契神の神子

ふひと

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第1章:蒼天の神子

第14話:藤薫る都の御曹司

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「宰相殿!どうかお気をつけて」

「ありがとうございます。そちらこそお気をつけて」

 師忠が一礼、続いて保憲が深くお辞儀をし、くるりと翻る。師忠たちを途中まで見送り、彼ははもと来た道を帰った。

「さて、これからどうしましょうか。まだ日没までは時間があるわけですし、京都観光でもしますか?」

 保憲が見えなくなったころに、師忠はふっと海人に話しかける。

「京都観光って…そんな場合なんですかね?」

 気の抜けたような師忠の言葉に思わず海人はそう返した。しかし師忠の方は、海人の心情を知らずか知っていてあえてなのか、首を傾げて素知らぬ様子のままだ。

「そんな場合とは?」

「いや、昨日襲撃を受けたばっかりですよ?まだあんまり迂闊に出歩かない方がいいんじゃ…」

「そうですねえ…確かに今は戦時中ですし、陽成院もきな臭い動きをしてはいますが、別にこちらが出来ることもないですしねぇ。ここは大きく構えておきましょうよ」

 暢気なものだ。丁度昨日屋敷を襲撃された者の発言とは思えない。だが当の師忠はというと、そんなことは大したイベントではないといった感じである。肝が据わっているとかそういう次元ではない。海人は若干引きつつ溜息をついた。

「そんなものですか」

「そんなものですよ。ふふ…おや?」

 突然、一羽の鳥が師忠の方に飛んできた。見ると足には何か括りつけられている。

「烏?」

「ええ、日の御子の遣い、賀茂建角身かもたけつぬみの末裔ですね。差し詰め宮中からのお呼び出しでしょう。ふむ…なるほど」

 師忠は烏の足に括りつけられた文を開き、一読したのち、頷く。

「すみません、急用のようです。後は仁王丸と犬麻呂に任せますよ。では」

「えっ、ちょ、待っ…」

 師忠が手を振り下ろす。すると彼は空間に吸い込まれるようにして消えていった。師忠が消えるのは海人がこの世界に来てから二度目だが、直接見るのは初めてである。その奇怪な光景に唖然としつつ、突拍子もない師忠の行動に呆然とする。

「あの人いつも突然だな…」

「仕方ありません。だって宰相殿ですから」
「そうだな。もう慣れた」

 仁王丸たちはあきれ顔で溜息をついた。もはや咎めようという気も起らないらしい。日々の苦労がうかがえる。

「しかしどうしましょうか。一応宰相殿からは京の町を神子様に案内するよう仰せつかっておりますが…」

「正直京の町を見ておきたい気持ちはあるけど、昨日の今日だからなぁ…まあ、家に引きこもっていても似たようなものか?」

 護衛付きで都見物と、場所の割れてる師忠邸でぐーたらの二択で海人は悩む。が、早いうちにこの町に慣れておいた方がよいとの考え、そして純粋な好奇心が最後には勝り、結局彼は仁王丸たちから京都案内を受けることとなった。

 ******************************


「ここが朱雀大路、都一の大通りです」

 一通り、左京の六条辺りから二条辺りの商業地区、公家町、社家町を周った海人たちは、三条の辺りで朱雀大路に出た。

 ――はえー。この時代でも流石は日本の都。かなり人通りも多いな…

 実際、彼の見る現代の街と比べてもそうはないレベルの人通り。そして巨大な街が広がっていた。道の両端には露店が立ち並び、その傍を様々な装束の老若男女が通り過ぎていく。ちらほら時代錯誤な装いの者も混じるが、基本的に誰もが思い浮かべる平安京だ。

