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第12話「悪役令嬢、重すぎる愛と共に未来へ歩む」
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大学を卒業し、父の会社に入社して数年が経った。私は経営企画部で、それなりの役職について、忙しい毎日を送っている。公条院グループは、一条院コンツェルンを吸収したことで、さらにその規模を拡大し、今や国内で敵なしの巨大企業となっていた。
『まさか、元しがないOLの私が、こんな大企業の経営に関わることになるなんて』
人生とは、本当に何が起こるかわからない。階段から落ちて異世界転生したあの日のことを思うと、今でも時々、夢だったのではないかと思うことがある。
けれど、私の隣には、いつも現実の証として、彼がいた。
「お嬢様。次の会議の資料です」
「ありがとう、隼人」
黒瀬隼人は、今や私の筆頭秘書兼護衛として、公私にわたって私をサポートしてくれている。彼の仕事ぶりは相変わらず完璧で、社内でも『公条院専務の完璧すぎる秘書』として、ちょっとした有名人だ。もちろん、彼の裏の顔……私のすべてを監視し、管理しているストーカー気質を知る者は、誰もいない。
私たちの関係は、あの卒業パーティーの日から、何も変わっていないように見えて、少しずつ変化していた。
彼は相変わらず、私を「お嬢様」と呼び、私は彼の「主」であり続ける。しかし、二人きりの時、私たちは主従というよりも、もっと親密な、恋人同士のような空気をまとっていた。
キスは、もう何度もした。でも、それ以上には、まだ進んでいない。彼が、何かをためらっているのか。それとも、私を神聖なものとして、汚すことができないとでも思っているのか。
そのもどかしい距離感が、私を少しだけ焦らせていた。
ある日の夜、大きなプロジェクトを成功させた打ち上げで、私は少しお酒を飲みすぎてしまった。
会社の車で屋敷まで送ってもらい、隼人に抱きかえられるようにして、自分の部屋に戻る。
ベッドにそっと降ろされ、彼が帰ろうとするのを、私は無意識に、彼のシャツの袖を掴んで引き留めていた。
「……行かないで、隼人」
アルコールのせいか、自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。
彼は、驚いたように振り返ると、困ったような、それでいて、愛おしそうな顔で私を見つめた。
「お嬢様。お休みになられた方が……」
「嫌。そばにいて」
私は、子供のように駄々をこねる。
彼は、深いため息をつくと、私の隣に静かに腰を下ろした。
「……隼人」
「はい」
「どうして、私を抱いてくれないの?」
思い切って、ずっと聞きたかったことを口にした。
彼の肩が、ぴくりと震える。
「……私は、あなた様にふさわしい男では、ありません」
「そんなことない」
「私は、孤児で、あなた様に拾われただけの、名もない男です。あなた様は、この公条院家の、未来を担う方。私の、汚れた手で、あなた様に触れることなど……」
彼の声は、苦しげに震えていた。
ああ、そうか。この人は、ずっとそんなことを考えて、自分を律していたのか。
その不器用で、一途な想いが、愛おしくて、たまらなくなった。
私は、彼の頬に手を伸ばし、その顔を自分の方に向けさせた。
「ふさわしいかどうかは、私が決めることよ」
そして、私は、自分から、彼の唇にキスをした。
最初は驚いていた彼も、やがて、堰を切ったように、激しい情熱で私に応えてきた。
それは、今まで彼が必死に抑え込んできた、何年分もの愛情の奔流だった。
彼の重すぎるほどの愛に、飲み込まれてしまいそうになりながら、私は、この上ない幸福を感じていた。
もう、悪役令嬢ではない。ただの、彼に愛される、一人の女として。
翌朝、私の隣で眠る彼の寝顔を見ながら、私は、これからの未来を思った。
きっと、この先も、彼の異常な愛情に、少しだけ肝を冷やすこともあるだろう。私の交友関係に嫉妬して、相手の男性を社会的に抹殺しようとするかもしれない。
でも、それでもいい。
彼の重すぎる愛ごと、私は、受け入れて生きていく。
だって、彼こそが、私がこの世界で手に入れた、唯一無二の、宝物なのだから。
「おはよう、隼人」
目を覚ました彼に、私は微笑みかける。
「おはようございます、玲奈さん」
初めて名前で呼ばれて、私の心臓が、幸せな音を立てて跳ねた。
悪役令嬢は、破滅を回避し、忠実すぎる護衛からの、重すぎるほどの愛と共に、永遠の幸せを手に入れた。
