契神の神子

ふひと

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第1章:蒼天の神子

10話:少年、安倍晴明

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安倍あべの晴明せいめい!?」

「いかにも。ワタクシのことを神子様はご存知で?」

晴明は不思議そうな顔をして、少年の顔を下から覗き込む。

「え、いや、まあ」

思わず目を逸らす少年。

――完全に不意打ちだろこれッ!!!

 一回落としてから上げるというのはサプライズの鉄則であるが、案外される側は気付けないものである。まして、これが偶然の産物であれば対処など出来ようか?
 今回は安倍晴明を期待させておきながら(といっても勝手に期待しただけであるが)、賀茂忠行というマイナー人物を出して落としておき、結局安倍晴明が出てきて盛り上げるという風に少年の中ではなったわけである。何もしてないのに勝手に引き立て役へと格下げされた忠行が不憫でならない。

「え、ホントにあの晴明だよな?」

 少しテンションが上がっている様子の少年に対し、晴明は左右で色の異なる綺麗な瞳を細めつつ、怪訝な表情をする。

「あなたがいう晴明がどの晴明かは存じ上げませぬが、ワタクシは安倍晴明にございます。それ以上でもそれ以下でもございません!」

 ふふん、とどこか自慢げな様子の晴明。今のどこに自慢できる要素があったのかはよく分からないが、まだあどけなさの残るオッドアイの少年はなぜかご機嫌だ。

「オッホン、ワタクシのことはこの辺りでよろしいでしょう?とりあえず中へお入りください」

 なぜかご機嫌の晴明は鼻歌交じりに師忠一行を招き入れる。聞いたこともない歌だが音痴だ。

「あ、その辺の物勝手に弄らないでくださいね。一応これも」

「ギャぁぁぁ!!!」

 晴明が言い終わる前に犬麻呂が奇声を発して昏倒する。
 仁王丸は溜息をついた。師忠は相変わらずニコニコしている。

「式神の依り代なので迂闊に触れると怒りを買いますよー、って言おうとしたんだけどなー」

「犬麻呂ー!」

 少年は慌てて犬麻呂を抱える。彼は目を回して唸っていた。

「え、大丈夫なの、これ!?死なない?大丈夫!?」

「大丈夫ですよー。その子はそこまで荒っぽくはない。いきなり触られてビックリしただけです。きっとすぐに起きますよ」

「それなら、まあ安心…なのか?」

 釈然としない少年。すると仁王丸が犬麻呂の頭に手を添え、

「テイヤッ!」

「ぐはッ!」

 彼女の手刀が犬麻呂に炸裂、彼は目を覚ました。

「まったく、手のかかる弟ですね…」

 やれやれ、と首を振る仁王丸。晴明はくるりと翻って案内を再開、足取りのおぼつかない犬麻呂を支えつつ、少年も続く。すると、戸がひとりでに開いた。

「おわっ!何?自動ドア!?」

「じどうどあ?とやらが何かは分かりませんが、多分違います。これも式神です」

「式神ってそんな何でも屋だっけ?」

「そうですよ!料理・洗濯その他家事とかなんでも命じたらやってくれます。あ、でもこの前買い出しを頼もうとしたら兄弟子にいさまに止められました」

「そりゃそうだろ」

 なんでだろー、と不思議そうに呟く晴明に対し呆れ顔の少年。
 彼が式神と呼ぶ存在は一般人には見えないようだ。そんな奴らが町中をうろついて買い物してくるなんて怪奇現象以外の何物でもない。余計な騒ぎを起こすだけだ。兄弟子とやらが止めるのは当然だろう。
 それはさておき、彼らは式神を有効活用しているようだ。
 どうやらこの世界の陰陽師は、史実のものよりフィクションでよく見る方に近いらしい。

 さて、庭先でワイワイやっていると屋敷の主が待ちかねて出てきた。
 見るに歳は50手前、白髪の混じった頭に髭を蓄え、いかにもその手の人物といった雰囲気漂う人物。ありていに言えば胡散臭い。師忠とは違う方向性で胡散臭い。

「宰相殿、よくおいでなさいました」

 彼は落ち着いた調子の声でそう言い、一礼。そして少年の方を見る。

「貴方が神子様、でございますね。お初にお目にかかります。私が賀茂忠行にございます」

「はじめまして、忠行さん。えっと名乗れる名前はないんですけどよろしくお願いします!」

「それは存じ上げております。ええ、やはり聞いた通りの好青年だ」

 少年の締まらない自己紹介に、ニコリと壮年の男は笑う。
 忠行の招きで屋敷に上がると、あちこちで文書や食器などが宙を舞い、移動するというシュールな光景が広がった。

「騒がしくてすみませんね」

「いえ、というよりこれも式神?」

「ええ、この屋敷はこ奴らの手で回っております」

「へえー」

 人件費もかからないし、場所も取らない。そして命令に忠実。確かに奴らはこの上なく便利だろう。

――いや、何の報酬もなしなら超ブラックだな!その辺の給与体系どうなってるんだろう?

