる大通りを左に行った先の交差点の角にある古いマンションの三階にあった。このマンションが建築されたのは、もう三十年ほど前なので、エレベータはなく、最上層の四階まで、全員、階段で上り下りすることになっていた。最上階と言っても四階なので歩いて上り下りもできなくはないが、エレベータがあった方が楽には違いなかった。
　自宅の方角と逆方向に歩いたので、遠回りになったが、十分ほど予想よりかかっただけで、自宅のあるマンションの前に辿り着いた。郵便受けの中を確認して、階段を三階まで昇った。近頃は部屋にこもりきりになる時間が多くなって、外を歩くことが少なくなり、そのせいか、階段の上り下りの際に膝に痛みが走ることが多くなった。足の筋肉が衰えてきたのかもしれない。
　膝の痛みに耐えながら階段を三階まで上りきると、玄関の前で鍵を取り出して錠を開けた。玄関のドアを開けて、狭い廊下を進むと、薄暗闇の中、蛍光灯のひもを手探りで探り当てて引っ張った。すると、一、二回点滅して、その度に、部屋の中が光で一瞬、現出すると、何かが目についたが、蛍光灯が完全に点灯して、部屋が明るくなって、その全貌が姿を現すと、ベッドに何かが横たわっているのがはっきり見えた。
　一瞬、何がベッドの上にあるか、わからず、思考が停止したが、それが何かを把握した途端、腰が抜けそうになって後ずさりした。

　急に明るくなったことで目を覚ました女の子が目を擦こすりながら、こちらを見ている。

「お帰りなさい。」
　よく見ると、さっき声をかけてきた女の子だ。いつついてきてたのだろうか、というより、いつの間に部屋の中に入ったのだろうか、鍵はしまっていた。