リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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3 王都への旅立ち

第18話 半死者、デーグルモール

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 出立時には、少しばかり、いさかいが起こった。

 まず、デイミオンの命令により、王都までの旅程が大幅に短縮された。ほとんどが、有力領主たちの館を訪ねてのあいさつ回りのようなものだ。
「長年お顔の知れなかった王太子殿下のご威光を示す、絶好の機会ですのに」と残念がる騎手たちに、デイミオンは「安全第一だろう」と言って聞かせている。そもそも、その領主たちは彼の言によれば、前王の葬儀のために不在のはずなのだから、訪問は形式的なものにしかならない。権威を重んじる騎手たちの手前か、さすがに「無意味だ」と切って捨てるまではしなかったようだが。

 さらに、もう一波乱。フィルバートが、竜騎手団の編成に口を挟んだのだ。
「コーラーが少ない」と厳しい顔をしたフィルに、ライダーたちが食ってかかる。
「わが団は、当代随一の竜騎手ライダー揃いだぞ。格落ちのコーラーなぞ、連絡役のみで十分!」
「そもそも、次代の王の行幸《みゆき》には、ライダーのみが従うべきなのだぞ。その慣例を破ってコーラーをまじえていること自体、騎手団の妥協だろう」
「やれ、そのように声を張り上げんでも……フィルバート卿はわれわれの露払いのために骨を折ってくださっているわけだからな……はは」
「格の問題じゃなくて、殿下の安全のためだ」フィルが辛抱強く説明する。「連絡役もあと三名は必要だし、接近戦のために、銃が扱える〈鉄の息吹〉のコーラーもいたほうがいい」

 露骨な見下しに、権威の押しつけ。とりなすそぶりで吐かれた侮蔑の言葉。
 近くで聞いているリアナのほうが爆発しそうなのに、フィルはよく我慢しているものだ。デイミオンも本心では庇《かば》いたいのかもしれないが、騎手団の長という立場上、何度もは難しいのかもしれない。憧れていたライダーたちの差別的な態度に、リアナは夢が打ち砕かれそうだ。ため息一つつかずに、フィルは数名の私服の兵士たちに向きなおって、なにごとか指示をはじめた。

(フィルは、王都でどんな立場なんだろうな)
 リアナは思いをめぐらせる。
 デイミオンのような、軍人貴族としてのはっきりした責任のある立場にあるようにはあまり見えない。だが、彼につき従う兵士もいるようだ。なにかと派手な竜騎手《ライダー》たちとは違い、服も装備もバラバラで目立たない印象の男たちではあるが……。
 じっと観察していると、ふと左腕をなにかが持ちあげるのを感じた。
「わ」
 ななめ後ろから、リアナの腕に頭を擦りつけているのは、飛竜の頭だった。「グルグル」と機嫌よく喉を鳴らしている。エメラルドグリーンに淡いサーモンピンクの縞がはいった伊達男で、名前をピーウィという。デイミオンが借り受けると言っていたレース用の竜で、飛竜のブリーディングではオンブリア随一と言われる、地元ケイエの出身だ。
 古竜のレーデルルが近寄っていっても動じないのは、なかなか度胸のある性格とみえる。
「これから、たくさん飛ぶのよ。よろしくね」
 声をかけると、「グィ」と返ってきた。

 ♢♦♢

 出発して半刻ほどは、〈老竜山脈〉を北上しながら、警戒しつつ飛行した。

 王都までの旅程は、ランバール平原をやや西よりに、リン河に沿って北上するほぼ直線のルートとなる。一行は事前に、デーグルモールたちが襲ってくるとすれば出発直後、〈老竜山脈〉がもっとも可能性が高いと打ち合わせをしていた。オンブリアと表立って敵対していることから、国境を遠く超えては追う危険は冒さないだろう。また飛竜が多く機動力で勝ることを活かすだろうとの見立てだ。逆に、こちらに多い古竜は身体が重いため速度で劣るが、遮るもののない平野の上空ではほぼ最強の戦力といってよい。

