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第9話「悪役令嬢、断罪の舞台を整える」
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隼人の異常な執着を知ってから、私の日常は少しだけ変わった。彼の視線は以前にも増して熱を帯び、私に注がれるようになった。それはまるで、私のすべてをその瞳の中に焼き付けようとしているかのようだ。少し怖いが、不思議と嫌ではなかった。むしろ、その重い愛情が、この不確かな世界で生きる私にとって、唯一の確かなもののように感じられた。
『まあ、ストーカー気質はさておき、彼が私の一番の味方であることは間違いないし』
私はある意味、開き直っていた。破滅フラグを回避し、平穏な未来を手に入れる。そのために、彼の能力は最大限に利用させてもらうことにした。私たちは、ある種の共犯関係になった。
卒業パーティーまで、あと一ヶ月。
一条院蓮との婚約は、まだ続いている。ひかりの一件で、婚約破棄の話は立ち消えになったかに見えた。しかし、ゲームの強制力というものは、思った以上に強力らしい。蓮は私と顔を合わせるたびに、まだひかりをかばうような言動を見せることがあった。彼の心は、まだ完全にひかりに囚われている。
『……ならば、こちらも最後の仕上げをするとしましょうか』
卒業パーティーで、蓮が私に婚約破棄を突きつける。そのシナリオは、もう変えられないのかもしれない。ならば、その舞台を、最高の形で利用してやるまでだ。
私は隼人を伴い、公条院家の情報網を駆使して、一条院蓮の身辺調査を徹底的に行った。もちろん、表向きは婚約者として、彼の不利益になるような情報を事前に潰しておく、という名目で。父も、それに異論はなかった。
隼人の能力は、ここでも遺憾なく発揮された。
数日後、彼は分厚いファイルを持って、私の前に現れた。
「お嬢様。お調べした件です」
「ご苦労様、隼人」
ファイルを受け取り、中身を確認する。そこには、私の想像を絶する事実が記されていた。
一条院蓮は、公条院家との婚約という立場を利用し、数々の不正に手を染めていたのだ。関連企業への不当な圧力、ライバル企業の技術情報の盗用、そして、裏社会とのつながり。そのどれもが、一条院コンツェルンの名を地に落とすには十分すぎるほどの、破壊力を持ったスキャンダルだった。
『……思った以上のクズだったわね、あの王子様』
ゲームでは、彼はあくまでクールでカリスマ性のある攻略対象として描かれていただけに、その裏の顔には反吐が出そうだった。桜井ひかりに騙されていたのも、彼自身がそういう人間だったからなのだろう。
「隼人。この証拠、すべて裏は取れているの?」
「はい。物的証拠、関係者の証言、すべて揃っております。いつでも公表できる状態です」
完璧な仕事ぶりだ。本当に頼りになる。
私はファイルの中の、一枚の書類を抜き取った。それは、蓮が公条院家の名前を使って、違法な土地取引に関わっていたことを示す契約書の写しだった。
「これ、一条院家の当主……蓮のお父様は、ご存知なのかしら」
「いえ。おそらくは。彼はご子息を信用しきっておられるようですから」
「そう……」
私は口元に、悪役令嬢らしい笑みを浮かべた。
最後のピースが、はまった。
私は父に、これらの証拠の一部を提示した。もちろん、すべてを見せたわけではない。蓮の個人的な不正だけを切り取って。
父は激怒した。
「あの若造……! 我が家の名を、ここまで汚していたとは!」
「お父様。どうか、まだ内密にお願いします。事を荒立てれば、公条院家の名にも傷がつきますわ」
「しかし、玲奈!」
「卒業パーティーまでは、お待ちください。すべては、その日に」
私は意味深にそう告げた。父は何かを察したように、難しい顔でうなずいた。
同時に、私は隼人を通して、一条院家の当主に匿名で接触した。
『ご子息の行い、すべてご存知の上でのことですか?』
という、短いメッセージと共に、証拠の一部を送る。これで、彼の心にも疑念の種が植え付けられたはずだ。彼は息子を信じたいだろうが、同時に巨大コンツェルンのトップでもある。万が一のことを考え、調査を開始するに違いない。
着々と、舞台は整っていく。
断罪の日は、もうすぐそこまで迫っていた。
パーティーに着ていくドレスを選びながら、私は隼人に尋ねた。
「ねえ、隼人。私は、悪女に見えるかしら」
彼はドレスを品定めする私を、うっとりとした目で見つめながら、静かに答えた。
「いいえ。お嬢様は、誰よりもお優しい方です。ですが、もしお嬢様が悪女であることを望まれるのであれば、私は喜んで、その剣となりましょう」
「……ふふっ。頼りにしているわ、私の騎士様」
私は悪戯っぽく微笑んで見せた。
彼は私の言葉に、満足そうにうなずくと、一着のドレスを指さした。
それは、すべてを焼き尽くす炎のような、鮮やかな真紅のドレスだった。
「お嬢様。当日は、こちらのドレスがよろしいかと。あなた様の美しさを、最も引き立てる色です」
その色は、まるでこれから始まる復讐劇の幕開けを象徴しているかのようだった。
私はそのドレスを手に取り、鏡の前に立つ。鏡に映る私は、確かに、悪役令嬢の名にふさわしい、不遜な笑みを浮かべていた。
