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二〇〇六年六月二十五日(日) 夜襲
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昨晩、とうとう、俺は人を殺した。もちろん、夢の中の話だけど。
かねての軍議の結論通り、まだ、早朝、暗いうちに、軍勢が出発。数にして、二、三百人ってとこかな。それほど多くはなかった。それが、早足で目久尻川沿いに下流に下っていって、途中で、左に折れた。そして、急坂を上って丘陵の上に出て、台地上を東へ進んだ。権掾広元の館は、武蔵との国境に近いところらしい。まだ、半刻(一時間)ほどかかるそうだ。
真っ暗闇を松明掲げて、一列縦隊で道を進んだ。
しかし、真っ暗闇に松明掲げた数百人の重武装の武者の隊列が進めば、夜襲と言っても、ばれそうでひやひやものだった。鎧を着込んで馬で進むと鎧の金属部がかちかち当たる音がして、それが深夜の無音の沈黙の中では結構響く。きづかれんじゃないかと、ほんと、びくびくしていたよ。
でも、無事、目指す広元の館の近くまでは着いたみたいだった。広元の館は、台地が川に削られて一部突出した地形の先端にあって、台地上から進むと前に二メートルほどの幅の空堀が行く手を遮っていた。その空堀で台地の突端を切断している格好になっていた。先頭に立っていた広重は、空堀の前で全軍を停止させると、前もって用意していた火矢に点火して一斉に射させた。暗闇の中を炎が弧を描いて堀の向こうの板塀に刺さるのは、見ていて美しかった。しかし、すぐに火矢の炎は板に燃え移って、瞬く間に火の壁が視界を照らした。もう、この頃になると広元の館に詰めていた武者達も襲撃に気づいたのか、門を開けて、こっちに突入してきた。まじ、びびった。門からは土橋があって、そこを通ってつっこんでくるんだけど、その迫力に鬼気迫るものがあってたじろいだよ。思わず、馬を誘導して、後ろに下がったもの。でも、周囲は、下がる俺を見て露骨に軽蔑の視線を送ってきたね。そういや、平家物語なんか読むと東国武者は親兄弟の屍を踏み越えて敵陣につっこむみたいな話も書いてあって、確か斉藤別当実盛だっけ、そんなことを平家の大将に答えてたような。まさしく、この時代の神奈川県の人間は、いや、神奈川県はおかしいな、相模の国の人間は、怖じ気づく男をかすみたいに蔑視する風潮があったんだろうね。まあ、俺の方も、そういう視線に感づいたから、一旦、引いたものの、全軍が土橋を通って館の内部に突撃したときは、俺も目をつぶってつっこんだもんね。そして、重たい刀を抜いて所構わず振り回したよ。弓矢は慣れてなくて使えなかったのね。
それで、たまに刀が何かにあたった感触があって、見ると、近くの人間の顔から鮮血が流れていたりして、びびったよ。俺、人間を斬ったんだって、そのとき、何とも言えない気持ちになった。なんて言うか、後味の悪さもあるし、すごい興奮しているし、激しい憎悪が湧いてきたりもした。別に全く知らない他人なんだけど、なぜか、激しい憎しみが湧いてきて、俺の存在感を圧倒的に見せつけてやるみたいな。変な感覚だったな。
そうやって、館の中庭の中を縦横無尽に駆け回っていたわけだけど、実態は、無我夢中で何していたか良く覚えていないんだが、突然、馬から振り落とされて、肩を地面に強く打ち付けた。見ると、乗ってた馬の横っ腹に矢が数本、立ってんだよね。馬は痛いのか暴れてたよ。でも、すぐに誰かが駆け寄ってきて、替えの馬を俺に渡すんだよね。で、俺も肩の痛いのも忘れて馬に飛び乗って、自分の乗り馬を射られて無性に腹が立ったんで、馬の尻を思いっきり叩いて、館の中に馬ごとつっこんだ。そして、あちこち破壊し尽くして、襲ってくる侍どもを太刀でぶっ叩いて、さんざん暴れ回ってから、火が館にも回ってきたので、館の中から避難した。そのとき、女物の着物で頭をくるんだ、見るからに怪しい人間が、壁に向かって走るのが見えたんで、俺は、馬を走らせて、そいつの背後から斬りつけた。あっと声が聞こえた気がしたけど、構わず、俺は頭を太刀でかち割った。ごんと鈍い感触があって、男は頭を抱えて地面にのたうちまわってたよ。いや、俺は興奮していたから、もう、そういう光景を見て、何とも思わなくなってたね。それでとどめを刺してやると思って馬から下りようとしたら、横を軽装の武者が走り寄って、背中から刀を突き通すと倒れた男に馬乗りになって、首に刀をあてがって、押し切った。もう、びっくりだよ。生まれて初めて首級をあげるところをしかも目の前で目撃したんだもの。いくら興奮していたからと言っても、このときは、急に足に震えが来たよ。まるで、木製の人形の首を押しきるような感じで生身の人間を斬っていたもの。怖かったよ。いや、ついさっき、頭を太刀でかち割った人間なのにさ。
