放置された日記

斐川 帙

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二〇〇六年七月二日(日) 早川の若君

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 結局、三浦庄司親子の協力は取り付けたらしい。広村さんが、報告しにきた。彼は、そのことを報告し終わると、すぐに合戦の準備があるからと言って館に帰っていった。俺は、手持ちぶさたなので、雪姫を呼んで、強引に抱き寄せてみた。雪姫は、力一杯、抗って、俺から離れた。俺を見る目は怒っていたよ。俺はため息をついて、部屋を出てね。やっぱり、こんな幼い子じゃ、どうしようもない。そうはいっても、やっぱり、もう少し、愛想をよくしてもいいんじゃないのとは思ったけど。俺が望地の一族の棟梁として振る舞うための形式上の婚姻と割り切ってつきあうしかないってことかな。
 うんざりしたので、外出する事にした。俺の身の回りの世話をしている郎等、寺尾の長秀丸を呼んで、馬に乗って、館の外へ出た。長秀丸は、見た目は十五くらいに見えるんだけど、実際は、二十歳と、年より幼く見られる男で、本人はそれを大分いやがっているらしくてね。子供扱いされたように感じると露骨に不機嫌な表情を見せるんだよね。最初は随分と使いにくいやつだなと思ってたけど、要するに、そういうことなんだとわかると、それからは(違和感あるんだけど)一人前の武者のように扱うよう気をつけてる。
 それで、まあ、長秀丸を連れて、川伝いに、下流に向かったわけだけど。どうせだから、早川の御館に出向いてみようかと思ったんだよね。夢の中では、早川の御館を訪れていないので、(現実では、千年近く後の跡地に訪れているわけだけど)、どんな屋敷なのか、興味があったしね。
 いきなり訪問もまずかろうと、先に長秀丸を行かせて、訪れる事を伝えさせた。長秀丸はすぐに帰ってきて、ここ二、三日は御館は国府に出向いていて、留守なので、若君が応対すると報告した。そして、向こうも、俺に是非会いたいと言っているらしい。この間の夜襲の件に絡んでかなと思ったけど、ちょっと、不安も感じた。あの合戦、早川ではどう反応しているんだろうってね。下手すると、俺、この館で殺されるかもとまで、ちょっとだけ、思った。
 急な坂道を上って丘の上に出ると、丘と言っても雑木林に埋もれた台地の上のことなんだけど、そこから、道が木立の中を続いていて、進むと、両側に土塁がのびて、その間に門がそびえるのが目に入ってきた。門の上には櫓があって、中に弓を携えた武者が二人座っているのが見えた。門は扉が開けっ放しで、多分、自分たちが来るというので、開けていたのだろうと思うのだけど、俺と長秀丸は、呼び止められる事もなく、そのまま中に入っていった。
 門の中に入って、ここが早川の御館なのかと、邸内をぐるりと見渡したけど、思った程、広くは感じなかったな。平屋の建物が正面に一棟あって、その傍に、何棟か小屋がある。厩も見つけた。屋敷の周りは高さ一メートルほどの低い土塁がぐるりと取り囲んでいた。
 門を入ってすぐのところで、しばらく佇んでいると、男が現れて、俺たちを館の中へ案内した。でも、長秀丸は、俺の馬を引いて、厩の方へ向かっていった。
 俺は、渡殿わたどのから上がって、母屋に通された。そこで、十分ほど、待たされたのち、正面の席に若い男が現れて腰を下ろした。自然に俺は頭を下げていたな。この時代の雰囲気に慣れたのかな。何か、こう、きちんとこの時代の礼法にかなった所作を自然に出来る自分が心地よかったな。
 若い男は、「相模検非違使所けびいしどころ官人広匡ひろまさ」と名乗った。「早川の若君」と呼ばれているのだから、惣領家の跡継ぎなんだろう。広匡さんは、細面の背の高い男で、少し、神経質そうな感じがした。始終、頭を動かしていて、せわしなく視線が宙を動いていたのが気になった。でも、話してみると、案外、温和なしゃべり方で、意外だったな。広匡さんは、先日の夜襲で吉田の広元を討ち取ったことに大いに関心があるみたいで、しつこく状況を聞いてきた。それで、これから、望地では、どうするつもりなのかも尋ねられた。まあ、予想通りの反応だったわけだ。やっぱり、こちらの方でも、先日の合戦の件は、大事件だったのだろう。
