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第4話「特別な侍女の誕生」
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「お前が、俺の夢の中にいた女だな」
皇帝の言葉は、静かな衝撃となって玲花の全身を貫いた。
(どうして……?なぜ、それを……?)
顔から血の気が引いていくのが分かる。秘密が、私のたった一つの秘密が、この国の最高権力者に知られてしまった。これからどうなるのだろう。不敬罪で罰せられるのだろうか。思考がまとまらない。
「……っ、わ、私には、何のことか……」
かろうじて絞り出した否定の言葉は、自分でも情けないほどに震えていた。
すると、瑛心はふっと息を漏らすように笑った。それは嘲笑とは違う、何かを見透かしたような静かな笑みだった。
「とぼけるな。その匂いだ」
彼は玲花のすぐそばまで顔を寄せ、彼女の髪の匂いを確かめるように吸い込む。玲花はびくりと体を硬直させた。間近で見る皇帝の顔はあまりにも美しく、そして冷たかった。
「お前の衣に染みついた、かすかな薬草の香り。夢の中で俺の手を握ったお前の手から、同じ香りがした」
確信に満ちた声。もう、ごまかしはきかない。
玲花は観念して、再び深く頭を垂れた。
「……申し訳、ございません。わ、私は、その……」
どう説明すればいいのか分からない。自分が縫った衣を纏う者の夢に入り込める、などという荒唐無稽な話を信じてもらえるはずがない。むしろ、妖術使いとして処刑されてもおかしくない。
恐怖に身を縮める玲花の頭上から、意外な言葉が降ってきた。
「罰しはしない。むしろ、褒美をやろう」
「……え?」
玲花は呆然と顔を上げた。褒美?どういうこと?
瑛心は玲花から少し距離を取り、再び玉座へと戻ると、腕を組んで彼女を見下ろした。その瞳には初めて値踏みする以外の色――純粋な興味が浮かんでいた。
「お前のその力を、俺のために使え。李玲花、本日よりお前を俺付きの侍女とする。仕事はただ一つ。夜、俺の側で眠ることだ」
「……は……?」
今度こそ、玲花は自分の耳を疑った。
皇帝付きの侍女。それは後宮にいる数多の女官たちの誰もが夢見る、最高の地位だ。それが、何の家柄も後ろ盾もない、ただのお針子である自分に?しかも、仕事は「側で眠ること」?
「そ、そんな……!私のような者に、そのような大役は務まりません!」
「俺が務まると言っている。お前の力が必要だ。お前がいれば、俺はあの悪夢から解放されるかもしれん」
その声には切実な響きがこもっていた。初めて、彼の冷たい仮面の下にある、脆く傷ついた魂の片鱗に触れた気がした。毎夜悪夢にうなされるという噂は本当だったのだ。そして彼は本気で、私の訳の分からない力を頼ろうとしている。
「……断れば、どうなりますか?」
震える声で尋ねると、彼は氷のような瞳で玲花を射抜いた。
「選択肢はないと思え」
それは、紛れもない皇帝の命令だった。逆らうことは死を意味する。
玲花は唇をきつく結び、やがて小さく、しかしはっきりと頭を縦に振った。
「……御意のままに」
その日のうちに、玲花の処遇は決定された。
彼女は「特別な力を持つ巫女」として、皇帝の私室の隣にある一室を与えられた。尚服局の埃っぽい共同部屋とは比べ物にならない、天蓋付きの寝台に美しい調度品の数々。昨日までの自分では、想像もつかない世界だった。
もちろん、この前代未聞の人事は後宮に大きな波紋を広げた。
『あのお針子が、陛下付きの侍女に?』
『一体どんな妖術を使ったのかしら』
『夜伽もせずに側に置くなんて、陛下も物好きね』
嫉妬、やっかみ、侮蔑。廊下を歩くだけで、背中に突き刺さる視線とひそひそ話が聞こえてくる。玲花は、嵐の海に放り出された小舟のような気分だった。
そして、その夜がやってきた。
玲花は与えられた簡素だが清潔な寝間着に着替え、緊張した面持ちで主の寝室へと向かった。許可を得て中に入ると、そこには既に寝間着姿の瑛心が寝台に腰掛けて、玲花を待っていた。