卒業パーティー。それは、私にとっての破滅の舞台ではなかった。
一条院蓮と桜井ひかりを、社会的に抹殺するための、最高のステージなのだ。
私は静かに、その時が来るのを待った。私の隣には、最強の騎士がいる。もはや、恐れるものは何もなかった。
『まあ、ストーカー気質はさておき、彼が私の一番の味方であることは間違いないし』
私はある意味、開き直っていた。破滅フラグを回避し、平穏な未来を手に入れる。そのために、彼の能力は最大限に利用させてもらうことにした。私たちは、ある種の共犯関係になった。
卒業パーティーまで、あと一ヶ月。
一条院蓮との婚約は、まだ続いている。ひかりの一件で、婚約破棄の話は立ち消えになったかに見えた。しかし、ゲームの強制力というものは、思った以上に強力らしい。蓮は私と顔を合わせるたびに、まだひかりをかばうような言動を見せることがあった。彼の心は、まだ完全にひかりに囚われている。
『……ならば、こちらも最後の仕上げをするとしましょうか』
卒業パーティーで、蓮が私に婚約破棄を突きつける。そのシナリオは、もう変えられないのかもしれない。ならば、その舞台を、最高の形で利用してやるまでだ。
私は隼人を伴い、公条院家の情報網を駆使して、一条院蓮の身辺調査を徹底的に行った。もちろん、表向きは婚約者として、彼の不利益になるような情報を事前に潰しておく、という名目で。父も、それに異論はなかった。
隼人の能力は、ここでも遺憾なく発揮された。
数日後、彼は分厚いファイルを持って、私の前に現れた。
「お嬢様。お調べした件です」
「ご苦労様、隼人」
ファイルを受け取り、中身を確認する。そこには、私の想像を絶する事実が記されていた。
一条院蓮は、公条院家との婚約という立場を利用し、数々の不正に手を染めていたのだ。関連企業への不当な圧力、ライバル企業の技術情報の盗用、そして、裏社会とのつながり。そのどれもが、一条院コンツェルンの名を地に落とすには十分すぎるほどの、破壊力を持ったスキャンダルだった。
『……思った以上のクズだったわね、あの王子様』
ゲームでは、彼はあくまでクールでカリスマ性のある攻略対象として描かれていただけに、その裏の顔には反吐が出そうだった。桜井ひかりに騙されていたのも、彼自身がそういう人間だったからなのだろう。
「隼人。この証拠、すべて裏は取れているの?」
「はい。物的証拠、関係者の証言、すべて揃っております。いつでも公表できる状態です」
完璧な仕事ぶりだ。本当に頼りになる。
私はファイルの中の、一枚の書類を抜き取った。それは、蓮が公条院家の名前を使って、違法な土地取引に関わっていたことを示す契約書の写しだった。
「これ、一条院家の当主……蓮のお父様は、ご存知なのかしら」
「いえ。おそらくは。彼はご子息を信用しきっておられるようですから」
「そう……」
私は口元に、悪役令嬢らしい笑みを浮かべた。
最後のピースが、はまった。
私は父に、これらの証拠の一部を提示した。もちろん、すべてを見せたわけではない。蓮の個人的な不正だけを切り取って。
父は激怒した。
「あの若造……! 我が家の名を、ここまで汚していたとは!」
「お父様。どうか、まだ内密にお願いします。事を荒立てれば、公条院家の名にも傷がつきますわ」
「しかし、玲奈!」
「卒業パーティーまでは、お待ちください。すべては、その日に」
私は意味深にそう告げた。父は何かを察したように、難しい顔でうなずいた。
同時に、私は隼人を通して、一条院家の当主に匿名で接触した。
『ご子息の行い、すべてご存知の上でのことですか?』
という、短いメッセージと共に、証拠の一部を送る。これで、彼の心にも疑念の種が植え付けられたはずだ。彼は息子を信じたいだろうが、同時に巨大コンツェルンのトップでもある。万が一のことを考え、調査を開始するに違いない。
着々と、舞台は整っていく。
断罪の日は、もうすぐそこまで迫っていた。
パーティーに着ていくドレスを選びながら、私は隼人に尋ねた。
「ねえ、隼人。私は、悪女に見えるかしら」
彼はドレスを品定めする私を、うっとりとした目で見つめながら、静かに答えた。
「いいえ。お嬢様は、誰よりもお優しい方です。ですが、もしお嬢様が悪女であることを望まれるのであれば、私は喜んで、その剣となりましょう」
「……ふふっ。頼りにしているわ、私の騎士様」
私は悪戯っぽく微笑んで見せた。
彼は私の言葉に、満足そうにうなずくと、一着のドレスを指さした。
それは、すべてを焼き尽くす炎のような、鮮やかな真紅のドレスだった。
「お嬢様。当日は、こちらのドレスがよろしいかと。あなた様の美しさを、最も引き立てる色です」
その色は、まるでこれから始まる復讐劇の幕開けを象徴しているかのようだった。
私はそのドレスを手に取り、鏡の前に立つ。鏡に映る私は、確かに、悪役令嬢の名にふさわしい、不遜な笑みを浮かべていた。
卒業パーティー。それは、私にとっての破滅の舞台ではなかった。
一条院蓮と桜井ひかりを、社会的に抹殺するための、最高のステージなのだ。
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