神様に見放された僕ですが、モノの声が聞こえるので古道具屋「夕凪堂」で人生やり直します

久遠翠

文字の大きさ
4 / 13

第三話「万年筆が記す、約束の場所」

しおりを挟む
 夕凪堂での日々は、ゆったりとした川の流れのように穏やかに過ぎていった。
 奏は、店に並ぶ様々な古道具の声に耳を傾けることで、その扱い方や価値を少しずつ学んでいった。それは、神様の声を聞き、ただそれを伝えるだけだった頃にはなかった、手触りのある確かな知識だった。

「奏よ、少し休憩にせぬか。とっておきの玉露が入ったのじゃ」

 昼下がり、帳簿と睨めっこをしていた奏に、紬が声をかけた。彼女が淹れるお茶は、いつだって格別だった。茶葉の種類によって湯の温度を巧みに変え、最後の一滴まで慈しむように淹れられたお茶は、疲れた心と身体にじんわりと染み渡る。

「わあ、ありがとうございます、紬さん」
「さん、など付けずともよい。紬、と呼び捨てにするがよい」
「え、でも……」
「わらわは見た目こそこうじゃが、中身は相当な年寄りじゃぞ? いちいち気にしていたら、首が凝ってしまうわ」

 そう言ってくすくすと笑う紬の横で、日向ぼっこをしていた琥珀が呆れたようにため息をついた。

「そいつはただ、年寄り扱いされたくないだけだ。奏、気にせず好きに呼んでやれ」
「こら、琥珀。余計なことを言うでない」

 軽口を叩き合う二人(一人と一匹)のやり取りは、すっかり見慣れた光景になった。家族というものを、奏はもう持っていないと思っていた。けれど、この二人との時間は、間違いなく家族のそれのように温かかった。

 玉露の甘い香りに包まれて、三人が縁側で寛いでいると、からん、と店の入り口の鈴が鳴った。
 やってきたのは、郵便配達の制服を着た、少し気の弱そうな青年だった。彼はきょろきょろと店内を見回し、おずおずとカウンターに近づいてきた。

「あの……こちらで、訳ありの品を見ていただけると聞いて……」

 青年が鞄から取り出したのは、一本の古い万年筆だった。黒く艶やかな軸に、金のペン先。一目で上質な品だと分かるが、ところどころに細かい傷があり、使い込まれてきた年月を感じさせる。

「これは、父の形見なんです。父も郵便配達員で……生前、ずっとこの万年筆で手紙を書いていました」

 青年の話によると、彼の父親はひと月前に病気で亡くなったらしい。彼は父親の跡を継いで郵便配達員になったものの、仕事でミスばかりしてしまい、すっかり自信を失くしていた。そんな時、父親の遺品の中からこの万年筆を見つけ、お守りのように持ち歩いているのだという。

「でも、この万年筆を持っていると、なんだか胸が苦しくなるんです。父に『お前には無理だ』って、責められているような気がして……」

 そう言って俯く青年の肩は、小さく震えていた。
 奏は、そっと万年筆に触れた。すると、インクの匂いと共に、力強い声が流れ込んでくる。それは、亡き父親の想いだった。

(頑張れ……お前なら、できる……)
(あの場所へ行け……約束を、果たしてくれ……)

 責めているのではない。むしろ、息子を必死で応援している。そして、何かを託そうとしている。
「あの場所」とは、一体どこなのだろうか。

「この万年筆、少しお預かりしてもよろしいでしょうか」

 奏の申し出に、青年はこくりと頷いた。
 その夜、奏は自室で万年筆と向き合っていた。もっと声を聞こうと集中すると、断片的な映像が浮かんでは消える。
 ──満開の桜並木。古いポスト。海が見える丘。そして、「ありがとう」と何度も何度も書かれた、手紙の束。

「どうやら、この万年筆は、ただの手紙を書くための道具ではなかったようじゃのう」

 いつの間にか部屋の入り口に立っていた紬が、静かに言った。彼女の隣では、琥珀が「ふむ」と唸っている。

「この万年筆からは、感謝の念が溢れておる。持ち主は、このペンで誰かの想いを繋いできたのではないかのう」
「想いを……繋ぐ?」

 その時、奏の脳裏に、父親を亡くしたという青年の言葉が蘇った。
 ──父も、郵便配達員で……。

 翌日、奏は青年を訪ね、一つの提案をした。
「お父様が配達で使っていた地図は残っていませんか? それを持って、もう一度、お父様が担当していた区域を回ってみましょう」

