11 / 15
第10話「悪役令嬢、笑顔で婚約破棄を受け入れる」
しおりを挟む
運命の日、卒業パーティーの夜が来た。
会場である豪華ホテルのボールルームは、きらびやかなシャンデリアの光に照らされ、着飾った紳士淑女たちの談笑で満ちあふれていた。私は隼人が選んだ真紅のドレスを身にまとい、その中心に立っていた。
周囲から注がれる、羨望と、畏怖と、好奇の入り混じった視線が心地いい。悪役令嬢としての最後の舞台だ。存分に楽しませてもらおう。
私の隣には、いつも通り、黒瀬隼人が控えている。彼の存在が、私に絶対的な安心感を与えてくれた。
やがて、会場のざわめきが大きくなる。主役の登場だ。
一条院蓮が、エスコートするように桜井ひかりを伴って、会場に入ってきた。ひかりは、純白の、まるで天使のようなドレスを着ている。今日の日のために、蓮が用意したのだろう。彼女は少しやつれたように見えるが、その瞳には、私への確かな敵意と、勝利を確信したような光が宿っていた。
どうやら彼女は、まだ自分が崖っぷちにいることに気づいていないらしい。一条院家の当主から、何のお咎めもなかったのだろうか。それとも、蓮がすべてをうまく丸め込んだのか。どちらにせよ、愚かなことだ。
蓮とひかりは、まっすぐに私の元へやってきた。
会場中の注目が、私たち三人に集まる。音楽が止み、喧騒が嘘のように静まり返った。
いよいよ、ショーの始まりだ。
蓮は、ひかりの肩を抱き寄せると、私に向かって、軽蔑に満ちた視線を向けた。
「公条院玲奈。君との婚約は、今日この時をもって、破棄させてもらう!」
高らかに響き渡る、婚約破棄宣言。
会場が、どよめきに包まれる。ゲームのシナリオ通り。まさに、この瞬間を待っていた。
ひかりは、勝利の笑みを浮かべて、私を見下している。
周囲の人間も、誰もが、私が衝撃を受けて悲嘆にくれるだろうと思っていたはずだ。
しかし、私は。
「ええ、喜んでお受けいたしますわ」
にっこりと、満面の笑みでそう答えた。
「な……!?」
私の予想外の反応に、蓮もひかりも、そして周囲の観衆も、誰もが呆気にとられている。
私は優雅に一礼すると、隣に控えていた隼人に目配せした。
隼人はうなずくと、アタッシェケースから一枚の紙を取り出し、蓮に突きつけた。
「こちらは、慰謝料の請求書ですわ、蓮様」
私の言葉に、蓮は怪訝な顔でその紙を受け取った。そして、そこに書かれた内容を見て、顔色を変えた。
「な、なんだこれは……! 慰謝料が、五十億だと!? ふざけるな!」
「ふざけているのは、どちらかしら?」
私は扇子で口元を隠し、くすくすと笑った。
「その金額は、あなたがこれまで、公条院家の名前を利用して得た、不当な利益のほんの一部ですわ。ご不満かしら?」
「な……! 何を、言って……」
動揺する蓮の前に、私は決定的な証拠を突きつけた。隼人が用意した、分厚いファイル。
「ここには、あなたがこれまで行ってきた、数々の不正の証拠がすべて収められております。一条院コンツェルンの名を地に落とすには、十分すぎるほどの、ね」
ファイルが、ぱらぱらと床に散らばる。そこに記された生々しい不正の記録に、周囲から息をのむ音が聞こえた。
蓮は、顔面蒼白で立ち尽くしている。
「そ、そんな……。こんなもの、でっち上げだ!」
「あら、そうかしら?」
私がそう言った瞬間、会場の後方のドアが開き、数人の男たちが入ってきた。その中心にいたのは、一条院家の当主。蓮の父親だった。
彼の顔は、怒りと絶望で歪んでいた。
「……蓮。すべて、本当のことなのだな」
「ち、父さん! 違うんだ、これはこいつの罠で……!」
「黙れ!」
当主の怒声が、会場に響き渡る。彼は、もはや息子の言葉を信じてはいなかった。私の送った匿名のメッセージと証拠を受け、彼も独自に調査を進めていたのだ。そして、すべての裏付けが取れた上で、この場に現れた。
「一条院家の名に、泥を塗りおって……! 貴様のような息子は、もはや私の子ではない!」