昼間の冷徹な雰囲気とは少し違い、どこか無防備な姿に玲花の心臓が跳ねる。
「……来たか」
「はい。陛下」
「怖いか?」
「……はい。少し」
正直に答えると、彼は意外にも穏やかな声で言った。
「何も案ずるな。お前には指一本触れん。ただ、そこにいるだけでいい」
彼はそう言うと、寝台の脇に設えられた長椅子を指さした。
「そこで眠れ。何かあれば、すぐに俺を起こせ」
言われた通り、玲花は長椅子に横になった。絹の毛布は柔らかく温かい。けれど、すぐそばの寝台に皇帝がいるという異常な状況に、眠れるはずもなかった。
部屋には沈香の落ち着いた香りが漂っている。時折、瑛心が寝返りを打つ衣擦れの音が聞こえるだけ。気まずい沈黙が続く。
しばらくして、瑛心がおもむろに口を開いた。
「……夢の中のお前は、温かかった」
「え……」
「冷え切った俺の手を、ずっと握っていてくれた。あれは、何年ぶりかの温もりだった」
独り言のような、静かな告白。その声には、昼間の彼からは想像もできないような孤独の色が滲んでいた。
玲花は、何と返すべきか分からなかった。ただ、胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みを感じる。
この人は、ただ冷たいだけの人じゃない。深い傷を負って、たった一人で戦っている人なのだ。
(私が、この人の助けになれるのなら……)
不思議と、昼間感じていた恐怖は薄れていた。代わりに、この孤独な皇帝を守ってあげたいという、小さな使命感のようなものが芽生え始めていた。
やがて、規則正しい寝息が聞こえ始める。どうやら瑛心は眠りについたようだ。
玲花もそっと目を閉じた。どうか、今夜は穏やかな夢を見られますように。そして、もしまたあの悪夢を見るのなら、今度こそ私があなたを守りますから。
そう祈りながら、玲花の意識もまた、静かな眠りの海へと沈んでいった。
皇帝の言葉は、静かな衝撃となって玲花の全身を貫いた。
(どうして……?なぜ、それを……?)
顔から血の気が引いていくのが分かる。秘密が、私のたった一つの秘密が、この国の最高権力者に知られてしまった。これからどうなるのだろう。不敬罪で罰せられるのだろうか。思考がまとまらない。
「……っ、わ、私には、何のことか……」
かろうじて絞り出した否定の言葉は、自分でも情けないほどに震えていた。
すると、瑛心はふっと息を漏らすように笑った。それは嘲笑とは違う、何かを見透かしたような静かな笑みだった。
「とぼけるな。その匂いだ」
彼は玲花のすぐそばまで顔を寄せ、彼女の髪の匂いを確かめるように吸い込む。玲花はびくりと体を硬直させた。間近で見る皇帝の顔はあまりにも美しく、そして冷たかった。
「お前の衣に染みついた、かすかな薬草の香り。夢の中で俺の手を握ったお前の手から、同じ香りがした」
確信に満ちた声。もう、ごまかしはきかない。
玲花は観念して、再び深く頭を垂れた。
「……申し訳、ございません。わ、私は、その……」
どう説明すればいいのか分からない。自分が縫った衣を纏う者の夢に入り込める、などという荒唐無稽な話を信じてもらえるはずがない。むしろ、妖術使いとして処刑されてもおかしくない。
恐怖に身を縮める玲花の頭上から、意外な言葉が降ってきた。
「罰しはしない。むしろ、褒美をやろう」
「……え?」
玲花は呆然と顔を上げた。褒美?どういうこと?
瑛心は玲花から少し距離を取り、再び玉座へと戻ると、腕を組んで彼女を見下ろした。その瞳には初めて値踏みする以外の色――純粋な興味が浮かんでいた。
「お前のその力を、俺のために使え。李玲花、本日よりお前を俺付きの侍女とする。仕事はただ一つ。夜、俺の側で眠ることだ」
「……は……?」
今度こそ、玲花は自分の耳を疑った。
皇帝付きの侍女。それは後宮にいる数多の女官たちの誰もが夢見る、最高の地位だ。それが、何の家柄も後ろ盾もない、ただのお針子である自分に?しかも、仕事は「側で眠ること」?