「そして南に見えるあの大きな門が羅城門らじょうもんですね。あそこの内と外とで、都が区画されているといった具合です」

 仁王丸が振り返り、指さす。その先にある丹色に彩られた大きな建物。それが羅城門だ。数キロは離れていてもなお目立つその威容に、少年は感嘆した。

 ――あれが羅生門…じゃなかった、羅城門…芥川の小説では寂れ果ててたけど、やはり全盛期は流石というべきだな。この時代の田舎者があれを見たら卒倒しそうだ。

 羅城門に釘付けになる海人。だが、犬麻呂の方はそのまま反対を向いて、彼の肩を叩く。

「神子さん、確かに羅城門もデケェが、そんなんあっちの比じゃねェ。見てみろよ」

 犬麻呂の言葉を聞いて、海人は羅城門の反対の方角を向く。その彼の眼に飛び込んできたのは――

「な…!」

「ええ、あれが宮城きゅうじょう、平安宮。当代の帝、朱雀帝のおわします宮殿にして皇国の政治・祭祀の中枢。この国の全てがあそこに集約されていると言っても過言ではありません」

 羅城門と同じような丹色、しかしそれを遥かに上回る豪壮さと威容、そして規模。柏原帝以来の皇国の頂に立つ者の代々の宮殿が、威風堂々として立っていた。

「あれが…平安宮…?!」

 ――なんだあれは!?今の京都御所とは比べ物にならないほど鮮やかだし、何より高いしデカい!ええ…マジか…。帝の権威半端ないな…。

 その威容に只々圧倒される海人。そんな彼を、犬麻呂はなぜか自慢げな顔で見つめている。そんな犬麻呂に、仁王丸はもはや相変わらずとでもいうべき呆れ顔だ。

 そんな呆れ顔でもそれなりに絵になるのだから、整った顔立ちというのはなんとも憎らしい。そんな場違いな感傷を抱いた海人の耳に、何やら向こうの方から怒号が聞こえてくる。

「なんの騒ぎだろ?」

 ふと疑問を口にする。そんな彼に、仁王丸は呆れ顔に疲れ顔をプラスしたような表情で答えた。

「ああ、あれですか。恐らくまたどうせ「彩天」一行の家人が何か問題を起こしたのでしょう。まったく、摂政の子息ともあろうお方がああも傲慢では藤家のお先も思いやられますよ…」

 聞き捨てならないワードがいくつか仁王丸の口から飛び出す。

 ――彩天だと!?それに、摂政の子息!?

「彩天…って、あの神子の一人の…!」

「ええ、そうです。金の気脈を司り、天児屋根命の神威を表象する神子。彼の名は――っ!」

 そこまで言いかかった時だった。男たちが町人を押しのけ怒号を飛ばす。仁王丸は押しのけられた町人に流され、海人は引き離される。

「仁王丸っ!」

 手を伸ばすが届かない。彼女も人混みの中ではどうしようもなくそのまま押し流され、離れ離れになる。

 そんな中、海人の真横でも大声が鳴り響いた。

権中納言ごんのちゅうなごん藤原朝臣師輔あそんもろすけ卿のお通りだっ!下種の者ども!道を開けよ!ひれ伏せ、彩天の神子様であるぞ!そこの者、頭が高い!」

 大路の人混みが割れ、粗暴な男たちに取り囲まれた豪奢な牛車が現れる。人々は眉を顰め、口々に非難の言葉を並べる。しかし、男たちに睨まれるとバツが悪そうにして足早に去っていった。

