契神の神子

ふひと

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第1章:蒼天の神子

第24話:蒼天の霹靂

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 ――これは、一体何が起こった?

 本当に、一瞬の出来事。気づけば、実頼は血を流して倒れていた。海人はまったく状況が呑み込めない。いや、この場で状況が呑み込めている人物などいるはずがない。それほどまでに突然の出来事だった。

 誰も、動けない。「彩天」も、目を見開き動揺を隠せずにいる。あの師忠ですら、いつもの微笑が顔から消えていた。

「…貴方が本隊、というのは流石にないですよね。あれだけの兵を動かしておいて貴方一人が本命というなら、私も上皇陛下の人手不足に同情しますが…」

「あれ?何故か物凄く貶されている気がするなぁ…」

 満仲が苦笑を浮かべながらそう返す。その場面だけ見れば人の好さげな好青年そのものなのだが、右手に血濡れの太刀、足元には重症の貴人が転がっているのだから、とても普通の神経をしている人間とは思えない。

「しかし、仮に貴方が本隊ではなかったとして、その目的がよく分からない。これも陽動でしょうか?」

「いやあ、それは私も正直なところよく分からないんですよねぇ。私は実頼卿の暗殺を命じられただけ。この後どこまでやればいいかは状況次第というべきでしょう、かッ!!」

 鋭い踏み込み。視界から満仲の姿が消える。彼は一瞬で師忠との距離を詰め、その表情のままためらいなく太刀を振り下ろす。

「師忠さん!」

 海人が叫ぶ。しかし、師忠は、

「ああ、ご心配なく」

「!?」

 満仲の太刀は師忠の体をすり抜け、ドゴン、と物凄い音を立てて木張りの床を真っ二つに割った。満仲は、狐につままれたような顔をしてその切っ先を見つめる。

「あれ、おかしいな?」

 どう考えても回避、防御ともに不可能だったはずのタイミングと威力。しかし、すり抜けた。無論、そこに師忠の姿はない。

 満仲はふと、庭の方を見やる。さっきまで建物の中にいたはずの師忠が、いつも通りの表情でそこに立っていた。

「いきなり私に切りかかるとは。もしや貴方の目的は、公卿の皆殺しだったりします?」

「そうだったら、この方たちから離れるのはまずいのでは?」

 満仲は笑顔のまま明るい声でそう答え、部屋の端で恐怖に震える公卿たちの方を見た。しかし、師忠は余裕の表情を崩さない。

「まさか。貴方がそんなことをするはずが無いでしょう。百歩譲って、それを上皇陛下がお命じになるはずが無い。であれば、やはり貴方は陽動。何の陽動です?」

「だから、さっきも言いましたけど私にもよく分からないんですよ。貴方が丁さんを始末しなければ分かったことなんですが…はぁ…」

 再び満仲が踏み込んだ。十五メートルほどの距離が一瞬で詰まる。一撃即死の間合い。だが、またしても師忠は受けの構えを取らない。

「契神:「小碓命」:神器『草薙剣』」

「護法結界」

 満仲と師忠の詠唱が同時に発動、相互作用を起こし世界に干渉する。壮絶な衝撃波と閃光が、海人、そして公卿たちを襲った。

「師忠さん!!」

 ――零距離での術式発動!?いくら師忠さんでもただでは…

 砂煙の向こうを、海人は冷汗をながしつつ目を凝らして見つめた。そこに浮かび上がる人影は二つ。師忠は生きていた。そして、苦し気な表情を浮かべるのは彼の方ではない。

「さすがに火力不足ですね…」

 見えない壁に遮られ、満仲の攻撃は師忠に届かない。

 自分の持ちうる力では、受けに回った師忠の堅い守りは破ることは出来ない――受け入れざるを得ない残念な現実を前に満仲はため息をついた。その様子を見て、師忠は何かに気付く。

「なるほど、どうやって貴方が御所の結界をくぐったのかと思えば、そんな簡単な理屈でしたか」

 そんな師忠の言葉に、満仲は観念したように、そしてどこか恨めし気な表情をかすかに浮かべて息を吐く。

「理屈なんて大袈裟な。単に私の神気が少なくて探知に掛からないだけですよ」

 再び太刀を振るう満仲。師忠は直衣を着たままそれを軽々といなしつつ術式を展開する。

「とは言っても並み以上にはある。貴方、本当に人間ですか? 少々気脈の操作が上手すぎる気がしますが…」

 火花を散らしつつ、満仲の太刀が大きな軌道を描いて師忠の命脈を絶たんと幾度も空を切った。綺麗に整えられていた庭の砂は荒れに荒れ、彼らがいた場所は大きくえぐれて見るも無残な様相を呈する。それでも、両者は動きを止めない。素人目にでも分かる卓越した技量。そこに介入できるものは今ここにはいない。

「生憎、私は生まれてこの方ずっと人間です。貴方こそ術式の精度が人間離れしてますが、本当に人間ですか?」

 つい、一昨日見たはずの満仲の戦闘。だが、今回の戦闘は前回と違って一方的ではない。満仲の絶え間ない斬撃に対して師忠は有効打を繰り出せずにいるが、その回避、防御には淀みがない。しかし、満仲の方も消耗する気配はなく、師忠の攻撃の機会を封殺している。

 実力の拮抗――海人の眼にはそう映った。

「生憎ながら、これは高階二百五十年の歴史の成果ですよ」

「そうですか」

 だが、不思議なほどに満仲の斬撃は通らない。術式に阻まれるか、絶妙にタイミングをずらされ虚空を斬る。しかし、封殺され続けているのにどこか満仲の攻撃にはまだ余裕が残されている気がする。そして、余裕があるのは師忠も同じ。彼は防戦一方だが、その防戦が巧み過ぎる。見ていて危うげというものが一切ない。ここまでの戦いを見て、海人は疑念を持ち始めた。

 ――これ、互角なんじゃなくてどっちも本気でやってないだけか?