男の首を切り取った後、その武者は、ばっさりとほどけた髪をひっつかんで、その生首を俺の所に持ってくるんだよね。そして、「殿様、相模権掾広元の首でございます。」って言って、俺に捧げるんだよ。俺はしかたなく「うん。」と頷くと、その首の髪の毛をひっつかんで、そのまま、馬で館の中庭から出たよ。気持ち悪かった。妙に重い首だった。後で聞いたら、大将が敵将の首を持つなんて始めてだったんで、驚いたって言ってたよ、俺に首を捧げた男が。俺は早合点したみたいだ。あれは、俺に渡したんじゃなくて、単に討ち取った首を確認してもらうために馬上の俺に見せただけだったんだね。
で、俺が広元の首を受け取ると、さっきの武者が、大声で「相模権掾広元の首を、望地の婿殿がとったり。」と叫ぶんだよね。すると周囲からおおっと声が上がって、一斉に館から退却、俺は、先に館から出て堀の前で待っていた広重の前に進むと、馬上で、とりあえず、首を広重に渡した。首を恭しく受け取った広重は傍の従者に首を渡すと、騎乗のまま、俺に一礼して「おめでとうございます。」だって。何か、複雑な気分だった。でも、広重さんは喜んでるみたいだった。
これで、今回の戦は終わり。俺たちの大勝利に終わったわけだ。俺たちが退却していく背後で、館は大きな炎に包まれて、崩れ落ちていったね。そのころには、ようやく夜もしらみ始めて、東の空がわずかな光を帯びて青黒くなっていた。
俺はとうとう人殺しをしちまったんだ。でも、後悔でもないし、罪悪感でもなかった。多少、後味の悪さはあったが、別に良心が苛まれるってことはなかった。そんな不思議な感慨で胸がいっぱいになっていたよ。
昨晩は、この戦の帰途で夢から覚めた。
そういや、今、思い出したんだけど、あの男、俺の事を「望地の婿殿」と呼んでたな。婿ってどういうことなんだろ?
かねての軍議の結論通り、まだ、早朝、暗いうちに、軍勢が出発。数にして、二、三百人ってとこかな。それほど多くはなかった。それが、早足で目久尻川沿いに下流に下っていって、途中で、左に折れた。そして、急坂を上って丘陵の上に出て、台地上を東へ進んだ。権掾広元の館は、武蔵との国境に近いところらしい。まだ、半刻(一時間)ほどかかるそうだ。
真っ暗闇を松明掲げて、一列縦隊で道を進んだ。
しかし、真っ暗闇に松明掲げた数百人の重武装の武者の隊列が進めば、夜襲と言っても、ばれそうでひやひやものだった。鎧を着込んで馬で進むと鎧の金属部がかちかち当たる音がして、それが深夜の無音の沈黙の中では結構響く。きづかれんじゃないかと、ほんと、びくびくしていたよ。
でも、無事、目指す広元の館の近くまでは着いたみたいだった。広元の館は、台地が川に削られて一部突出した地形の先端にあって、台地上から進むと前に二メートルほどの幅の空堀が行く手を遮っていた。その空堀で台地の突端を切断している格好になっていた。先頭に立っていた広重は、空堀の前で全軍を停止させると、前もって用意していた火矢に点火して一斉に射させた。暗闇の中を炎が弧を描いて堀の向こうの板塀に刺さるのは、見ていて美しかった。しかし、すぐに火矢の炎は板に燃え移って、瞬く間に火の壁が視界を照らした。もう、この頃になると広元の館に詰めていた武者達も襲撃に気づいたのか、門を開けて、こっちに突入してきた。まじ、びびった。門からは土橋があって、そこを通ってつっこんでくるんだけど、その迫力に鬼気迫るものがあってたじろいだよ。思わず、馬を誘導して、後ろに下がったもの。でも、周囲は、下がる俺を見て露骨に軽蔑の視線を送ってきたね。そういや、平家物語なんか読むと東国武者は親兄弟の屍を踏み越えて敵陣につっこむみたいな話も書いてあって、確か斉藤別当実盛だっけ、そんなことを平家の大将に答えてたような。まさしく、この時代の神奈川県の人間は、いや、神奈川県はおかしいな、相模の国の人間は、怖じ気づく男をかすみたいに蔑視する風潮があったんだろうね。まあ、俺の方も、そういう視線に感づいたから、一旦、引いたものの、全軍が土橋を通って館の内部に突撃したときは、俺も目をつぶってつっこんだもんね。そして、重たい刀を抜いて所構わず振り回したよ。弓矢は慣れてなくて使えなかったのね。