 まあ、考えてみれば、同じ一族なのだから、いい気持ちはしていなくても不思議じゃないが、話している感じでは、悪い感情は少なくとも抱いていない印象だった。それで、ふと、今回の夜襲については事前に知らされていたのか、興味を持ったので聞いてみると、そうではなかったみたいだ。ただ、近いうちに合戦があるだろうとは予想していたので、驚きはしなかったそうだ。我々の方でも吉田の勝手な振る舞いにはいい気持ちはしていなかったので、望地の御館の今回の事に関しては、こちらの御館も特に何も言っていない。むしろ、婿殿、つまり、俺の事なんだけど、初陣にも関わらず、討ち取った事に関してはしきりに感心していたそうだ。
 で、今後の事に関しては、どこまで話していいものか、わからないので、適当にお茶を濁しておいた。吉田荘の今後とかは、まだ、決めていないし。とりあえず、当面は、広村さんの郎等を派遣して荘務を任せるつもりだが、そのうち、広村さんが吉田荘の荘官として現地に赴くとことになるんだろう。でも、それがいつになるかは、全然、わからない。そのまえに、吉田荘の荘園領主にも話を通しておかないとまずい。だが、実は、殺された広元が、勝手に以前とは別人に寄進した関係で、広重・広村親子には、正確な荘園の領有関係がわからない。寄進先の領家はなんとなく聞いているが、本家となるとどこなのかわからない。そもそも、以前の領家とは、うまく話はついているのかも不安だ。それに都の広義が、事件を知ってどう動くかも気にかかる。太政官に訴えることは十分ありえることだし、それで院周辺が介入してきたら、勝ち目がないかも。寄進先は院の近臣て聞いているし。もしかしたら、本家は院かもね。
 でも、当面、最も警戒すべきは、三崎の動きだろうね。父親を討ち取られて黙っているはずないし。東国の武者なんだから、きっと、敵討ちの兵を挙げるのは間違いないだろうな。
 まあ、早川の方でも、ある程度、この辺りは、予測はついているかもしれないけど。
 広匡さんとは、二時間くらい、話していたが、途中で、酒や食事が出てきて、そのまま、その日は、早川の館に泊まる事にした。寝たのは夕方かな。目が覚めたら、翌朝の八時。当然、目が覚めたら現代だったわけだけど。
 今日の現代は、不愉快な事が多かった。ああ、ほんとにうるさい。うちにいても外に出ても、安穏にいられるところが少ないね。うちにいると親がうるさい、外に出て街中に出ると、人混みでうざい。
 俺が小さい頃は、うちの周りに雑木林が結構あって、夏の夜なんかは蛍が、近くの沢に出たんだよね。オニヤンマが部屋を開けっ放しにしてると通過していったり、時々、テレビの前で静止したりするんだよ。まるで、テレビを見ているような感じで面白かったね。カブトムシやノコギリクワガタなんかもよくとれたな。今じゃ、宅地開発で団地になっちゃって、ほとんど、雑木林が残っていない。もったいないよね。うちの親の代には目久尻川でウナギが捕れたらしい。生活排水で泡が浮遊するような川に、昔、ウナギがいたなんて信じられない事だけどさ。
 そういう雑木林って、誰にも邪魔されず孤独になれる貴重な場だったんだよね、俺にとっては。そして、なんとなく、こう、淫靡な感じもした。いろんな虫がうごめいていて、ムカデとかヤスデとかミミズとか、その他、気持ち悪かったり、おぞましかったり、そんな無数の生き物が、累積して腐敗した落ち葉の奥深くとかに蠢いている。広葉樹の茂った葉が陽光を遮って、そういう生き物たちの世界を覆い隠していて、目に見えないところで、生命の営みが行われている、なんか、そういう全体が、淫靡なんだよね。俺って、変かな?
 俺は、生まれたところを、永遠に喪失した感じがする。もう、戻るところがないみたいなところまで思う。大袈裟か。
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