「神子さん、大丈夫か!」

 犬麻呂が人をかき分け、海人の下に戻ってきた。彼は派手な牛車を憎らし気に睨む。

「相変わらずだな、彩天の野郎は…。わざわざ見せびらかすためだけに大路のど真ん中を突き進んでいきやがる。摂政殿下もとんだバカ息子を持ったもんだぜ」

 犬麻呂も「彩天」に対していい印象は持っていないようだ。まあ無理もないだろう。「彩天」のこの大名行列さながらの大行進は迷惑行為以外の何物でもない。

 しかし、そんなある意味まっとうな犬麻呂の非難は「彩天」の家人には聞き捨てならないものだった。

「貴様、神子様を侮辱するかっ…!身の程を弁えよ!あのお方は貴様の尺度で測れるような小さな男ではない!恥を知れ!」

 家人はものすごい剣幕で犬麻呂を突き飛ばす。が、犬麻呂の方もタダでやられるわけにはいかない。家人の腕を掴み、背負い投げで返り討ちにした。

「ぐっ!!」

「ハンっ!!口の割にその程度かよ!家人がそんなんなら、主人の彩天も宰相殿の足元にすら及ばないな!」

 煽るような犬麻呂の口調に、家人たちはヒートアップする。あわや大乱闘となったその時、牛車の御簾が少し上がった。暗くて中はよく見えない。

「…騒々しい。河内、何を遊んでいる?」

 御簾の内から声がした。若い男の声だ。張りのある、それでいて落ち着いているような不思議な声色。

 その声の主は、犬麻呂が投げ飛ばした家人――河内に非難めいた言葉を浴びせた後、牛車の中から視線だけ犬麻呂の方に向けた。

「貴様が河内を投げ飛ばした愚輩か?」

「そうだが…、彩天の神子サマが一体この俺に何の用だ?」

 物怖じせずに犬麻呂は言い返す。直接の主君ではないとはいえ、相手は権中納言、そして「彩天の神子」だ。犬麻呂よりも、さらには師忠よりも身分の高い人物だと思われる。

 そんな彼にこのような言葉遣いが許されるはずがないが、御簾の内の「彩天」はわざわざそれを咎めることをしない。ただ、牛車の中から犬麻呂を見下していた。

「なにか言ったらどうだ!」

 犬麻呂の問いに答えない彩天にしびれを切らし、彼は声を荒げる。すると、御簾の内で溜息が聞こえた。

「我の家人に手を出しておきながら何の用とは、恥というものを知らぬようだ。実に哀れなり」

「はァ!?先に手ェ出したのはそっちの家人だろうがっ!」

 しかし、彩天はそんな犬麻呂の叫びを一笑に付し、冷ややかな態度を取り続ける。そんな時だった。

「――!」

 海人は、ふと彩天の視線が自分に向くのを感じた。師忠とは違う、そんな独特の重圧を覚えるその存在感に海人はたじろぐ。

 そして御簾の中の人物は一通り海人を眺めたのち、首を傾げた。

「今気付いたが、貴様は何者だ?まさか都のものではあるまい。都人がそのような奇怪な装いをするはずがないからな」

 初対面で見た目を小馬鹿にする彩天の態度は海人にとって心地よいものではない。だが、相手が相手だ。海人は犬麻呂のように食って掛かるような真似はせず、穏便に済ませようと努める。

「俺は…じゃなかった、僕は海人。一応――」

 再臨の神子という奴らしい、と言いかけて留まる。

 ――果たしてここでそんな重要情報を開示してしまっていいのか?

 そんな疑問が浮かび、暫し悩んだ後

「ある貴人のもとで居候をやっているものだ」

 何とも曖昧な回答で逃れることにした。

 こんな回答で良かったのかと思いつつ、なにか追及があるかと海人は身構える。だが彩天はというとそれ以上は興味を失ったのか特に何かを聞くようなことはなかった。その代わり、何かを考え込むような仕草を取る。

「…まあ、朝廷が見捨てた佐伯の遺児を救い、養育するような身の程知らずの心内など分かる筈もない」

 彩天はそうポツリと呟いた。その言葉に、犬麻呂は苦し気な表情を浮かべるが、今回はなぜか食って掛かることはしない。しかしその一言を海人は聞き逃すことは出来なかった。

「朝廷が見捨てた?それって一体?!」

 彩天は海人を見下しながら、ふっ、と微笑んだ。

「そのままの意味よ。あの一族はかつて朝議により見捨てられた。それを決定に反して独断で救おうとしたのがあの奇人というわけだ。お蔭で御門の面目は丸つぶれ、廷臣のなんたるかを弁えぬ愚か者が何故未だ幅を利かせているのか不思議でたまらぬ」

 さも当然のように彩天は言い放つ。だが、海人にはそのロジックが理解できない。

「御門の面目だと?臣下の一族を見殺しにしておいて、何が面目だっ!そして佐伯を救った師忠さんを逆恨みだと?お門違いも大概にしろ!!」

 海人は立場など忘れて咄嗟に大声を出す。彩天の家人はその海人の振る舞いに突っかかりそうになるが、彩天の方は何の反応もない。主人の様子を見た彼らはその思うところを理解し、海人たちを無視して再び牛車を進めた。

「待て、彩天!」

 少年の叫びは届かない。彩天とその一行は朱雀大路の雑踏に消えた。




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