乙女ゲームの悪役令嬢に転生!破滅回避のため空気を目指したのに、勘違いでモブキャラ護衛の重すぎる愛に捕まりました

久遠翠

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第6話「悪役令嬢、最大の罠にはめられる」

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 一条院家との会食の日は、嫌なくらいの快晴だった。場所は都内の一等地にそびえ立つ、高級ホテルの最上階にあるレストラン。個室の窓からは、都会の景色が一望できた。
 テーブルには、私の父と、一条院家の当主である蓮の父親、そして私と蓮が向かい合う形で席についている。それぞれの後ろには、秘書や護衛が控えている。もちろん、私の背後には隼人が石像のように立っていた。
 重苦しい雰囲気の中、食事が運ばれてくる。大人たちは当たり障りのないビジネスの話をしているが、私と蓮は一言も口をきかない。蓮はあからさまに不機嫌な顔で、窓の外ばかり見ていた。

『いいぞ、蓮! その調子だ! 今日も私を嫌ってくれ!』

 私は内心でガッツポーズをしながら、完璧な令嬢の笑みを浮かべて前菜に手をつける。この会食さえ乗り切れば、いや、むしろぶち壊しにしてしまえば、婚約破棄はもう目の前だ。
 そんな私の計画を邪魔するかのように、蓮の父親が口を開いた。

「玲奈さん。蓮がいつもすまないね。この息子は昔から頑固なところがあってね」
「とんでもないことでございます。蓮様はご自分の意見をしっかりとお持ちの、素晴らしい方ですわ」

 私はにっこりと微笑んで答える。心の中では「ええ、本当に頑固で自分勝手なろくでなしですよ」と思っているが、おくびにも出さない。
 すると、今まで黙っていた蓮が、吐き捨てるように言った。

「……猫をかぶるのはよせよ。どうせ裏ではひかりをいじめているくせに」
「蓮!」

 父親にたしなめられても、蓮は私への敵意に満ちた視線を隠そうともしない。最高の展開だ。

「いじめるなんて、とんでもない。私はただ、桜井さんに、ご自分の立場というものを理解していただきたいだけですわ」

 私はわざと蓮を挑発するように、扇子で口元を隠して微笑んだ。
 案の定、蓮はカッとなったようにテーブルを叩いた。

「それがいじめだと言っているんだ! 君のような心の冷たい女が、僕の婚約者だと思うと反吐が出る!」

 出ました、決め台詞! ゲームで何度も聞いたやつ!
 蓮の父親が顔を真っ赤にして息子を叱りつけ、私の父が気まずそうに咳払いをする。場の空気は最悪だ。私の心は、歓喜の歌を歌っている。
 計画は順調。そう確信した、その時だった。

「まあ、蓮様、そんな言い方は……」

 個室のドアが開き、そこに立っていたのは、なぜか桜井ひかりだった。彼女は心配そうな顔で蓮を見つめている。

『は? なんでお前がここにいんの?』

 予想外の人物の登場に、私は完全にフリーズした。
 ひかりは、おずおずと部屋に入ってくると、全員に向かって深々と頭を下げた。

「突然お邪魔して、申し訳ありません。蓮様が心配で、つい……」

 その健気な姿に、蓮はすっかり心を奪われている。

「ひかり……。来てくれたのか」
「はい。でも、公条院様もいらっしゃったのですね……。私、また何かご迷惑を……」

 そう言って、ひかりは怯えたように私を見つめ、後ずさった。そして、まるで何かに躓いたかのように、バランスを崩して大きくよろめいた。
 その動きは、あまりにもわざとらしく、計算され尽くしたものだった。

『あっ、これ、やばい』

 私がそう思った時には、もう遅かった。
 ひかりは、まるで私が突き飛ばしたかのような絶妙な角度で、派手な音を立てて床に倒れ込んだ。

「きゃっ!」

 短い悲鳴。そして、うずくまって手首を押さえ、涙を浮かべる。完璧な被害者の演技だ。

「ひかり!」

 蓮が駆け寄り、彼女を抱きかかえる。そして、鬼のような形相で私をにらみつけた。

「玲奈! 貴様、なんてことを!」
「ち、違いますわ! 私は何も……!」
「嘘をつくな! 僕の目の前で、よくも!」

 蓮の怒声が、静かな個室に響き渡る。蓮の父親は呆れたようにため息をつき、私の父は顔面蒼白になっている。
 絶体絶命。これ以上ないほど、最悪の状況だ。
 私は、ひかりの罠にまんまとはまってしまった。学園での襲撃が失敗した彼女が、次に選んだのがこの手だったとは。まさか、両家の当主がいるこの場で、これほど大胆な行動に出るとは思ってもみなかった。
 私の頭の中は、真っ白だった。弁解の言葉も浮かばない。ゲームの玲奈も、こんな風に絶望したのだろうか。
『ああ、もう終わりだ……。これで、私の破滅は確定だ……』
 諦めかけた、その時。
 ずっと沈黙を守っていた私の背後の影が、静かに一歩、前に出た。

「お待ちください」

 低く、冷静な声。黒瀬隼人だった。
 彼はポケットから、手のひらサイズの小さな機械を取り出した。

「一条院様。公条院様は、何もしておられません」
「なんだと? この状況が見えないのか!」

 激昂する蓮に向かって、隼人は何の感情も浮かべない瞳を向けた。

「ええ、見えております。そして、記録もしております」

 彼はそう言うと、手にした機械のボタンを押した。
 次の瞬間、その機械から、クリアな映像が空間に投影された。それは、この個室の入り口に設置された、隠しカメラの映像だった。
 そこには、ひかりが誰にも押されていないのに、自分でバランスを崩して大げさに転ぶ姿が、はっきりと映し出されていた。
 状況は、一変した。
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