リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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3 王都への旅立ち

第13話 王権と〈呼ばい〉のこと 1

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 てっきりフィルが説明するかと思ったのに、説明をしだしたのはデイミオンのほうだった。

 いわく、自分たちはリアナを迎えに王都からやってきた軍人である。
 古竜に乗ったデイミオンが正式な使者で、フィルは先ぶれと様子見を兼ねて先に隠れ里に入る予定だった。里への近道を徒歩で進んでいたところ、彼女が襲われそうになっている場面に出くわしたので、助けた。デイミオンがフィルよりも一歩遅れてやってきていたのは、竜に乗った他国の傭兵の一団に襲われかかったから。
 ほとんどそれだけを、簡潔に、淡々と述べた。リアナはそれを聞いても、ぽかんとするしかない。
 真偽を確かめる方法もない。

「でも、どうしてですか?」
 のんきに尋ねると、フィルは苦笑し、デイミオンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。できることなら口に出すのも避けたい、というくらい渋々と、
「おまえが、オンブリアの次の王だからだ」
 と言った。
「オンブリアの、つぎのおう」
 意味がよくわからず、ただ繰り返した。
「さっきもそんなことを言っていた気がするけど……、どういうことですか?」ふと気がついて首をひねる。「というか……今の王様って、誰なんですか?」
「おまえは自国の王の名も知らんのか!」デイミオンが目をむいた。
「だって、里ではあんまりそういう話しないし……イニもしないし。昔の女王様の話は、よく、してくれるんだけど」

「……話にならん……!」
 よほど腹に据えかねたのか、がたっと音をさせて椅子から立ちあがる。「やはり、なにかの間違いだ。こんな子どもが――」
「デイ」フィルが手で制す。
「おまえだってそう思うだろう! 考えてもみろ、なぜ後継者の娘がこんな、南の国境沿いの隠れ里などにいる? 竜王エリサはゼンデン家の出身だぞ。北部にいるのが道理だろう」手をふって続ける。「そもそも、養い親のイニとは誰だ? 諸侯でも騎手でもない。出自もわからぬ流れ者だというじゃないか」
「そんな言いかたって――」リアナもむっとする。直前に、イニから一度聞いたことのある母親の名が出たのも気になったが、とりあえず。
「デイミオン」フィルは口調を強めた。「エリサ陛下の娘がフロンテラで養育されていることも、養父のことも、一年も前に報告していただろう? ゼンデン家は承知していたというし」
「それがおかしいというんだ。なぜ王の娘を手元で育てない? あの北極熊ホッキョクグマどもは昔から――」
「それはいま関係ない――」

 リアナは息を吸った。
 胸がひとまわり大きくなるほど。

「二人とも。やめて」
 男たちはびくっとして振り向いた。リアナが腹の底から声を出せば、空の上で豆粒くらいにしか見えない飛竜にだって届くのだ。彼らもそれを思い知っただろう。
「リアナ」フィルは薄灰色の目をまんまるに見開いている。
「わたしのことを、二人で勝手にあれこれ言うのはやめて。わたしの頭の上で」
「す、すみません」
 フィルは反射的に謝った。デイミオンは無言だが、少なくとも口は閉じた。
「質問はひとまず三つあるわ。フィルがさっき服喪と言ったけど、それは王様が亡くなったので間違いない? 『エリサ陛下の娘』ってわたしのこと? イニのことを二人は知っているの?」