 少年は式神の給与などというものすごくどうでもいいことに意識が向いた。
 そもそも式神とは何なのか少年は知らないのだから考えても仕方ない気もするが、だからといってそれをここで聞くのも思わぬ地雷を踏みぬきそうで躊躇われる。ローリスクローリターンを座右の銘(1)としている少年は大人しく思考を放棄した。

 少年がくだらないことを考えているうちに応接間の用意が整い、招き入れられる。

「文書だらけ。師忠さんのとはちょっと趣の違う感じの部屋だな」

「一応学者として生計を立てておりますので」

 少年の呟きに忠行が答える。
 この時代、陰陽道は実務的な要素が強く、陰陽師はあくまで学者であった。なるほど、と少年は頷く。
 そこに師忠が嫌味っぽい声で、

「私も似たようなものなんですけどねぇ」

「お戯れを。それに貴方はほとんどそらんじていらっしゃるではございませんか」

 暗に師忠の部屋には文書がないと言われたことが癪に障ったのか、それとも単に悪ふざけか。少年は十中八九後者だと思ったが、そんなウザ絡みを忠行は華麗に流した。
 しれっと忠行がとんでもないことを言った気もするが気にしない。

 さて、師忠と忠行は旧知の仲といった感じで、立場こそ師忠の方が圧倒的に上であったが親し気な当たり障りのない会話が続く。そして犬麻呂がウトウトし始め、仁王丸に小突かれたあたりで少年に話が向いた。

「ときに神子様。今回は貴方の御名前に関して占いをして差し上げられることを光栄に思います。さて、ここではあまりに人が多すぎるので場所を移しましょうか。晴明」

「はい!師匠!」

保憲やすのりを呼んでまいれ」

「呼んでまいります!」

 晴明は忠行に命じられ外へ飛び出していく。

「おお!晴明!今日も相変わらず愛いのう!」

「兄弟子さま。これ以上頭を撫でますと張り倒しますよ?」

「ぐぬ、辛辣!だがそれも愛い!」

 何やら外が騒がしい。忠行が溜息をつく。

「あ奴の親バカ、いや兄バカっぷりは何とかせねばなるまいな…まあ分からんでもないが」

 そうこうしていると声の主のブラコンが現れた。

「私は賀茂忠行が嫡男、賀茂保憲と申します!どうぞお見知りおきを」

 20過ぎくらいと見える快活な青年は定型文の挨拶をする。だが、先ほどのやり取りが筒抜けであったために少年たちは微妙な表情で彼を見た。

「この流れだとなーんか締まらない自己紹介だな…名無しの俺が言うのもアレだけど」

 何とも言えない暫しの沈黙の後、忠行が一度咳払いし、話を戻す。

「保憲、宰相殿御一行をおもてなしせよ。私と晴明は神子様の卜占および吉名の選定を行う」

「お任せください父上!」

「うむ。それでは私たちは一度席を外します。後のことは保憲に任せますので、この愚息に何なりとお申し付けくださいませ」

「それでは神子様!」

 晴明の女子のように白くか細い綺麗な手に引かれ、少年は席を立つ。

「それではまた後で」

 師忠が微笑み、少年は忠行、晴明とともに別の部屋へと移動した。
 先ほどの部屋は応接室といった感じであったが、この部屋は仕事部屋といった風格である。至る所にそれらしき道具が置いてあった。それらを物珍しそうに眺める少年に、忠行は話しかけた。

「占いと言っても緻密な理論と観測に基づいて発展してきたものですから、このように精巧な道具が必要なのですよ」

「へぇ」

「何はともあれ、席におつき下さい」

 忠行に促され、少年は畳の上の座布団の上に座る。この時代に座布団があったかどうかは最早少年の興味の外にあった。

「それでは、占いを始めたいと思います。」

 少年は唾をゴクリと飲み込んだ。



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