「そ、そんな……!私のような者に、そのような大役は務まりません!」
「俺が務まると言っている。お前の力が必要だ。お前がいれば、俺はあの悪夢から解放されるかもしれん」
その声には切実な響きがこもっていた。初めて、彼の冷たい仮面の下にある、脆く傷ついた魂の片鱗に触れた気がした。毎夜悪夢にうなされるという噂は本当だったのだ。そして彼は本気で、私の訳の分からない力を頼ろうとしている。
「……断れば、どうなりますか?」
震える声で尋ねると、彼は氷のような瞳で玲花を射抜いた。
「選択肢はないと思え」
それは、紛れもない皇帝の命令だった。逆らうことは死を意味する。
玲花は唇をきつく結び、やがて小さく、しかしはっきりと頭を縦に振った。
「……御意のままに」
その日のうちに、玲花の処遇は決定された。
彼女は「特別な力を持つ巫女」として、皇帝の私室の隣にある一室を与えられた。尚服局の埃っぽい共同部屋とは比べ物にならない、天蓋付きの寝台に美しい調度品の数々。昨日までの自分では、想像もつかない世界だった。
もちろん、この前代未聞の人事は後宮に大きな波紋を広げた。
『あのお針子が、陛下付きの侍女に?』
『一体どんな妖術を使ったのかしら』
『夜伽もせずに側に置くなんて、陛下も物好きね』
嫉妬、やっかみ、侮蔑。廊下を歩くだけで、背中に突き刺さる視線とひそひそ話が聞こえてくる。玲花は、嵐の海に放り出された小舟のような気分だった。
そして、その夜がやってきた。
玲花は与えられた簡素だが清潔な寝間着に着替え、緊張した面持ちで主の寝室へと向かった。許可を得て中に入ると、そこには既に寝間着姿の瑛心が寝台に腰掛けて、玲花を待っていた。
昼間の冷徹な雰囲気とは少し違い、どこか無防備な姿に玲花の心臓が跳ねる。
「……来たか」
「はい。陛下」
「怖いか?」
「……はい。少し」
正直に答えると、彼は意外にも穏やかな声で言った。
「何も案ずるな。お前には指一本触れん。ただ、そこにいるだけでいい」
彼はそう言うと、寝台の脇に設えられた長椅子を指さした。
「そこで眠れ。何かあれば、すぐに俺を起こせ」
言われた通り、玲花は長椅子に横になった。絹の毛布は柔らかく温かい。けれど、すぐそばの寝台に皇帝がいるという異常な状況に、眠れるはずもなかった。
部屋には沈香の落ち着いた香りが漂っている。時折、瑛心が寝返りを打つ衣擦れの音が聞こえるだけ。気まずい沈黙が続く。
しばらくして、瑛心がおもむろに口を開いた。
「……夢の中のお前は、温かかった」
「え……」
「冷え切った俺の手を、ずっと握っていてくれた。あれは、何年ぶりかの温もりだった」
独り言のような、静かな告白。その声には、昼間の彼からは想像もできないような孤独の色が滲んでいた。
玲花は、何と返すべきか分からなかった。ただ、胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みを感じる。
この人は、ただ冷たいだけの人じゃない。深い傷を負って、たった一人で戦っている人なのだ。
(私が、この人の助けになれるのなら……)
不思議と、昼間感じていた恐怖は薄れていた。代わりに、この孤独な皇帝を守ってあげたいという、小さな使命感のようなものが芽生え始めていた。
やがて、規則正しい寝息が聞こえ始める。どうやら瑛心は眠りについたようだ。
玲花もそっと目を閉じた。どうか、今夜は穏やかな夢を見られますように。そして、もしまたあの悪夢を見るのなら、今度こそ私があなたを守りますから。
そう祈りながら、玲花の意識もまた、静かな眠りの海へと沈んでいった。
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