リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

文字の大きさ
6 / 80
1 〈隠れ里〉のリアナ

第5話 リアナ、里長に直談判する

しおりを挟む
 里長さとおさの家は、大きな岩棚とツリーハウスが隣接して、里のなかではいちばん立派な建物だった。集会所も兼ねているので、なかば公共の場所になっている。明日の儀式の準備か、男衆おとこしゅたちが数人でかまどのまわりに集まっていたが、それ以外は静かだった。
 遅い時間だったので、寝ている家人もいるかもしれない。リアナはためらいながら取り次ぎを頼んだ。飾り布のようなものを手にあらわれたのは、ケヴァンだった。ツイている。
「なんだリア、こんな時間に。どうした?」
「ウルカさんに話があって……明日の儀式のことで。ちょっとでいいんだけど」出だしは控えめに頼んでみる。
「そっか。でも厳しいな。ちょうど都からお役人が来てるみたいなんだ。親父はその対応してて」
「もう夜なのに?」
「ああ。税収の報告はもう済んでるし、なんだろな、こんな時期に」
 ケヴァンは話しながら男衆のほうへ歩いていき、布を手渡してなにごとか短く話し合った。明日の打ち合わせの一部なのだろう。リアナも幼竜こどもよろしくあとについていく。
「遠いところからわざわざ来てるんだ、あっちもすぐには帰らねぇだろ。親父に話なら、明日にしたほうがいいぜ」
「でも、成人の儀は明日じゃないの!」
 リアナは詰め寄った。「明日じゃ間に合わないよ。お願いケヴァン、里長に会わせてよ」
 ケヴァンは頭を搔きながら、少女を見下ろして苦笑した。このきかん坊が、と顔に書いてある。この青年が自分に甘いのをわかって、あえて押しているのだ。
「……仕方ねぇなぁ」
 やれやれと手を振って、中に通してくれる。リアナは内心でガッツポーズをした。
 

 広く片付いた通路を進んでいくと、客間の扉から明かりが漏れているのが見えた。来客の話は本当らしい。ケヴァンが軽くノックして、「里長」とあらたまった呼びかけをした。里の人間しかいないときにはめったに口にしない呼び名だ。来客への配慮なのだろう。親子はドアごしに何ごとか会話し、リアナを中に通してくれた。
 客間に入ったのはずいぶん久しぶりだったので、リアナは思わずきょろきょろしてしまう。洞窟の中なので広さはそれほどでもないが、アルコーブの形に削ってクッションが置かれた角があり、小さな書架と書架台、書き物机、応接用の椅子とソファがあって、こぎれいで快適そうなしつらえだ。
「リア」ウルカが呼びかけて、リアははっとする。
「里長」
 ウルカは応接用の椅子に腰かけて、ゴブレットを手に持っていた。ケヴァンと同じ金髪はかなり薄くなっていて、竜族にしてはややいかつい顔立ちだ。背は息子に追い抜かれたが、いまでも里で一番威厳のある立派な〈乗り手ライダー〉で、厳しいが道理のわかる人格者として知られており、里人の尊敬の的だった。
 もちろん、リアナもそう思っている。
「見てのとおり、都からお客様をお迎えしているんだ。話がひと段落するまで、ケヴァンの部屋で待っていなさい」
 置時計のほうへ目をやって、続ける。「三十分ほどで、一度休息をしようと考えているから」
 リアナはためらいながらうなずいた。ウルカが時間を示して待つように言うのであれば、それに従うしかないからだ。
「ありがとうございます」ぺこり、と軽くお辞儀をして扉へ向かう。「ケヴァンと待ってます」

「待ちなさい」
 それまで目に入っていなかった客人から、声がかかった。リアナは驚いて振りかえる。向かって右手側にいた客人は、薄いブルーの高価そうな長衣ルクヴァを身に着けていた。ルクヴァは竜族の男性の正装だが、里人はめったに身につけていない。リアナの目にはお仕着せのように映った。役人の制服というのは、そういうものなのだろう。ルクヴァに包まれた身体はほっそりと長身で、銀髪碧眼、典型的な竜族の風貌で特徴と呼べるようなものはあまりない。
「里の娘かね? 母親は?」
 リアナは素直に答えようとするが、ウルカが微妙な仕草でとどめたのがわかった。
「姪の子です」
(えっ)
 思わず声を出しそうになる。ウルカと自分の間には、もちろん、血のつながりなどないからだ。
「長のお身内か? だが、お目にかかったことがないが」
「お恥ずかしながらわが子同様、人間との混血で。外聞がよくありませんので、あまり、里の外には出していません」
「左様か」
 役人の男はうなずきながらも、じっとリアナを観察している。
(どうして、そんな嘘をつくの!?)
 里長を問い詰めたかったが、さりげなくも強い気配を感じて、思わず口をつぐむ。なぜか理由はわからないが、ウルカは自分のことを、流れ者の竜族の娘だとは知られたくないようなのだ。
(別に、恥ずかしいことじゃないのに……)
「階級は?」
「それは、まだ……成人前の娘ですので」
「おお、では、明日、それがわかるわけだ」
「……そういうことになりますな」
 ウルカは妙に慎重に言った。「……リア、もういい。退がりなさい」
 よくわからないが、なんとなく不穏な空気を感じて、リアナは扉に手をかけた。でも、せっかく成人の儀の話題が出たのに、何も言わずに退出するのはもったいないような気もする。そのためらいを、男は感じ取ったらしい。
「里長。この娘はなにか貴殿に伝えたいようだが。明日は成人の儀なのだろう?」優しい声でリアナに呼びかける。「どうしたのかね? 言ってごらん。私なら気にしないから」
「ドレスのことでしょう。あるいは、ダンスのことか。子どもの言うことをすべて真に受けるわけにはいきません」
 ウルカの固い声に、リアナはむっとした。彼女の出自を隠そうとすることといい、なにか意図がありそうだが、自分の知らないところで画策されるのは不快だ。
「わたし、ライダーになりたいんです。里長も知ってるでしょ?」
 思わず、口に出してしまった。ウルカははっとリアナを見つめた。息子そっくりの飴色の瞳が、動揺で見開かれている。が、リアナはあえて続けた。
「明日、古竜のイーダとおさの前で〈乗り手ライダー〉とわかったら、ほかの男衆たちと訓練してもいいでしょう? わたし、それが聞きたかったの」
「なぜ、ライダーになりたいのかね?」男が尋ねた。
「竜に乗るのは、とても難しいのだよ。おまえには、竜に乗る力があるのか?」
 薄い青色の、ガラス玉のような目が、じっとリアナを見つめている。
「ずっと飼育人の勉強をしています」リアナは勢いこんで言った。「世話の仕方もわかるし、言うことだって聞かせられます。今も古竜を一頭、育てています。体力には自信があるし、それに……」
 里長の様子をうかがい、言おうかどうしようか、一瞬だけ悩む。
 ウルカは厳しいし、古い考え方をすることもあるが、情のない男ではない。伝統的な女の役割といったことだけで、リアナの進路を阻む人ではないように思う。そんな彼が、あまり彼女の情報を明かしたくないと考えているなら、それに従うほうがいいに違いない。
 けれどここ数日リアナは成人の儀についてずっと悩んでいて、養父のイニがいない今、自分の進路を決められるのは自分しかいない、と思うようになっていた。王都から来た役人、とケヴァンは言っていた。都には女性の〈乗り手ライダー〉もたくさんいるという。とすると、この男性が聞いている今こそ、チャンスかもしれないではないか? 

「わたし、タマリスの方角がわかるんです」リアナは切り出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

処理中です...