リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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3 王都への旅立ち

第14話 孤独な夜

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 二人の青年は手慣れた様子で簡易寝台を組み立て、小さな声でなにごとか打ち合わせをはじめた。警備のことのようだが、知らない単語が多い。威圧的なデイミオンと穏やかで優しいフィル。性格も身分もかけ離れているように見えるのに、気やすい口調で話しているのはなぜなのだろう。
(それも、もう関係ないけれど……)

 寝台に入ってしばらくすると、二人の寝息が聞こえてきた。念のためそのままさらに十五分ほど待ち(部屋に時計があった)、リアナはそっと寝台を抜け出した。飼い主の動きで目を覚ましたレーデルルに、身ぶりで静かにするように伝えて抱えあげる。二人から見るとリアナが寝ているように寝具を適当に膨らませてごまかし、部屋を出た。
 廊下は人気がなかったが、回廊のほうには兵士たちがいるのがわかっているので、どうやってこの巨大な領主館を出るかはなかなかの難題になりそうだった。夜に抜け出すのはかえって目立つので、朝になるのを待って、使用人たちにまぎれて出ていくのがよいかもしれない。

 外門に面していない中庭には衛士の姿が見えなかったので、リアナは風が防げそうなめぼしい植え込みを探して目を泳がせた。秋口とは思えないほど、庭にはさまざまな矮《わい》樹が植わっている。病弱な果樹を風から守るためのガラスの衝立ついたてを見つけて、果樹とのあいだにそっと身をひそめた。誰か通るものがいないかしばらく耳をそばだてていたが、足音もなく静かだ。

 ほっと息をついて、斜めがけのカバンを開いた。〈成人の儀〉の衣装と、少しばかりの小銭以外にたいしたものは入れていなかったが、集会の前に食べようと思って取っておいたパンが底のほうで潰れかかっていたのを見て泣きそうになった。ロッタの焼いたパン。夜明け前にこれを焼いたロッタが、今はもういないのだ。衣装をなおしてくれたハニも、その子どもたちも。

 眠ってしまいたくない、とリアナは思った。眠らなければ、現実ではないと思い込んでいられそうな気がした。パンをちぎって少し口に入れ、このパンを食べずにずっと取っておけないだろうかと愚かなことを考えたりもした。
 泣き出すと止まらなくなるのはわかりきっていたので、館を脱出する計画に集中して、ほかのことはなるべく考えないようにした。

 野外で眠った経験はないから、おそらく眠らずに済むだろうと思っていたが、ふと気が緩んで頭が落ちかける。何度かそうやってと頭を落としているうちに、地面を踏む足音が聞こえてはっと身をこわばらせる。顔を上げると、上下に揺れているランタンの光が目に入った。迷いなくこちらに向かってくる人影に、リアナは失望のため息を漏らした。

「……フィル」
 ランタンを顔の近くに持ちあげたので、柔和な顔がよく見える。フィルバートは「シーッ」とささやいた。
「毛布がいるだろうと思って、持ってきましたよ。……隣に座っても?」
 仕方なくうなずく。青年はリアナに毛布を掛けてから、隣に腰を下ろした。
 
「どうして、ここにいるってわかったの?」
「あなたはあまり隠れ鬼が上手じゃなかったみたいだね」フィルが笑った。「ともあれ、門から抜けようとされたら先に止めないといけなかった。あなたが抜け目なくて助かりました」
「二人とも、寝ているって思ったのに……」
「二人とも起きていましたよ。……そうでないと、あなたの護衛が務まらないでしょう? 俺は昼に休憩を挟めば一週間くらい起きたまま行動できるようにしていますし、デイミオンも似たようなものじゃないかな」
 リアナはため息をつく。頭のどこかでは、そうかもしれないと思わないでもなかった。彼らは、里の男衆とは決定的に違うがあった。目もくらむような剣技や、神のごとく巨大な古竜のことだけではなくて、日常的に戦うことを知っている動作が彼らにはある。

「一人にしてあげられなくて、すみません」フィルはそっと言った。「あんなことがあった後で、俺たちと一緒に行きたくないというのは、分かるつもりだよ」

「……ごめんなさい、でも、あの人にわかってもらえるって思えなかったの。わたしが行くのを当たり前だと思ってるみたいだったし……」
「デイミオンはこの国の大貴族で、指揮官なんだ。他人に命令して、それにみんなが従うのが当たり前だと思ってる。……でも、本当に冷たい人じゃないよ。時間をかけて話せば、分かってくれる」
「そうかしら……」
 冷たく見下ろしてくる青い瞳や尊大な口調を思い出すと、すぐにはうなずけなかった。
「どこに行くつもりだったか、聞いてもいいですか?」
 居場所を知られてしまっては、黙っておく意味もないだろう。どのみちこの青年なら自分に知られることなく探りだすに違いない。リアナは抵抗をあきらめた。
「里でパン屋をやってた夫婦がいて、奥さんの実家がケイエのパン屋だって聞いたことがあったの。その人か、誰かのつてでケイエにいられないかと思って……」
 だが、フィルは首を振った。
「ケイエに限らず、南部には反王政派が多いんだ。あなたのことが知られるのは時間の問題だし、難しいと思う」
「まだ王冠をかぶったわけでもないのに?」
 フィルはうなずいた。
「あなたの養父のことでは、タマリスで力になれる人がいると思います。あなたの母とつながりのある人が滞在しているはずなので」
「結局はそうなるのね」リアナは嘆息した。「タマリスに行く以外の選択肢はない?」
 隣の青年の肩ごしに、冴え冴えとした秋の夜空が広がっている。フィルは彼らしくなく黙りこんだ。眉を下げた困り顔が少し、ロッタに似ている。昔、里の子どもたちと昆虫狩りに行ったのに、急に虫が怖くなって彼を困らせたことがあったっけ、と思う。「弱ったなぁ、みんなには内緒だぞ」と言いながら、虫かごに入っている虫たちを逃がしてくれた。
 怖いことがあっても、大人がなんとかしてくれると、そのときは思えたのだ。

「ライダーになりたかったの」
 そう呟いた。「でも、こんなふうにじゃなかった。本当に、こんなはずじゃなかったのに」
 涙を我慢しすぎたせいで、自分の声がからからと乾いて聞こえた。なにもかもが自分のせいなのではないかと感じるのは、あまりにも自分が無力すぎたせいなのだろうか。

「もし……」
 本当に長い沈黙のあと、フィルがためらいがちに言った。
「すべてを知ったうえで、本当に王にはなりたくないと思うなら、あなたを連れて逃げてもいいと俺は思ってる。それは覚えておいてほしいんだ」
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