 デイミオンがうなずいた。「二日前、現王クローナン陛下が崩御なされた。現在、五公十家と呼ばれる領主貴族たちは大葬の儀のために首都タマリスに集まりはじめている。……オンブリアの王は竜祖によって選ばれる竜の末裔。人間のようにひとつの王家によって統治されるわけではない。それはもちろん知っているな?」
 リアナはうなずいた。「オンファレ女王と一緒ね」
 青年はけげんな顔をした。「誰だ、それは?」
「オンファレ女王はね、妖精国の〈冬の女王〉なの」目の前の青年の知らないことを自分が知っている、ということがなんだかうれしく、リアナは勢いこんで言った。「冬の妖精王が、次の女王を選んだのよ。オンファレ女王は人間なんだけど、小さい頃に取り換え子チェンジリングになって妖精王に育てられたの」
「くだらん」
 せっかく説明してあげたのに、一喝されてしまった。「おとぎ話などしている暇はないんだぞ」
「まあまあ……」フィルが取りなす。「まったく違ってるわけでもないんだし。……王制はあるけど王家はない、という点では一緒だよ」
「そうなんだ……」
 リアナは頷いたが、ふと、おかしなことに気がついた。さっきから、例の「引っ張られる感じ」が戻ってきているような気がするのだ。前ほどの強さはないが、身体の中心が紐で引っ張られるような感じはそっくりだ。それに、心に窓が開いているように、どこかとつながっている感じも。
 ――なんだろう……どこから?
 急になくなったのだから、また急に現れても、別におかしくはない。けれど、今?
 きょろきょろしていると、デイミオンが「聞いているのか」と凄んでくるので、思わず首をすくめた。聞き分けのない子どもを見るような目つきだが、嘆息して続きを話してくれる。
「クローナン王は、おまえの母であるエリサ王の跡を襲ったが、二人の間の血縁関係は薄い。まあ五公十家の間では婚姻関係が強いので、いとこやくらいのつながりはあるだろうがな。それはクローナン王とおまえも、それからおまえと私も同じだ。
 川の水が上から下に流れるように、王権もまた、竜祖ガハムレイオンの意志に沿って受け継がれるものとされている。一代に現れるのは一人の竜王と、その後を継ぐ王太子の二人だけ――そしてその二人は、〈血のばい〉と呼ばれる絆で結ばれ、王太子は常に王の座所を感知することができる。……だが現在、オンブリアに正式な王太子はいない」
「いない?」
「……おまえ、本当にそんなことも知らんのか」
 怒ってはいないが、心底あきれたような顔だ。「先が思いやられる」
 リアナはむっとして言い返した。
「別に思いやってくれなくっていいもん」
「子どものような話し方をするな」
「まあまあ……」
 何度目になるかわからないが、フィルがまた取りなした。「だけど、『いない』というのは間違いだよ。『いる』のは最初からわかっていた。王と王太子は、常に一組で選ばれるんだから。ただ、所在がわからなかっただけだ」
「そうだ」と、デイミオン。
「現王クローナン陛下の後継者は、王の在位中に名乗り出る者がいなかった。立太子の宣命がなかったことで、どれほど国政の混乱を招いたか……だが、それも当然だ、後継者自身がそのことを知らなかったのではな」

「……後継者……」
「……あなたのことだよ、リアナ」フィルが微笑んだ。「あなたに聞いた、あの『引っ張られる感じ』……それこそ、王と王太子をつなぐ〈血のばい〉なのは間違いない」
「〈血の呼ばい〉……」リアナはぼうぜんとして繰り返した。「ずっと、タマリスの方角がわかるだけだと思ってた」
 王はほとんどタマリスの王城にいるだろうから、そう勘違いしてしまったのだろう、とフィルは言う。
「本当に周囲の誰も気がつかなかったとは信じられんな。子どものおまえはともかく、おまえの養父は、その『引っ張られる感じ』とやらを知らなかったわけではあるまい?」デイミオンは疑わしそうだ。
「クローナン王も、即位当初からひそかに竜騎手ライダーを派遣して探させていたんだぞ。王太子が不在、などと表だって国中に触れまわるわけにもいかなかったのは事実だが」
「それで、対外的にはデイミオンが〈摂政王子〉なんて呼ばれることになったわけだしね」
「言うな」デイミオンは苦々しい顔でフィルをにらみ、フィルは軽く肩をすくめて流した。
「だって、〈血の呼ばい〉がどんなものかも知らなかったし……、それに、あの引っ張られる感じも、前ほど強くはないし……本当に、わたしなの?」
「残念ながら、間違いない。おまえが言う『引っ張られる感じ』をいま代わりに受けているのは私だ、おまえがどこにいようとその感覚を使って居場所がわかる。試してみるか?」
 願ってもない。リアナはうなずいた。
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