物語は、ここでハッピーエンド。
だけど、私たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
『まさか、元しがないOLの私が、こんな大企業の経営に関わることになるなんて』
人生とは、本当に何が起こるかわからない。階段から落ちて異世界転生したあの日のことを思うと、今でも時々、夢だったのではないかと思うことがある。
けれど、私の隣には、いつも現実の証として、彼がいた。
「お嬢様。次の会議の資料です」
「ありがとう、隼人」
黒瀬隼人は、今や私の筆頭秘書兼護衛として、公私にわたって私をサポートしてくれている。彼の仕事ぶりは相変わらず完璧で、社内でも『公条院専務の完璧すぎる秘書』として、ちょっとした有名人だ。もちろん、彼の裏の顔……私のすべてを監視し、管理しているストーカー気質を知る者は、誰もいない。
私たちの関係は、あの卒業パーティーの日から、何も変わっていないように見えて、少しずつ変化していた。
彼は相変わらず、私を「お嬢様」と呼び、私は彼の「主」であり続ける。しかし、二人きりの時、私たちは主従というよりも、もっと親密な、恋人同士のような空気をまとっていた。
キスは、もう何度もした。でも、それ以上には、まだ進んでいない。彼が、何かをためらっているのか。それとも、私を神聖なものとして、汚すことができないとでも思っているのか。
そのもどかしい距離感が、私を少しだけ焦らせていた。
ある日の夜、大きなプロジェクトを成功させた打ち上げで、私は少しお酒を飲みすぎてしまった。
会社の車で屋敷まで送ってもらい、隼人に抱きかえられるようにして、自分の部屋に戻る。
ベッドにそっと降ろされ、彼が帰ろうとするのを、私は無意識に、彼のシャツの袖を掴んで引き留めていた。
「……行かないで、隼人」
アルコールのせいか、自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。
彼は、驚いたように振り返ると、困ったような、それでいて、愛おしそうな顔で私を見つめた。
「お嬢様。お休みになられた方が……」
「嫌。そばにいて」
私は、子供のように駄々をこねる。
彼は、深いため息をつくと、私の隣に静かに腰を下ろした。
「……隼人」
「はい」
「どうして、私を抱いてくれないの?」
思い切って、ずっと聞きたかったことを口にした。
彼の肩が、ぴくりと震える。
「……私は、あなた様にふさわしい男では、ありません」
「そんなことない」
「私は、孤児で、あなた様に拾われただけの、名もない男です。あなた様は、この公条院家の、未来を担う方。私の、汚れた手で、あなた様に触れることなど……」
彼の声は、苦しげに震えていた。
ああ、そうか。この人は、ずっとそんなことを考えて、自分を律していたのか。
その不器用で、一途な想いが、愛おしくて、たまらなくなった。
私は、彼の頬に手を伸ばし、その顔を自分の方に向けさせた。
「ふさわしいかどうかは、私が決めることよ」
そして、私は、自分から、彼の唇にキスをした。
最初は驚いていた彼も、やがて、堰を切ったように、激しい情熱で私に応えてきた。
それは、今まで彼が必死に抑え込んできた、何年分もの愛情の奔流だった。
彼の重すぎるほどの愛に、飲み込まれてしまいそうになりながら、私は、この上ない幸福を感じていた。
もう、悪役令嬢ではない。ただの、彼に愛される、一人の女として。
翌朝、私の隣で眠る彼の寝顔を見ながら、私は、これからの未来を思った。
きっと、この先も、彼の異常な愛情に、少しだけ肝を冷やすこともあるだろう。私の交友関係に嫉妬して、相手の男性を社会的に抹殺しようとするかもしれない。
でも、それでもいい。
彼の重すぎる愛ごと、私は、受け入れて生きていく。
だって、彼こそが、私がこの世界で手に入れた、唯一無二の、宝物なのだから。
「おはよう、隼人」
目を覚ました彼に、私は微笑みかける。
「おはようございます、玲奈さん」
初めて名前で呼ばれて、私の心臓が、幸せな音を立てて跳ねた。
悪役令嬢は、破滅を回避し、忠実すぎる護衛からの、重すぎるほどの愛と共に、永遠の幸せを手に入れた。
物語は、ここでハッピーエンド。
だけど、私たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
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