 恐らく、満仲も師忠もまだ実力の八割も出していないように思える。つまり、師忠はともかく、満仲も師忠を本気で殺しにいく気はないということだろう。

 ――なら、本当に満仲は何しに来たんだ?

 海人の疑問が山積していく、そんな時である。

 突然満仲は師忠から距離を取り、太刀を鞘に納めた。

「?」

 師忠、そして公卿たちは怪訝な顔をする。まさか、戦闘の放棄というわけではあるまい。しかし、満仲は太刀を収めたまま動かない。ただ、何かを考えこみ、天を仰ぐ。

 ――これは、一体…?

 暫くして、満仲はようやく口を開いた。

「これは、やはりいささか役者不足でしたかね?」

 ――役者不足?どういう意味だ?

 海人は分からない。が、ふと何気なく後ろを振り返る。見ると、先ほどまで重症だった実頼の血が止まり、その顔色が少し赤みを取り戻しているではないか。海人はすぐさま駆け寄り脈を確認する。依然として意識はないが、脈拍に問題はない。傷は治ったということだろう。

 理解を超えた現象。海人は真っ先に契神術の影響に思い至る。だが、何の詠唱もなかった。「彩天」は再び意識を宇治から伏見へ推移した軍勢の指揮に割いているし、他の公卿が何かをしたという形跡も見えない。そもそも、この場にいる人間で契神術が使えそうなのは師忠、「彩天」含めて数人しかいない。また今のところ、無詠唱の契神術はこの世界で確認していないので存否は不明。

「なら、これは誰が?」

 海人の疑問。しかし、それはこの場にいる者にとっては自明だった。

「摂政殿下…!」

 一人の公卿がそう声を上げる。それらしき人物の姿は見えない。だが、異論を上げるものもいない。なら、そういうことなのだろう。帝の代理人――摂政藤原忠平が、こちらに意識を割いた。

 それが、意味するところは――

「まったく、これは私に死ねということでしょうか?」

 満仲が再び動く。師忠は直立不動のまま彼を迎え撃つ姿勢。間合いに入る直前、突如満仲が跳躍、中空に札を撒いた。先日、師忠邸で彼が使った手――海人にはその意味がよく分からないが、恐らく術式の補助の意味合いがあるのだろうか。満仲が何かを詠唱する。しかし刀は抜かない。そして、

「契神:「品陀別命」:御業『胎帝三韓征伐』!!」

 満仲が手を振り上げる。撒いた札は八幡神の神威を秘める光の塊となり、眩い輝きを放って満仲が示した方角へ打ち上げられた。

「うわっ、眩しっ!!」

 海人は思わず目を手で覆う。それでも、眩い光は抑えきれない。近衛の陣は緑色の光に包まれ、その場にいる全員の視界が奪われる。師忠は即座に詠唱、公卿たちと海人の周辺に結界を張るが――

「なるほど、そういうことか…!」

 悔し気に一言呟き、南を睨む。その瞬間、師忠は敗北を悟った。

 満仲の放った派手過ぎる一撃は師忠の結界の前にことごとく弾かれ、空しく地上に墜落する。しかし、満仲はその役目を十分すぎるほどに果たした。

 彼は、時間を稼げさえすれば良かったのだ。時間を稼ぎ、師忠を足止めして摂政の気を引く――それが、陽成院が彼に期待した役割。彼は、見事なほどにそれをやりおおせた。

 師忠は、最初の派兵をいち早く陽動だと見抜き、その次を見越して仁王丸たちをそれぞれ適所に配置した。陽成院側の密使、間諜の始末も抜かりなく行った。そして、満仲の奇襲攻撃すら釣りだと即座に看破した。しかし、気付かなかった。いや、思い至らなかった。まさか、敵方の策がこれほどまでに愚直で、単純で、それでいて破りがたいものだとは思わなかったのである。

 つまるところ、師忠の敗因は彼が余りにも聡いことであった。時として、愚者の策は賢者の知恵の網の目を掻い潜る――彼はかつてそれを身をもって体験したはずであったが、まさか賢者側の人間からそのような策が出るとは思ってもみなかったのである。

「たった一人の一撃のためにこれだけの代償…正気の沙汰ではない…!」

 南の空が青白く光る。「彼」の身体を借りて、三貴子の一角が、荒ぶる神の霊威をこの地に振るう。

「盟神:「素戔嗚尊スサノオノミコト」:神器『天羽々斬あめのはばきり』」

 羅城門のその上に降り立った「蒼天」は、無慈悲にその手を御所に向けた。




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