すべては、私の描いた筋書き通りに進んでいく。
私は、絶望に打ちひしがれる蓮と、隣で何が起こったのかわからず、ただ震えているひかりを一瞥すると、踵を返した。
もう、この茶番に付き合う必要はない。
「お父様、帰りましょう。このような場所に、長居は無用ですわ」
私は、会場の隅で見守っていた父に声をかける。
父は、満足そうにうなずくと、私の肩を抱いた。
「ああ、行こう。玲奈。お前の勝ちだ」
私は隼人と共に、会場を後にする。背後で、蓮の父親の怒声と、ひかりの短い悲鳴が聞こえた気がしたが、もう振り返らなかった。
悪役令嬢の断罪劇は、こうして、悪役令嬢自身の完全勝利で幕を閉じた。
ホテルの外に出ると、ひんやりとした夜風が、興奮で火照った頬に心地よかった。
見上げると、空には満月が輝いていた。
「お見事でした、お嬢様」
隣を歩く隼人が、静かに言った。
「あなたのおかげよ、隼人」
「いいえ。すべては、お嬢様のお力です」
彼はそう言うと、私の手を取り、その甲にそっと口づけをした。
「お嬢様、これからは私が生涯お守りします。誰にも指一本触れさせません」
そう言って私を見上げる彼の瞳は、深く、暗い愛情に満ちていた。それは、少し怖いと感じるほどの、圧倒的な独占欲。
私は、その視線をまっすぐに受け止めて、微笑んだ。
「ええ。お願いね、私の騎士様」
この重すぎるほどの愛が、私のこれからの人生を、どのように彩っていくのだろう。
少し怖くて、でも、それ以上に、楽しみでもあった。
こうして、悪役令嬢公条院玲奈は、破滅を回避し、モブだったはずの忠実な護衛からの、歪で甘い愛情に満ちた、新たな人生を歩み始めるのだった。
会場である豪華ホテルのボールルームは、きらびやかなシャンデリアの光に照らされ、着飾った紳士淑女たちの談笑で満ちあふれていた。私は隼人が選んだ真紅のドレスを身にまとい、その中心に立っていた。
周囲から注がれる、羨望と、畏怖と、好奇の入り混じった視線が心地いい。悪役令嬢としての最後の舞台だ。存分に楽しませてもらおう。
私の隣には、いつも通り、黒瀬隼人が控えている。彼の存在が、私に絶対的な安心感を与えてくれた。
やがて、会場のざわめきが大きくなる。主役の登場だ。
一条院蓮が、エスコートするように桜井ひかりを伴って、会場に入ってきた。ひかりは、純白の、まるで天使のようなドレスを着ている。今日の日のために、蓮が用意したのだろう。彼女は少しやつれたように見えるが、その瞳には、私への確かな敵意と、勝利を確信したような光が宿っていた。
どうやら彼女は、まだ自分が崖っぷちにいることに気づいていないらしい。一条院家の当主から、何のお咎めもなかったのだろうか。それとも、蓮がすべてをうまく丸め込んだのか。どちらにせよ、愚かなことだ。
蓮とひかりは、まっすぐに私の元へやってきた。
会場中の注目が、私たち三人に集まる。音楽が止み、喧騒が嘘のように静まり返った。
いよいよ、ショーの始まりだ。
蓮は、ひかりの肩を抱き寄せると、私に向かって、軽蔑に満ちた視線を向けた。
「公条院玲奈。君との婚約は、今日この時をもって、破棄させてもらう!」
高らかに響き渡る、婚約破棄宣言。
会場が、どよめきに包まれる。ゲームのシナリオ通り。まさに、この瞬間を待っていた。
ひかりは、勝利の笑みを浮かべて、私を見下している。
周囲の人間も、誰もが、私が衝撃を受けて悲嘆にくれるだろうと思っていたはずだ。
しかし、私は。
「ええ、喜んでお受けいたしますわ」
にっこりと、満面の笑みでそう答えた。
「な……!?」
私の予想外の反応に、蓮もひかりも、そして周囲の観衆も、誰もが呆気にとられている。
私は優雅に一礼すると、隣に控えていた隼人に目配せした。
隼人はうなずくと、アタッシェケースから一枚の紙を取り出し、蓮に突きつけた。
「こちらは、慰謝料の請求書ですわ、蓮様」
