戦国城廻り

斐川 帙

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一、山中に眠る城跡

(十)

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 女の話す内容が理解できなかった。アガナシジミ城って何だ?そんな城が、この近くにあったのだろうか?聞いたことがない。
 女はいつのまにか手に和服の布地を持っていた。萌葱もえぎ色の布地だった。それを私に突き出すと、
「夫は、この色の小袖を着ているんです。見たことないですか、この色の小袖を着た武者を?」
 怖くなってきた。関わるととんでもないことになりそうな予感がした。悪寒が走った。
「ねえ、お願いですから、一緒に探してほしいんです。何でもお礼はしますから、頼みます。」
 女の懇願は、しつこい感じはなかったが、さりとて、無視していけるような軽い口調でもなかった。相手の心根こころねをむんずとつかんで離さない雰囲気をもった不思議な話し方だった。
「とりあえず、これだけ、あります。残りは、館に戻ってから、差し上げます。」
 そう言って、女は、何か冷たい金属の塊を数個、私の手に握らせた。
 女の懇願は、それから、大分、続いた。実際、どれくらい続いたかはわからないが、ひどく長かったように思えた。円環の上をぐるぐると永遠に回り続けるような、終わりのない感覚を覚えた。
 女はついに私の手を取って山中に分け入った。やっと車も通れるような林道にたどり着いたというのに、女は再び私を山中の混沌の中に連れ込むのだった。うんざりした気分があった。女は、私を別の沢の上流へと連れて行った。その先に一体何があるというのだろう。帰りたくなった。私は、そっと、女の手から逃れてもと来た道を引き返そうとしたが、女はきっと睨んで私の手を離さなかった。その双眸には、冷たく激烈な鋭さが宿っていた。逃れることはできそうになかった。女は私を死の世界に連れ込もうとしているのだ、と直感した。この女は夫を失った悲痛で自ら死を選び、しかし、その現実に納得することができずに、次から次へと生きている人間を自分たちの世界に引きずり込んでいるにちがいない。
 こんなことで自分の一生を終わらせていいのだろうか?
 離れなきゃいけないのに、私は、離れることができなかった。女が不思議な威力を持って私を放そうとしなかっただけではない。私自身も、心のどこかで、この先を見てみたいという愚かな好奇心が芽生えていたというのも否めない。
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