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第8話「崩れ落ちる砂の城」
データベースのデータ消失事件は、営業三課に深刻な影響を及ぼした。
蓮さんの命令で私は復旧作業から完全に手を引くことになり、その代わり、翔太くんと莉奈ちゃんが二人で徹夜続きの作業に追われることになったのだ。
彼らが悪戦苦闘しているのを横目に、私はプロジェクトの仕事に集中した。蓮さんの言う通り、私にはもっと優先すべきことがある。
でも、気にならないと言えば嘘になった。
時折、営業三課のフロアを通りかかると、疲労困憊といった表情の二人の姿が目に入った。
莉奈ちゃんは目の下に濃いクマを作り、自慢の笑顔も消え失せている。
「もー、なんでこんなことになっちゃったのよぉ……。翔太さんのせいだからね!」
「なんだと! お前だって、俺のやり方に賛成してただろ!」
以前の仲睦まじい様子はどこへやら、二人はお互いを罵り合い責任をなすりつけ合っていた。その姿は見ていて痛々しいほどだった。
(まるで、砂の城みたい)
二人の関係は、お互いの見栄や自己満足という脆い砂の上に成り立っていただけなのだ。一度崩れ始めれば、あっという間に原型を留めなくなる。
そして、彼らの不幸はそれだけでは終わらなかった。
データ消失の影響で、いくつかの重要な取引先との商談が破談になってしまったのだ。会社の損失は数千万円単位にのぼるという。
この事態を重く見た会社は、翔太くんと莉奈ちゃんに対し、正式な懲罰委員会を開くことを決定した。
懲罰委員会の当日。私は参考人として呼び出された。
重苦しい雰囲気の会議室。役員たちがずらりと並ぶ中、翔太くんと莉奈ちゃんは小さな子供のように縮こまって座っていた。
「高坂君、姫川さん。今回の件、何か弁明することはあるかね?」
社長の厳しい声が響く。
翔太くんは、震える声で言い訳を始めた。
「わ、私の判断が甘かったことは認めます。ですが、白石さんが残したマニュアルが非常に複雑で分かりにくかったことも、原因の一つかと……」
まだ私のせいにするのか。その見苦しい態度に、私は呆れるのを通り越して悲しくなった。
すると、それまで黙って話を聞いていた蓮さんが、静かに口を開いた。
「そのマニュアルは私も確認させてもらった。非常に丁寧に、誰が読んでも分かるように作られていたが」
蓮さんの言葉に、会議室の空気が凍りつく。
「それに、高坂君。君は白石さんから直接、バックアップの重要性について何度も説明を受けていたはずだ。それを怠ったのは、君自身の怠慢以外の何物でもない」
「……っ」
翔太くんは、ぐうの音も出ないという表情でうつむいた。
蓮さんは、さらに続けた。
「姫川さん。君は、高坂君のやり方に問題があると気づきながら、それを指摘することなく、むしろ彼を煽るような言動を繰り返していた。そうだね?」
「そ、そんなことは……」
「とぼけても無駄だ。君たちが、白石さんのマニュアルを『時代遅れだ』と嘲笑しながらシュレッダーにかけているのを、複数の社員が目撃している」
その言葉に、莉奈ちゃんは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
(シュレッダーに……? あのマニュアルを?)
私が後任の人のためにと、何日もかけて作ったマニュアル。それを彼らはそんな風に扱っていたのか。
怒りよりも先に、深い虚しさがこみ上げてきた。
蓮さんは、用意していた一枚の書類をテーブルの上に置いた。
「さらに、姫川さん。君は会社の経費を不正に申請し、私的に流用していた疑いがある。これは、その証拠となるデータだ」
画面に映し出されたのは、莉奈ちゃんが申請した経費のリストだった。架空の出張や水増しされた接待費。その額は決して無視できないものだった。
「こ、これは……何かの間違いです!」
莉奈ちゃんは必死に否定するが、蓮さんは冷たく言い放った。
「経理部のデータと、君のSNSの投稿内容を照合させてもらった。出張と偽って旅行に行っていたことも、全て裏は取れている」
莉奈ちゃんの顔から、完全に血の気が引いていく。
もはや、言い逃れの余地はなかった。
(蓮さん……。いつの間に、こんなことまで調べて……)
私は蓮さんの底知れない能力に、畏敬の念を抱いた。彼はただ仕事ができるだけではない。会社の全てを把握し、不正を見抜く鋭い目を持っている。そして、大切なものを守るためなら、容赦なく相手を追い詰める冷徹さも。
もしかして、蓮さんは最初からこうなることを見越していたのだろうか。
私が翔太くんに婚約破棄されたことも、莉奈ちゃんの裏の顔も、全て知った上で……。
そう考えると、少しだけ背筋が寒くなる。
でも、それ以上に私のためにここまでしてくれた彼の行動に、胸が熱くなった。
懲罰委員会の結果、翔太くんと莉奈ちゃんには厳しい処分が下されることになった。