それで、たまに刀が何かにあたった感触があって、見ると、近くの人間の顔から鮮血が流れていたりして、びびったよ。俺、人間を斬ったんだって、そのとき、何とも言えない気持ちになった。なんて言うか、後味の悪さもあるし、すごい興奮しているし、激しい憎悪が湧いてきたりもした。別に全く知らない他人なんだけど、なぜか、激しい憎しみが湧いてきて、俺の存在感を圧倒的に見せつけてやるみたいな。変な感覚だったな。
そうやって、館の中庭の中を縦横無尽に駆け回っていたわけだけど、実態は、無我夢中で何していたか良く覚えていないんだが、突然、馬から振り落とされて、肩を地面に強く打ち付けた。見ると、乗ってた馬の横っ腹に矢が数本、立ってんだよね。馬は痛いのか暴れてたよ。でも、すぐに誰かが駆け寄ってきて、替えの馬を俺に渡すんだよね。で、俺も肩の痛いのも忘れて馬に飛び乗って、自分の乗り馬を射られて無性に腹が立ったんで、馬の尻を思いっきり叩いて、館の中に馬ごとつっこんだ。そして、あちこち破壊し尽くして、襲ってくる侍どもを太刀でぶっ叩いて、さんざん暴れ回ってから、火が館にも回ってきたので、館の中から避難した。そのとき、女物の着物で頭をくるんだ、見るからに怪しい人間が、壁に向かって走るのが見えたんで、俺は、馬を走らせて、そいつの背後から斬りつけた。あっと声が聞こえた気がしたけど、構わず、俺は頭を太刀でかち割った。ごんと鈍い感触があって、男は頭を抱えて地面にのたうちまわってたよ。いや、俺は興奮していたから、もう、そういう光景を見て、何とも思わなくなってたね。それでとどめを刺してやると思って馬から下りようとしたら、横を軽装の武者が走り寄って、背中から刀を突き通すと倒れた男に馬乗りになって、首に刀をあてがって、押し切った。もう、びっくりだよ。生まれて初めて首級をあげるところをしかも目の前で目撃したんだもの。いくら興奮していたからと言っても、このときは、急に足に震えが来たよ。まるで、木製の人形の首を押しきるような感じで生身の人間を斬っていたもの。怖かったよ。いや、ついさっき、頭を太刀でかち割った人間なのにさ。
男の首を切り取った後、その武者は、ばっさりとほどけた髪をひっつかんで、その生首を俺の所に持ってくるんだよね。そして、「殿様、相模権掾広元の首でございます。」って言って、俺に捧げるんだよ。俺はしかたなく「うん。」と頷くと、その首の髪の毛をひっつかんで、そのまま、馬で館の中庭から出たよ。気持ち悪かった。妙に重い首だった。後で聞いたら、大将が敵将の首を持つなんて始めてだったんで、驚いたって言ってたよ、俺に首を捧げた男が。俺は早合点したみたいだ。あれは、俺に渡したんじゃなくて、単に討ち取った首を確認してもらうために馬上の俺に見せただけだったんだね。
で、俺が広元の首を受け取ると、さっきの武者が、大声で「相模権掾広元の首を、望地の婿殿がとったり。」と叫ぶんだよね。すると周囲からおおっと声が上がって、一斉に館から退却、俺は、先に館から出て堀の前で待っていた広重の前に進むと、馬上で、とりあえず、首を広重に渡した。首を恭しく受け取った広重は傍の従者に首を渡すと、騎乗のまま、俺に一礼して「おめでとうございます。」だって。何か、複雑な気分だった。でも、広重さんは喜んでるみたいだった。
これで、今回の戦は終わり。俺たちの大勝利に終わったわけだ。俺たちが退却していく背後で、館は大きな炎に包まれて、崩れ落ちていったね。そのころには、ようやく夜もしらみ始めて、東の空がわずかな光を帯びて青黒くなっていた。
俺はとうとう人殺しをしちまったんだ。でも、後悔でもないし、罪悪感でもなかった。多少、後味の悪さはあったが、別に良心が苛まれるってことはなかった。そんな不思議な感慨で胸がいっぱいになっていたよ。
昨晩は、この戦の帰途で夢から覚めた。
そういや、今、思い出したんだけど、あの男、俺の事を「望地の婿殿」と呼んでたな。婿ってどういうことなんだろ?
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