柔らかく穏やかな陽の光の下で

斐川 帙

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一、道の先

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不規則に乱立する建造物に破壊されて断片的になった空には雲はないように見えた。
陽の光は明るく地上を照らしているが、どこに太陽があるのか、わからない。
巨大なゴミ箱のように人々が詰め込まれて不規則に動き回っては、とげとげしく行き交っている。

この街に来たのは、何年ぶりだろうか?

恐らく、十年以上、訪れていないはずだ。しかし、八割方はちわりがた、私の記憶にある風景と同じ風景が眼前に展開している。しかし、微塵みじんも懐旧の情は湧いてこない。

《早く、こんなところから抜け出したい。》

暗澹あんたんと湿っている裏路地、ビルとビルとの間の数十センチの隙間のような抜け道を覗いた時、乱暴に重ねられた段ボール箱の山の影から薄汚れたドブネズミが憔悴しょうすいしきった眼をして、こちらを見た。生気のない視線が私を刺した。黴菌ばいきんだらけの残飯をあさって細々と生命いのちをつないでいるであろうネズミの疲れ切った生、その姿は私を刺した。

私は、その時、意識が飛んだ。

青黒い曇天どんてんが空に蓋をして重苦しく湿った大気に冷気が籠る。
こおりそうなほど冷たい雨粒に叩かれてアスファルトの路面が黒く濡れる。
水の被膜を破るように、一歩一歩、歩を進める。寒くても、凍えても、手がかじかんでも、前に進まなければならない。
川向うには、ぼろ小屋が待っている。
そこには何があるのか?
誰が待っているのか?
知りもしないが、とにかく進まねばならない。
進まなければ、命が止まる。

橋は、隙間の空いた朽ちかけの板橋だ。
足を乗せた途端、折れてしまいそうだ。
きっと、真っ二つに割れるだろう。
渡らせようとはさせないのだ。
彼岸に行かせまいとして、腐食して柔らかくなった板は、私が足を乗せるのを待ち構えている。
橋の下には小川が流れている。

思い切って、橋に足を踏み出した途端、湿気で柔らかくなっていた木材が、折れた。
すんでのところで足を引っ込めた。
やはり、通させてくれない。

単線の列車に乗って、峡谷沿いに揺蕩たゆたいながら、その先の山間やまあいの駅に降り立つ。
休息のできる場所を探して、山に入る。

地図に掲載されていない登山道の荒れた道を歩いて、疲れて、この逃避行の先には何があるのだろうと、遮光しゃこうされて薄暗い林の中を辛うじて歩を進めている中、柔らかい白い光に包まれた存在が道の先に発現した。
その存在はかぐわしい芳香をかもして、柔和な微熱を発して、行く手に立ちはだかった。
存在は微笑を浮かべた。
森の奥へ、私を誘ったように思えた。

晴朗な日和ひより、抜けるような青空が天をおおってぬくい微風が肌を撫でる。

ここが最期さいごを迎える安息の地か。

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