リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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2 運命の朝

第11話 悲しい別れ 1

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 ここで悲鳴を上げられては危ない。フィルは少女の肩を抱いて耳元で囁いた。「リアナ、落ち着いて……!」
 が、震えも悲鳴も止まなかった。
 残兵がいれば気づかれる。非常事態だ、やむを得ないとフィルは手刀をかまえた。少女の首筋に打ち下ろそうとしたその瞬間、空が暗く陰った。

 風を切る大きな羽ばたき、空が陰って暗く見えるほどの巨体。動く城のような黒竜がまず着地し、そこから一人の男が飛び降りた。竜の乗り手にふさわしい堂々たる体躯たいくを、竜騎手団の紺色の長衣ルクヴァが包む。

「デイミオン」
「フィルバート」
 男たちはそれぞれの名前を呼び、しばし絶句する。惨状を前に言葉もないのは、戦場に慣れているはずの二人にしても同じだった。デイミオンと呼ばれた黒竜の主人に、わずかに緊張が走ったように見えた。

「なぜおまえがここにいる?」
 二人の男は間近に対峙《たいじ》し、お互いを観察した。片方は警戒心をあらわにしているが、フィルのほうは、敵意はないと示すために軽く両手を挙げてみせた。
「別ルートだよ。目的は同じだろう? 俺のほうが近かった。それだけだ」
「信用できんな。〈血のばい〉を確認してからが出発して、丸一日と経っていない」
 竜騎手ライダーのほうは、まだ剣の柄に手をかけたままだ。「……襲撃か?」
 フィルはうなずき、報告する。
「早朝から昼にかけて襲われた。服装や武器はバラバラで山賊風だったけど、妙に統率が取れていた。古竜の支援もあったように見えるのが気になる」
「おまえがタイミングよくここに現れたことのほうが、私は気になるがな。……半年も行方知れずになっておいて、今さらどういうわけだ? なぜ継承者の居場所がわかったんだ?」
「単独行動は謝るよ。あとでちゃんと報告書も出すから。……それより、あとで本隊が来るかもしれない。すぐに、アーダルで出られるか?」
「ああ」竜騎手ライダーはちらりと空を確認する。
「デーグルモールたちと出くわしたが、半分ほど撃墜して残りは敗走した。ここから引き上げる最中だったかもしれない」そう言って首を振る。「もう少し早く駆けつけられればな」
「デーグルモール……じゃあ、古竜はそっちの支援だったのか」
「おそらくな」
 ライダーも納得したようにうなずいた。

「それより、いま確認してほしいんだけど」
 肩を抱いたままの少女をそっと男に見せて問う。「……継承者は、彼女か?」
 相変わらず目の焦点は合っていないが、悲鳴は止んでいた。黒竜の登場に驚いたのが功を奏したらしかった。
「ああ、間違いない」リアナを見つめ、竜騎手ライダーが冷静にうなずく。
「王が崩御なされてから一日、〈血の呼《よ》ばい〉はずっとここから送られていた。私はそれを頼りに飛んできたんだ」
「彼女は、昨晩から『引っ張られる感じ』がなくなった、と」
「王が死ねば継承権が移る。私は彼女の次の〈継承者〉だ。……つまり」
 残酷なほど晴れた空の下、竜騎手ライダーが宣言した。

「彼女が、オンブリアの次の王だ」
 ひとつ分の呼吸を置き、にやりと笑う。「そして、彼女がいなければ、私が王となる」

 ♢♦♢

 しばらく、呆然としていたらしい。その間に、二人の男は里と彼女のことについて何がしかの合意に至ったらしかった。
「……リアナ」
 呼びかけるフィルの瞳には、気づかわしげな色が浮かんでいた。
「今はとてもそんな気分になれないことはわかってるけれど、すぐに出発しなきゃいけないんだ」
「……出発……って、どこへ?」
 のろのろと尋ねた。「ここは、わたしの村なのに」
「ここは危険な場所なんだ。もっとたくさんの兵士がすぐにやってくるかもしれない」
 恐ろしい言葉に、思わず肩が震える。
「でも、どうして? あの人たち、どうしてわたしの村を襲ったの?」
「……今はわからない」フィルは首を振る。「推測なら、いくつか。それはおいおい話すよ。でも、今は急ごう」
 肩に置かれた手は力強く、温かい。きっと彼は信用できる。
 いや、信用してしまえ、と心が言っている。
 だってもしフィルが、この優しい青年が信じられないとしたら、

 それがあまりにも恐ろしくて、どうしても顔を上げられない。胸のなかが嵐のようだ。どうせなら有無を言わさず連れさってくれればよかったのに。
 
「わたし……わたし、行けない」
 結局、小さな声でそう言った。
「リアナ……」
「だって、イニが帰ってくるかもしれない。今日はわたしの成人の儀だから、もしかしたら……」
 フィルの呼びかけに被せるように言う。「今日戻ってくるかもしれないの。何があったか知らないはずだから、危ないってことを知らせなきゃ。……それに、飛竜乗りたちだってきっと戻ってくるもの」
 フィルはもう一度首を振った。
「たとえあなたの大切な人でも、今は待っていられないんです。この村の惨状は、一人二人の兵士でできることじゃない。組織だった犯罪です。何が目当てだったにせよ、もう一度同じことが起こったら、俺と彼だけではあなたを守れない。……生き残った人を探して守る仕事は、フロンテラの領兵にまかせるしかない」
 そして、背をかがめて目を合わせて言った。「俺を信じて、一緒に来て」
 が、リアナはとまどいがちに首を振った。
「助けてくれたことは、すごく感謝してます……でも、村の人が誰か一人でも残ってるなら、これからのことはその人と決めたいの。あなたたちとじゃなくて」

 それまで、二人の会話を少し離れた場所で聞いていた青年が、急に聞いた。
「この村に、リアという名前の女性はいたか」
 石造りの壁に寄りかかって腕を組んで、落ち着いた低い声でそう尋ねる。ふいのことで、リアナは驚いてすぐには答えられなかった。巨大な黒竜とともに現れた、いかめしい長衣に包まれたこの青年に、まったく意識を向けていなかったからだ。

「リアなら……そう呼ばれてるのは、今はわたしだけです」
 慎重に、そう答える。
 青年はゆるりと腕組みを解き、二人に向かって歩み寄ってきた。フィルは村の男たちよりいくらか背が高かったが、男はさらにそれより拳ひとつ分ほどは長身だった。紺色の長衣《ルクヴァ》は喉もとまで高くつめられ、上半身は細身で、腰から下はスカートのようにたっぷりと広がる。竜を駆る男たちの正装だ。イトスギみたいに背が高くて、心も同じくらい無感動なように見えた。

 男は名乗りもせず、しげしげとリアナを見たあと、何かを手渡した。思わず差し出したリアナの手のひらに、ささやかな重さが加わった。
「……若い飛竜乗りの死を看取った。そいつの持ち物だ」
 その目が吸い寄せられるように、手のひらから離せない。リアナの鼓動が速くなった。
「そいつが最後に呼んだ女が生きていれば、渡してやろうと思って持ってきた。……おまえの名だ」
 革ひもと鉱石で作られたペンダント、その持ち主をリアナはもちろん知っていた。
「……ケヴァン……?」
 もはや悲鳴は出なかった。足元から世界が崩れ落ちていくようだった。ついに意識が途切れた瞬間、誰かに受けとめられたことすら気がつかなかった。

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