契神の神子

ふひと

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第1章:蒼天の神子

第23話:「彩天」の権限と誤算

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「我が出よう」

 その「彩天」の言葉に、数人を除く公卿たちは刮目する。当然だ。神子の力が陽成院派に振るわれたことは、これまでなかったのだ。

 神子――それは高天原の神々の代理。そして、神威の表象。

 人間の域を一部逸脱した存在である彼が、人の身にて朝敵に力をふるう。その意味を理解できないものは海人の他にこの場にはいない。ゆえに、

「も、師輔卿…それは、流石にいささかことを急ぎ過ぎではありませぬか?」

 件の狸親父、橘良相が冷汗をかきつつそう口走ったが、そんな彼を「彩天」は横目でじろりと睨む。良相はぎょっとした様子で目をそらし、口笛などを吹き始めた。

「下らぬ心配よ。もとより既定事項だ。貴様ごときに水を差される謂れは無い」

「彩天」は一言で良相の懸念を切り捨てる。その有無を言わさぬ態度に、左大臣以下ほとんどの公卿は口をつぐんだ。が、あの男はそうでもない。師忠は、ふっ、と軽く息を吹いて、

「貴方が出てしまって、この御所の防衛はどうなさるおつもりですか?まさか摂政殿下や陛下のお手を煩わせるわけでもあるまい」

 ニヤニヤしながらそう話す師忠に対し、露骨に嫌そうな顔を「彩天」は浮かべた。

 が、師忠の言うことには一理ある。

 現状、今御所周辺の兵は宇治方面に出払っており、すぐに護衛に回れる兵はいない。それに、再編にも時間がかかる。つまり、御所の防衛を行えるのは「彩天」である彼と、摂政藤原忠平、そして朱雀帝と他数名の実力者のみ。しかし、実際にすぐ動ける状態にあるのは「彩天」のみだ。その「彩天」が出て行ってしまっては、御所は無防備になる。そうなれば、

「未だ所在の分からぬ敵方の本隊への対処を行えるものがいなくなってしまいますが?」

 そんな彼の指摘を、またしても「彩天」は一笑に付した。

「何のために貴様を呼んだと思っている」

「私があなた方の思惑通り動くとでも?いつの間にか随分とご信頼を受けていたようで」

「たわけ。貴様の立場がどうであれ、動かぬ道理がない。なれば、動くと踏んだまでだ」

「ふふ、相変わらずつれないお方ですね」

 いつも通りつかみどころのない師忠にいら立ちを覚えつつ、「彩天」はため息をつく。

「それに――、我は戦場に出るとは申しておらぬ。この場から指揮を執り、南都軍を打ち滅ぼして見せよう」

 公卿たちはその意味が理解できず、怪訝な顔をした。ただ、絡繰りを知る実頼と絡繰りを思いつく師忠だけが平然とした顔を浮かべている。

 そんな様子には目もくれず、「彩天」は袖を一度振る。そして、手を合わせた。

 直後、空気が変わる。気脈の接続、それに続く術式の構築。そして――

盟神めいしん:「天児屋根命あめのこやねのみこと」:御業『天津祝詞あまつのりと』!!」

 天児屋根命の霊威が、神との盟約に従い地上に顕現する。「彩天」の詠唱は世界に染み渡り、金色の光を放った。

 ここで、海人は気付く。そう、この詠唱パターンは初めて聞くのだ。

 これまで彼が見てきた契神術の詠唱には、いずれも一定の形式があった。それは、「霊術」、「契神」のいずれかから始まり、神の名を唱え、最後に技名を唱えるというもの。しかし、今の「彩天」の詠唱は「霊術」でも「契神」でもない。

「盟神?!これが、神子の能力…」

 そう呟いた彼を横目で見遣り、師忠は何かを補足しようとするが――

「いえ、彩天の本領はここからです」

「彩天」の気脈の変化、それを感じ取ってすぐに意識をそちらへ向ける。真なる神子の証明――権限の発動。今この世界で彼にしか扱えない術式の効果、それに付随して引き起こされる効果は一つではない。

「彩天」の権能の応用――契神術の同時展開。

ならびに契神:「賀茂建角身かもたけつぬみのみこと」:霊験『熊野路道標くまのじのみちしるべ』」

「並契神:「八意思兼やごころおもいかねのみこと」:託宣『神意下達』」

 同時に三つの契神術を「彩天」は発動する。一つは術式の同時発動のための「彩天」の固有術式。もう一つは「迷い人」に「正しき道」を示す八咫烏の霊威。そして、最後が術者の思考を天が補助し、またその思考を対象とに共有する術式。

 彼は、戦場の兵を対象として、御所から術式を行使した。

********************************

 ――宇治川北岸、南都軍陣。

「兵衛督殿、朝廷軍は総崩れ目前、河内国衙軍も撤退の構えを見せております!」

 副将はそう興奮気味の声を抑えきれずに報告した。

 転移術式発動のための神気を節約し、掩蔽術式に回すことで伏兵による奇襲を実現する――一見単純に見える策が完璧に嵌った。作戦通りの展開に、副将は息を荒くする。

 だが、総大将多治比真人の表情は相変わらず浮かれない。

「どうかいたしました?朝廷軍は潰走、北方の防衛線も突破したのに、何かまだご懸念でも?」

 副将は不思議そうに尋ねる。そんな彼に、真人は前を見つめたまま、

「言ったであろう。我々は釣りをしているんだ。獲物が釣れなくてはどうしようもあるまい」

「はあ…」

 副官は真人の言うことが理解できない。

 朝廷軍をうまく釣り出し、撃破したというのにこれ以上何を釣るというのだ――彼はそう考えつつ真人と同じ方角を見つめ、戦況の行く末を眺めていた。

 その時だった。前方、そして左方に見える散り散りの朝廷軍が、突如隊列を組み始める。そして、的確に南都軍を押し返し始めたのだ。

「こっ、これは!?」

 朝廷軍の勢いは止まらない。まるで一つの意思を持った大きな生き物を相手にしているかのように、気味が悪いほど統率の取れた行動を取っている。対して南都軍は突然息を吹き返した朝廷軍の勢いに気おされ、一気に戦線を後退してしまった。討ち取られる兵も多く見られる。さっきまでの大優勢が一転、南都軍は防戦一方に追い込まれた。

 信じられない状況。うろたえる副将は真人の顔を見る。しかし、その表情を見て彼は固まった。

 真人は、凶悪な笑みを浮かべ、自軍が撃破されていく様を眺めていたのである。

 副将は戦慄する。

――気でも触れたか!?

だが、そう思う彼を捨て置き真人は立ち上がる。そして、大きく息を吸って口を開いた。

「遂に掛ったぞ!!全軍、これより遅滞戦闘を繰り広げつつ木幡山に布陣!しかる後に平城京へ撤退する!」

 ********************************

 それは、突然の出来事だった。

「ああ、師忠卿。それに神子様。一昨日ぶりですね!」

 気さくにそう声を掛ける青年は、赤く染まった長い刀を振り払った。

 滴る鮮血、青ざめていく顔。赤く染まっていく束帯。

 音もなく降り立った彼の凶刃に、大納言実頼は倒れた。

 その場にいる誰もが状況を理解できない。そう、それはあまりにも突然だった。

「さて、平安京の公卿の皆様、お初にお目にかかります。私は源満仲。巷で「影」などと呼ばれている上皇陛下の家人です。以後、お見知りおきを。そして、暫しの間戯れにお付き合いくださいね!」



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