彼らが築き上げてきた見せかけだけの砂の城は、こうして音を立てて跡形もなく崩れ落ちたのだった。
蓮さんの命令で私は復旧作業から完全に手を引くことになり、その代わり、翔太くんと莉奈ちゃんが二人で徹夜続きの作業に追われることになったのだ。
彼らが悪戦苦闘しているのを横目に、私はプロジェクトの仕事に集中した。蓮さんの言う通り、私にはもっと優先すべきことがある。
でも、気にならないと言えば嘘になった。
時折、営業三課のフロアを通りかかると、疲労困憊といった表情の二人の姿が目に入った。
莉奈ちゃんは目の下に濃いクマを作り、自慢の笑顔も消え失せている。
「もー、なんでこんなことになっちゃったのよぉ……。翔太さんのせいだからね!」
「なんだと! お前だって、俺のやり方に賛成してただろ!」
以前の仲睦まじい様子はどこへやら、二人はお互いを罵り合い責任をなすりつけ合っていた。その姿は見ていて痛々しいほどだった。
(まるで、砂の城みたい)
二人の関係は、お互いの見栄や自己満足という脆い砂の上に成り立っていただけなのだ。一度崩れ始めれば、あっという間に原型を留めなくなる。
そして、彼らの不幸はそれだけでは終わらなかった。
データ消失の影響で、いくつかの重要な取引先との商談が破談になってしまったのだ。会社の損失は数千万円単位にのぼるという。
この事態を重く見た会社は、翔太くんと莉奈ちゃんに対し、正式な懲罰委員会を開くことを決定した。
懲罰委員会の当日。私は参考人として呼び出された。
重苦しい雰囲気の会議室。役員たちがずらりと並ぶ中、翔太くんと莉奈ちゃんは小さな子供のように縮こまって座っていた。
「高坂君、姫川さん。今回の件、何か弁明することはあるかね?」
社長の厳しい声が響く。
翔太くんは、震える声で言い訳を始めた。
「わ、私の判断が甘かったことは認めます。ですが、白石さんが残したマニュアルが非常に複雑で分かりにくかったことも、原因の一つかと……」
まだ私のせいにするのか。その見苦しい態度に、私は呆れるのを通り越して悲しくなった。
すると、それまで黙って話を聞いていた蓮さんが、静かに口を開いた。
「そのマニュアルは私も確認させてもらった。非常に丁寧に、誰が読んでも分かるように作られていたが」
蓮さんの言葉に、会議室の空気が凍りつく。
「それに、高坂君。君は白石さんから直接、バックアップの重要性について何度も説明を受けていたはずだ。それを怠ったのは、君自身の怠慢以外の何物でもない」
「……っ」
翔太くんは、ぐうの音も出ないという表情でうつむいた。
蓮さんは、さらに続けた。
「姫川さん。君は、高坂君のやり方に問題があると気づきながら、それを指摘することなく、むしろ彼を煽るような言動を繰り返していた。そうだね?」
「そ、そんなことは……」
「とぼけても無駄だ。君たちが、白石さんのマニュアルを『時代遅れだ』と嘲笑しながらシュレッダーにかけているのを、複数の社員が目撃している」
その言葉に、莉奈ちゃんは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
(シュレッダーに……? あのマニュアルを?)
私が後任の人のためにと、何日もかけて作ったマニュアル。それを彼らはそんな風に扱っていたのか。
怒りよりも先に、深い虚しさがこみ上げてきた。
蓮さんは、用意していた一枚の書類をテーブルの上に置いた。
「さらに、姫川さん。君は会社の経費を不正に申請し、私的に流用していた疑いがある。これは、その証拠となるデータだ」
画面に映し出されたのは、莉奈ちゃんが申請した経費のリストだった。架空の出張や水増しされた接待費。その額は決して無視できないものだった。
「こ、これは……何かの間違いです!」
莉奈ちゃんは必死に否定するが、蓮さんは冷たく言い放った。
「経理部のデータと、君のSNSの投稿内容を照合させてもらった。出張と偽って旅行に行っていたことも、全て裏は取れている」
莉奈ちゃんの顔から、完全に血の気が引いていく。
もはや、言い逃れの余地はなかった。
(蓮さん……。いつの間に、こんなことまで調べて……)
私は蓮さんの底知れない能力に、畏敬の念を抱いた。彼はただ仕事ができるだけではない。会社の全てを把握し、不正を見抜く鋭い目を持っている。そして、大切なものを守るためなら、容赦なく相手を追い詰める冷徹さも。
もしかして、蓮さんは最初からこうなることを見越していたのだろうか。
私が翔太くんに婚約破棄されたことも、莉奈ちゃんの裏の顔も、全て知った上で……。
そう考えると、少しだけ背筋が寒くなる。
でも、それ以上に私のためにここまでしてくれた彼の行動に、胸が熱くなった。
懲罰委員会の結果、翔太くんと莉奈ちゃんには厳しい処分が下されることになった。
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