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第12話「語られる過去の罪」
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パーティー会場の喧騒から逃れ、私たちは近くの公園のベンチに並んで座っていた。夜の公園は静かで、遠くで車の走る音が聞こえるだけだった。蓮は、パーティーの後からずっと押し黙っていた。その横顔は、街灯の光に照らされ、深い苦悩の色を浮かべているように見える。私は、彼が口を開くのを、ただ静かに待っていた。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、蓮の方だった。
「……驚かせたな、すまない」
「いえ……」
「さっきの男、影山彰。俺の、担当編集者だ」
彼の声は透明だったが、その響きは重たい石のように私の心に沈んだ。
私は、彼の心を少しでも軽くしたくて、口を開いた。
「……あなたの、小説を読みました」
私の言葉に、蓮はハッとしたように顔を上げた。
「だから、何となく。彼が、どういう人なのか……」
そう言うと、彼は力なく笑った。それは、諦めと悲しみが混じったような、痛々しい笑みだった。
「そうか……君には、わかってしまうんだな」
彼は天を仰ぎ、深く息を吸い込んだ。そして、まるで自分自身に言い聞かせるように、重い口を開いた。語られる言葉は、すべてが色のない、紛れもない真実だった。
「あいつとは、学生の頃からの付き合いだった。二人とも小説家を目指していて、唯一の親友だと思っていた。互いの作品を読み合っては、夜通し語り合ったものだ」
彼の声は淡々としていたが、その奥には懐かしむような響きと、微かな痛みが滲んでいた。
「ある新人賞に、二人で応募することにした。俺は、ずっと温めていたアイデアを、あいつにだけ話していた。信じていたからだ。でも、あいつは……そのアイデアを丸ごと盗んで、自分の作品として応募した」
彼の声から、感情の色は読み取れない。けれど、その言葉の事実の重みが、私の胸を締め付けた。
「俺は、あいつを問い詰めた。だが、あいつは認めなかった。逆に、俺が自分のアイデアを盗んだんだと、周りに嘘を言いふらしたんだ。口がうまくて、人の心を読むのが得意なあいつの言葉を、周りは信じた」
小説で読んだ通りの展開。しかし、彼の口から直接語られるそれは、比べ物にならないほどの重みと痛みを持っていた。
「一番辛かったのは……俺たちの共通の恩師が、あいつの嘘を信じてしまったことだ。先生は、俺たちのことを実の息子のように可愛がってくれていた。その先生に、『君を信じていたのに、がっかりだ』と言われた時は……世界が終わったように感じた」
蓮は、そこで一度言葉を切った。彼の拳が、固く握られているのが見えた。
「先生は、もともと心の弱い人だった。俺たちのことで心を痛め、日に日に憔悴していった。そして……ある日、俺たち二人に宛てた遺書を残して、自ら命を絶ったんだ。『君たちの才能を信じていたのに、嘘と裏切りに満ちた世界を見せてしまったことが、何より悲しい』と書かれていた」
その瞬間、蓮の声が、ほんのわずかに震えた。それは、色ではない。彼の魂が発する、痛みの音だった。
「先生が亡くなったあの日、葬式の場で、影山は涙ながらに悲劇の主人公を演じていた。その姿を見た時、俺の中で何かがぷつりと切れたんだ。言葉というものが、こんなにも簡単に人を欺き、命さえ奪うのかと絶望した。そして、気づいた時には……俺は、一切の嘘がつけなくなっていた。どんな些細な嘘でも、口にしようとすると、喉が締め付けられるように苦しくなり、声が出なくなるんです」
それは、あまりにも過酷な真実だった。彼の透明な声は、彼の誠実さの証などという美しいものではなく、深い絶望と罪悪感から生まれた、呪いにも似た枷だったのだ。
「君にだけは、話しておきたかった」
彼はそう言って、私の方を真っ直ぐに見た。その瞳は、何かを必死に堪えているように潤んで見えた。