私の言葉に、蓮は怪訝な顔でその紙を受け取った。そして、そこに書かれた内容を見て、顔色を変えた。
「な、なんだこれは……! 慰謝料が、五十億だと!? ふざけるな!」
「ふざけているのは、どちらかしら?」
私は扇子で口元を隠し、くすくすと笑った。
「その金額は、あなたがこれまで、公条院家の名前を利用して得た、不当な利益のほんの一部ですわ。ご不満かしら?」
「な……! 何を、言って……」
動揺する蓮の前に、私は決定的な証拠を突きつけた。隼人が用意した、分厚いファイル。
「ここには、あなたがこれまで行ってきた、数々の不正の証拠がすべて収められております。一条院コンツェルンの名を地に落とすには、十分すぎるほどの、ね」
ファイルが、ぱらぱらと床に散らばる。そこに記された生々しい不正の記録に、周囲から息をのむ音が聞こえた。
蓮は、顔面蒼白で立ち尽くしている。
「そ、そんな……。こんなもの、でっち上げだ!」
「あら、そうかしら?」
私がそう言った瞬間、会場の後方のドアが開き、数人の男たちが入ってきた。その中心にいたのは、一条院家の当主。蓮の父親だった。
彼の顔は、怒りと絶望で歪んでいた。
「……蓮。すべて、本当のことなのだな」
「ち、父さん! 違うんだ、これはこいつの罠で……!」
「黙れ!」
当主の怒声が、会場に響き渡る。彼は、もはや息子の言葉を信じてはいなかった。私の送った匿名のメッセージと証拠を受け、彼も独自に調査を進めていたのだ。そして、すべての裏付けが取れた上で、この場に現れた。
「一条院家の名に、泥を塗りおって……! 貴様のような息子は、もはや私の子ではない!」
すべては、私の描いた筋書き通りに進んでいく。
私は、絶望に打ちひしがれる蓮と、隣で何が起こったのかわからず、ただ震えているひかりを一瞥すると、踵を返した。
もう、この茶番に付き合う必要はない。
「お父様、帰りましょう。このような場所に、長居は無用ですわ」
私は、会場の隅で見守っていた父に声をかける。
父は、満足そうにうなずくと、私の肩を抱いた。
「ああ、行こう。玲奈。お前の勝ちだ」
私は隼人と共に、会場を後にする。背後で、蓮の父親の怒声と、ひかりの短い悲鳴が聞こえた気がしたが、もう振り返らなかった。
悪役令嬢の断罪劇は、こうして、悪役令嬢自身の完全勝利で幕を閉じた。
ホテルの外に出ると、ひんやりとした夜風が、興奮で火照った頬に心地よかった。
見上げると、空には満月が輝いていた。
「お見事でした、お嬢様」
隣を歩く隼人が、静かに言った。
「あなたのおかげよ、隼人」
「いいえ。すべては、お嬢様のお力です」
彼はそう言うと、私の手を取り、その甲にそっと口づけをした。
「お嬢様、これからは私が生涯お守りします。誰にも指一本触れさせません」
そう言って私を見上げる彼の瞳は、深く、暗い愛情に満ちていた。それは、少し怖いと感じるほどの、圧倒的な独占欲。
私は、その視線をまっすぐに受け止めて、微笑んだ。
「ええ。お願いね、私の騎士様」
この重すぎるほどの愛が、私のこれからの人生を、どのように彩っていくのだろう。
少し怖くて、でも、それ以上に、楽しみでもあった。
こうして、悪役令嬢公条院玲奈は、破滅を回避し、モブだったはずの忠実な護衛からの、歪で甘い愛情に満ちた、新たな人生を歩み始めるのだった。
21
あなたにおすすめの小説
彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します
八
恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。
なろうに別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
一部加筆修正しています。
2025/9/9完結しました。ありがとうございました。
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる