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一、山中に眠る城跡
(十二)
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上り下りが繰り返し出現する低山の割にはきつい山道だった。時折、ピークらしき所にさしかかったことが何度かあったが、女は、山腹を巻く道を取って、無駄な登山は回避していた。
やがて、下りの道をとっていたところ、女は、突然、道から外れ、山腹の緩斜面を横断して、谷筋を越え、ある支尾根に入った。その尾根は、段々状にわずかな平場が何度も出現して、いつになってもピークにたどり着けなかった。途中、明らかに人工的なものと思われる地形が見られた。それは、両側を竪堀状にうがち、中央だけをわずかに掘り残して土橋状にしたものだった。私は、一目見て、これは城郭遺構だと直感した。しかし、女は、構わず、上へ、上へとよじ登って行った。私は、他に遺構はないか、もう少し、周囲を調べてみたかったが、女は、その猶予を少しも与えることはなかった。
やっと、頂と思える場所に到達した。そこは、五メートルほどの狭い平地だった。この程度の規模だと、精々、烽火台か物見程度の砦だろうと思った。女は、地べたにへたへたと座り込んだ。
「夫は、ここで物見の役についていたんです。北条方の江戸衆が攻め寄せてきて、あの辺り、今は杉木立でよく見えませんが、前はよく見えたんです。あの辺り、高麗川沿いに上流へ進軍していったそうです。その軍勢の一部がここにも寄せてきて、夫はよく働いたと聞いています。でも、槍傷を負って、この斜面を転落して、それから、行方がわからないんです。寄せ手は五、六十人、ここは十人で守っていたそうです。多勢に無勢でしたが、それでも、夫は五人、討ち取ったそうです。私の夫は、弓の名手だったんです。三人張りの弓で、一矢で二人を射抜いたこともあります。古の鎮西八郎の再来とも言われました。お殿様から御感状を頂いたこともあります。そんな武勇の誉れある武人がこんなところで討ち取られましょうか?必ず、生きております。絶対、この山中のどこかで、息を潜めて、敵の去るのを待ち、必ずや、お殿様の御陣へ帰還し、再び、この汚名を晴らす機会を伺っているに違いないのです。」
女の言葉は、報われない魂の叫びのように延々と続いた。
そのとき、近くの広葉樹の幹にびしっと音がして、矢が立っていた。私は、矢のとんで来た先、それは、下の方から飛んできたように見えたのだが、恐る恐る、山頂の平場の端から下を覗き込んだ。気がつかなかったが、そこは岩の断崖になっていた。山頂は岩の上に土がかぶさってできていたようだった。
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