私は、かけるべき言葉が見つからなかった。ただ、彼の隣に寄り添い、震える彼の手を、そっと自分の両手で包み込んだ。彼の冷たい指先に、私の体温が少しでも伝わればいいと、心から願いながら。
彼の背負った罪と罰。その計り知れない重さを前に、私はただ、彼の痛みに寄り添うことしかできなかった。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、蓮の方だった。
「……驚かせたな、すまない」
「いえ……」
「さっきの男、影山彰。俺の、担当編集者だ」
彼の声は透明だったが、その響きは重たい石のように私の心に沈んだ。
私は、彼の心を少しでも軽くしたくて、口を開いた。
「……あなたの、小説を読みました」
私の言葉に、蓮はハッとしたように顔を上げた。
「だから、何となく。彼が、どういう人なのか……」
そう言うと、彼は力なく笑った。それは、諦めと悲しみが混じったような、痛々しい笑みだった。
「そうか……君には、わかってしまうんだな」
彼は天を仰ぎ、深く息を吸い込んだ。そして、まるで自分自身に言い聞かせるように、重い口を開いた。語られる言葉は、すべてが色のない、紛れもない真実だった。
「あいつとは、学生の頃からの付き合いだった。二人とも小説家を目指していて、唯一の親友だと思っていた。互いの作品を読み合っては、夜通し語り合ったものだ」
彼の声は淡々としていたが、その奥には懐かしむような響きと、微かな痛みが滲んでいた。
「ある新人賞に、二人で応募することにした。俺は、ずっと温めていたアイデアを、あいつにだけ話していた。信じていたからだ。でも、あいつは……そのアイデアを丸ごと盗んで、自分の作品として応募した」
彼の声から、感情の色は読み取れない。けれど、その言葉の事実の重みが、私の胸を締め付けた。
「俺は、あいつを問い詰めた。だが、あいつは認めなかった。逆に、俺が自分のアイデアを盗んだんだと、周りに嘘を言いふらしたんだ。口がうまくて、人の心を読むのが得意なあいつの言葉を、周りは信じた」
小説で読んだ通りの展開。しかし、彼の口から直接語られるそれは、比べ物にならないほどの重みと痛みを持っていた。
「一番辛かったのは……俺たちの共通の恩師が、あいつの嘘を信じてしまったことだ。先生は、俺たちのことを実の息子のように可愛がってくれていた。その先生に、『君を信じていたのに、がっかりだ』と言われた時は……世界が終わったように感じた」
蓮は、そこで一度言葉を切った。彼の拳が、固く握られているのが見えた。
「先生は、もともと心の弱い人だった。俺たちのことで心を痛め、日に日に憔悴していった。そして……ある日、俺たち二人に宛てた遺書を残して、自ら命を絶ったんだ。『君たちの才能を信じていたのに、嘘と裏切りに満ちた世界を見せてしまったことが、何より悲しい』と書かれていた」
その瞬間、蓮の声が、ほんのわずかに震えた。それは、色ではない。彼の魂が発する、痛みの音だった。
「先生が亡くなったあの日、葬式の場で、影山は涙ながらに悲劇の主人公を演じていた。その姿を見た時、俺の中で何かがぷつりと切れたんだ。言葉というものが、こんなにも簡単に人を欺き、命さえ奪うのかと絶望した。そして、気づいた時には……俺は、一切の嘘がつけなくなっていた。どんな些細な嘘でも、口にしようとすると、喉が締め付けられるように苦しくなり、声が出なくなるんです」
それは、あまりにも過酷な真実だった。彼の透明な声は、彼の誠実さの証などという美しいものではなく、深い絶望と罪悪感から生まれた、呪いにも似た枷だったのだ。
「君にだけは、話しておきたかった」
彼はそう言って、私の方を真っ直ぐに見た。その瞳は、何かを必死に堪えているように潤んで見えた。
私は、かけるべき言葉が見つからなかった。ただ、彼の隣に寄り添い、震える彼の手を、そっと自分の両手で包み込んだ。彼の冷たい指先に、私の体温が少しでも伝わればいいと、心から願いながら。
彼の背負った罪と罰。その計り知れない重さを前に、私はただ、彼の痛みに寄り添うことしかできなかった。
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