神様に見放された僕ですが、モノの声が聞こえるので古道具屋「夕凪堂」で人生やり直します

久遠翠

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第八話「繋がる想い、僕にできること」

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「まだ何かするつもりか、奏。無駄な足掻きはよせ」

 律は、目の前に立ちはだかる弟を、心底つまらなそうに見下ろした。その瞳には、憐れみすら浮かんでいる。神の寵愛を失い、物の怪に魅入られた哀れな弟。もはや、自分と同じ土俵に立つ存在ですらない。律にとって、奏は道端の小石ほどの意味も持たなかった。

 しかし、奏は怯まなかった。彼の背後で、沈黙していた古道具たちが、一つ、また一つと、再び微かな光を灯し始めている。それは、律の神聖な力の前ではあまりに儚い光だったが、決して消えることはなかった。

「兄さんには、分からないんだ」
 奏は、静かに語り始めた。
「神様の声は、確かに大きくて、絶対的な力を持っているのかもしれない。でも、ここにいるみんなの声は……一つ一つは小さくて、か弱いけど、すごく温かいんだ。誰かを大切に思う気持ち、失くしたものを懐かしむ気持ち、ごめんねって伝えたい気持ち……。そういう、数えきれないほどの小さな想いが集まって、この店はできている。僕が守りたいのは、そっちの世界だ」

「戯言を」
 律は、鼻で笑った。
「そのような不確かで、移ろいやすい感情に、何ほどの価値がある。絶対的な力、絶対的な秩序こそが、この世を正しく導くのだ。私の信じる神の道が、それを示している」
「それは、兄さんが勝手に作り上げた神様の姿だ!」

 奏は叫んだ。
「僕が聞いていた神様の声は、もっと……ただ、静かに人々を見守っているだけだった。兄さんみたいに、自分の力を誇示したり、誰かを傷つけたりするようなことはなかった!」

 その言葉は、律の核心を突いたようだった。彼の眉が、ぴくりと動く。
「……黙れ、出来損ないが」

 律の周りに、金色の霊力が渦を巻く。もはや、問答は不要。力で捻じ伏せるまで。
 彼が手を振り上げ、奏に向けて強力な光の槍を放とうとした、その時だった。

 リーン……。

 どこからか、澄んだ音色が響き渡った。それは、あのオルゴールの音色だった。律の攻撃によって黙り込んでいたはずのオルゴールが、自らの意思で、美しいメロディーを奏で始めたのだ。
 その音色は、幻惑の力を持っていた。律の目の前に、ありし日の水鏡神社の風景が広がる。幼い奏と自分が、共に稽古に励んだ日の記憶。神童と呼ばれ、誰からも愛された弟への、羨望と嫉妬。
 心の奥底に封じ込めていた感情が、不意に呼び覚まされ、律の動きが一瞬、鈍った。

「今だ、奏!」

 琥珀が叫ぶ。その声に、奏ははっと我に返った。
 何をすればいい? 僕に何ができる?
 頭の中に、万年筆の声が響く。

(光を……道筋を……!)

 そうだ、あの時のように。万年筆は、持ち主の想いを届けるための道筋を示してくれた。
 奏は、懐に忍ばせていたあの万年筆を握りしめた。そして、店内に満ちる古道具たちの想いを、そのペン先に集中させる。

「みんなの想いを……一つに!」

 奏が空中に指を走らせると、万年筆のペン先から光のインクがほとばしり、複雑な文様を描き出した。それは、神社の結界術とは全く異なる、モノたちの想いを繋ぎ、増幅させるための、奏だけの陣だった。

(もっと力を……)
(あたたかい想いを……)

 対の湯呑が、ふわりと温かい光を放つ。夫婦が互いを思いやる心が、奏の描いた陣に流れ込み、その輝きをさらに増していく。
 店中の古道具たちが、次々と呼応し始めた。ランプが光を、古時計が時の力を、古い鏡が反射の力を、それぞれが持つ記憶と想いを、奏の元へと注ぎ込んでいく。

 それは、律が操るような、一点集中の強大な力ではない。色も形もバラバラな、無数の小さな光の集合体。だが、その光の束は、律が放つ神聖な光とは質の違う、どこまでも優しい温かさを持っていた。

「こんなもので……私の力が破れるとでも思うのか!」

 幻惑から覚めた律が、怒りに顔を歪ませ、さらに強大な霊力を放つ。金色の光と、色とりどりの優しい光が、店の中心で激しく衝突した。凄まじいエネルギーの奔流が、店内の全てを薙ぎ倒していく。

 奏は、歯を食いしばって耐えた。足が震え、意識が遠のきそうになる。けれど、背後から聞こえてくるモノたちの声が、彼を支えていた。

(頑張れ……!)
(負けるな……!)

「僕は、もう……出来損ないなんかじゃない!」

 奏が最後の力を振り絞って叫んだ瞬間、彼が描いた陣が、ひときわ強く輝いた。色とりどりの光の奔流は、ついに律の金色の光を飲み込み、その身体を吹き飛ばした。

「ぐ……ぁっ!?」

 壁に叩きつけられ、律は呻き声を上げた。まさか、自分が弟の、それもガラクタどもの寄せ集めの力に押し負けるなど、信じられないという表情をしている。
 勝った……。
 奏の膝が、がくりと折れる。全身の力が抜け、その場に倒れ込もうとした、その身体を、誰かがそっと支えた。

「……よく、頑張ったな。奏」

 それは、駆けつけた紬の声だった。彼女の顔には安堵の色が浮かんでいたが、その視線は、倒れた律と、そして彼の手によって暴走しかけている竜の灯火へと向けられていた。
 宝玉は、律の強大な霊力に当てられた影響で、制御を失い、青い光を激しく明滅させている。このままでは、龍脈の力が暴走し、街を破壊してしまう。

 まだ、終わってはいなかった。
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