 半信半疑の青年に、奏は万年筆から聞こえた「桜並木」や「古いポスト」といった断片的な情報を伝えた。すると、青年の顔色がかわり、「心当たりがあります」と呟いた。

 二人は、青年の父親が遺した手描きの地図を頼りに、海沿いの小さな町を歩き始めた。地図には、配達ルートだけでなく、ところどころに「ここの家の犬はよく吠える」「坂の途中の桜が綺麗」など、細かなメモが書き込まれていた。それは、仕事熱心だった父親の姿そのものだった。
 やがて、二人は地図に「約束の場所」と記された、海を見下ろす丘の上にたどり着いた。そこには、ぽつんと立つ一本の桜の木と、今は使われていない古い赤いポストがあった。

「ここだ……!」

 奏がポストに近づくと、万年筆の声がひときわ強く響いた。
(この中に……。わしの代わりに……届けてくれ……)
 奏がポストの投函口をそっと開けると、中には分厚い封筒が一つ、大切そうに置かれていた。宛名には、「我が息子へ」と、万年筆で書かれた、少し掠れた文字があった。

 それは、亡き父親が息子に宛てた、最後の手紙だった。

 手紙には、郵便配達員という仕事への誇り、そして息子への深い愛情が、訥々と綴られていた。そして、最後はこう締め括られている。
『お前が自信を失くした時は、この丘に来て海を見るんだ。海は、どんな手紙も必ず届けるべき場所へ運んでくれる。お前も、海のような配達員になれ』

 手紙を読み終えた青年の目には、涙が光っていた。胸のつかえが取れたような、晴れやかな顔だった。万年筆から感じていた苦しさは、息子を想う父親の強い気持ちが、うまく伝わらなかったせいだったのだ。

 夕凪堂への帰り道、奏は紬に言った。
「モノの声を聞くだけじゃ、ダメなんですね。その想いを、ちゃんと届けるまでが、僕たちの仕事なんだ」

 紬は何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
 その日の夕食は、まんぷく食堂の特製カツ丼だった。サクサクの衣と、出汁の染みた卵が、やり遂げた後の空腹の身体に染み渡る。
 大きなカツを頬張りながら、奏は、モノと人の想いを繋ぐこの仕事が、たまらなく好きになっている自分に気づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゴミスキルと追放された【万物鑑定】の俺、実は最強でした。Sランクパーティが崩壊する頃、俺は伝説の仲間と辺境で幸せに暮らしています

黒崎隼人
ファンタジー
Sランク勇者パーティのお荷物扱いされ、「ゴミスキル」と罵られて追放された鑑定士のアッシュ。 失意の彼が覚醒させたのは、森羅万象を見通し未来さえも予知する超チートスキル【万物鑑定】だった! この力を使い、アッシュはエルフの少女や凄腕の鍛冶師、そして伝説の魔獣フェンリル(もふもふ)といった最強の仲間たちを集め、辺境の町を大発展させていく。 一方、彼を追放した勇者たちは、アッシュのサポートを失い、ダンジョンで全滅の危機に瀕していた――。 「今さら戻ってこい? お断りだ。俺はこっちで幸せにやってるから」 底辺から駆け上がる痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

パーティのお荷物と言われて追放されたけど、豪運持ちの俺がいなくなって大丈夫?今更やり直そうと言われても、もふもふ系パーティを作ったから無理!

蒼衣翼
ファンタジー
今年十九歳になった冒険者ラキは、十四歳から既に五年、冒険者として活動している。 ところが、Sランクパーティとなった途端、さほど目立った活躍をしていないお荷物と言われて追放されてしまう。 しかしパーティがSランクに昇格出来たのは、ラキの豪運スキルのおかげだった。 強力なスキルの代償として、口外出来ないというマイナス効果があり、そのせいで、自己弁護の出来ないラキは、裏切られたショックで人間嫌いになってしまう。 そんな彼が出会ったのが、ケモノ族と蔑まれる、狼族の少女ユメだった。 一方、ラキの抜けたパーティはこんなはずでは……という出来事の連続で、崩壊して行くのであった。

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...