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バー DUSK
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「どのみち、生きていれば何かしら恨みを買うものなのかなぁ」
結構呑んでいるはずの男だが、酔いが回っているように見えない。
「そうなんでしょうか?」
「今夜お話ししただけでも、犯人になりうる人は数名出てきましたよ。あなたも含めてね」
ふふっと笑いながら、冗談ですよと男は付け加えた。
まだ話し足りないのだろうか。
「こんな生きにくい世の中で、恨みを買わない方々を知ってる?」
「はぁ?」
グラスの縁を撫でながら、男は続けた。
「物事の理由を明確にしない事です」
「どういう意味です?」
「例えば、俺が何かの事件の犯人だとしても、事件を起こした理由が分からなければ、俺は犯人にもならないし、誰にも恨まれない」
内容がまどろっこしいのか、酔いのせいか、理解出来ない。
「つまり?」
「つまり、世の中には理解出来ないことがあった方が、余計な恨みを買わないって事ですよ」
はぁ、と、気の抜けた返事をする俺に、察したように男は話を変えた。
「ところで、記者さんはネタをデータで保存するんですか?」
空気を壊すように続ける。
「人によって違うと思います」
「君は?」
「メモとデータと、どちらも使ってます」
出来上がった記事はデータで送るので、まとまり始めたら俺はPCに打ち込んでいる。
「山根さんも、ネタはデータで保存しているんですかねぇ」
「なぜ、そんな事を知りたいんです?」
「いやぁ、亡くなる前に、どんなネタを追っていたのかなぁと思って」
そういえば、一年前、山根は何の事件を調べていたのだろう。
「分からない。ネタの話はお互いしないから」
返事をしながら、山根が好みそうな事件が何か思い返す。
勧善懲悪が分かりやすいんだよ。
彼の口癖の通り、山根にとってペンは正義だった。
どんな事件も、被害者がおり、真っ黒い悪人がいる。その構図を、しっかりと守っていた。
「でも、多分、悪人がいる犯罪を追っていたと思います」
「悪人かぁ。て事は、最近でいえば、中林の殺人事件かなぁ」
俺の頭に浮かんだ事件の一つを、男は口にした。
「罪のない母子を父親が殺害するなんて、山根さんの好きそうなネタだよねぇ」
黙って俺は頷く。
確信があるわけではないが、山根が好みそうな事件なのは間違いない。
「山根さんだったら、あの事件、どう書くんだろう」
タイミングを見計らったように、グラスの中の氷がカランと鳴る。
「そうだなぁ。厳格過ぎる父親が、体罰の末に母子を殺害。とか」
「ありそう!君、うまいこと言うね」
男は肩を揺らしながら、空のグラスをカウンターに置いた。
「でもさぁ。本当はあの嫁、浮気してたんだよなぁ」
「え?!」
「知らなかった?地元では有名だったらしいよ」
自分のネタにしてはいないものの、その事実には驚いた。
「君に言うのも失礼だと思うけど、紙切れには表現できないんだよ。人生ってもんは」
ふうと息を吐いた男は、ポケットを探る。
「さて、今夜は楽しかった。マスターお会計」
男はそう言いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。
「デザートに一つどうぞ」
中から金色のフィルムに包まれた飴を取り出すと、俺に渡した。
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に何かお返しがしたくなり、俺はポケットに手を突っ込むと、鍵の束を取り出す。
昨日買った、ご当地キーホルダーを外すと男に差し出した。
「いいのかい?」
「こんぐらいしかないので」
キーホルダーを受け取り、自分の鍵を取り出すとカチリと付けた。
その動きが、あまりにスマートで、俺はなぜか見惚れた。
「また、どこかで」
そう言い残すと、男は店から出ていく。
残された俺は、酔い覚ましのオレンジジュースを注文した。
結構呑んでいるはずの男だが、酔いが回っているように見えない。
「そうなんでしょうか?」
「今夜お話ししただけでも、犯人になりうる人は数名出てきましたよ。あなたも含めてね」
ふふっと笑いながら、冗談ですよと男は付け加えた。
まだ話し足りないのだろうか。
「こんな生きにくい世の中で、恨みを買わない方々を知ってる?」
「はぁ?」
グラスの縁を撫でながら、男は続けた。
「物事の理由を明確にしない事です」
「どういう意味です?」
「例えば、俺が何かの事件の犯人だとしても、事件を起こした理由が分からなければ、俺は犯人にもならないし、誰にも恨まれない」
内容がまどろっこしいのか、酔いのせいか、理解出来ない。
「つまり?」
「つまり、世の中には理解出来ないことがあった方が、余計な恨みを買わないって事ですよ」
はぁ、と、気の抜けた返事をする俺に、察したように男は話を変えた。
「ところで、記者さんはネタをデータで保存するんですか?」
空気を壊すように続ける。
「人によって違うと思います」
「君は?」
「メモとデータと、どちらも使ってます」
出来上がった記事はデータで送るので、まとまり始めたら俺はPCに打ち込んでいる。
「山根さんも、ネタはデータで保存しているんですかねぇ」
「なぜ、そんな事を知りたいんです?」
「いやぁ、亡くなる前に、どんなネタを追っていたのかなぁと思って」
そういえば、一年前、山根は何の事件を調べていたのだろう。
「分からない。ネタの話はお互いしないから」
返事をしながら、山根が好みそうな事件が何か思い返す。
勧善懲悪が分かりやすいんだよ。
彼の口癖の通り、山根にとってペンは正義だった。
どんな事件も、被害者がおり、真っ黒い悪人がいる。その構図を、しっかりと守っていた。
「でも、多分、悪人がいる犯罪を追っていたと思います」
「悪人かぁ。て事は、最近でいえば、中林の殺人事件かなぁ」
俺の頭に浮かんだ事件の一つを、男は口にした。
「罪のない母子を父親が殺害するなんて、山根さんの好きそうなネタだよねぇ」
黙って俺は頷く。
確信があるわけではないが、山根が好みそうな事件なのは間違いない。
「山根さんだったら、あの事件、どう書くんだろう」
タイミングを見計らったように、グラスの中の氷がカランと鳴る。
「そうだなぁ。厳格過ぎる父親が、体罰の末に母子を殺害。とか」
「ありそう!君、うまいこと言うね」
男は肩を揺らしながら、空のグラスをカウンターに置いた。
「でもさぁ。本当はあの嫁、浮気してたんだよなぁ」
「え?!」
「知らなかった?地元では有名だったらしいよ」
自分のネタにしてはいないものの、その事実には驚いた。
「君に言うのも失礼だと思うけど、紙切れには表現できないんだよ。人生ってもんは」
ふうと息を吐いた男は、ポケットを探る。
「さて、今夜は楽しかった。マスターお会計」
男はそう言いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。
「デザートに一つどうぞ」
中から金色のフィルムに包まれた飴を取り出すと、俺に渡した。
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に何かお返しがしたくなり、俺はポケットに手を突っ込むと、鍵の束を取り出す。
昨日買った、ご当地キーホルダーを外すと男に差し出した。
「いいのかい?」
「こんぐらいしかないので」
キーホルダーを受け取り、自分の鍵を取り出すとカチリと付けた。
その動きが、あまりにスマートで、俺はなぜか見惚れた。
「また、どこかで」
そう言い残すと、男は店から出ていく。
残された俺は、酔い覚ましのオレンジジュースを注文した。
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