 フィルと飛竜部隊が偵察をつとめ、デイミオンと竜騎手団がリアナを守るという隊形で、一行はランバール平原へと抜けようとしている。
「それらしい影はない」
 風に負けないように声量を上げて、フィルが報告した。偵察隊のコーラーが、その声を増幅して本隊へ届ける。
「森ではまぎれて見えなかった。向こうも同じだろう」
 デイミオンがうなずく。「しかけるには今が好機だ。総員警戒!」
 一行はさらに緊張を保ったまま進む。
 山脈を逸れて、黄色く乾いたランバール平原が見えてくると、一行のあいだにはいくらかほっとした空気が感じられるようになってきた。
「離れてもしばらくは気を抜くな」と、フィル。「まだ追いつける距離だ」

 フィルの言葉が正しかったと知るのはそれから間もなかった。離れつつあった背後の山陰の中から、おそろしい勢いで飛竜の一団が飛び出してきたのだ。こちらが目視で確認したときにはまだ遠かったが、ぐんぐんと迫ってくる。
 聞いていた通りなら、あれが半死者しにぞこないたち、同胞殺どうほうごろしのデーグルモールだろう。不気味な鳥の仮面と、全身を覆うような服装に、リアナはおとぎ話を思いだして怖くなった。
 
「――速い!」
 こちらより身軽とは言っても、戦闘に持ち込む以上、一頭は必ず古竜がいるはずだ――
 その見立てが、どうやら間違っていたらしい。追ってくる一群のスピードは、飛竜だけのものだった。
「追いつかせるな! 距離があるうちに焼き落とせ!」
 デイミオンが命じ、ライダーたちが構えるのとほぼ同時に、火の球が流星群のように向かってきた。が、デイミオンの手のひと振りで、それらはすべて魔法のようにかき消える。
(今の――いったい、どうやったの!?)
 リアナは目を見ひらいた。

 竜術において詠唱が必要なのはコーラーだけで、ライダーには必要ない――ということは、歌や芝居などで聞いて知っていたが、自分の目で見るのとは、やはり違う。

(それに、古竜と竜騎手ライダーがいないのに、どうやって火球を放つの?)
 だが、考えている余裕はなかった。どん、という鈍い衝撃が、飛竜を通じて伝わってきた。見ると、アーダルではない古竜の一柱が体当たり――いや、バランスを崩して、落ちようとしている。そこに、再び火球が――降ってきた。
「放て矢!」
「来たれ息吹!」
「放て矢!」
「放て矢!」
「起きよ炎!」
「放て矢!」
「放て矢!」
「放て矢!」

 輪唱のように繰り出されるコーラーの詠唱に、つぎつぎと火球が打ち出されていく。あるものはまっすぐに、あるものはなぜか上空で角度を変えて。スピードがあるうえに、反射角でばらばらと降りかかる火球を消すのは、詠唱の必要ないライダーたちにとっても容易ではないはずだ。
 しかも、普段詠唱を行わない彼らには、いま誰がどの火球を消しているのか、とっさにわからないということでもあった。もともとの編成に沿って、すぐに「右斜め前方!」「上空!」などと自分の竜術の方向を声に出すようになったが、そのわずかなタイムロスが、デーグルモールたちに距離を追いつかせるに十分だった。敵方、コーラーたちの数名が、背中からマスケット銃を取りだして構える。

「魔弾だ! 衝撃備えろ!」デイミオンが叫ぶ。
 ぱん、ぱんと乾いた音がしたかと思うと、ひと呼吸ほどの間を置いて、銃弾の雨が降りそそぐ。ほとんどは竜騎手ライダーたちの指の一振りに防がれるが、背後では被弾した音も聞こえる。

「揺れるから、しっかり捕まってください!」
 その言葉を守ってリアナがピーウィの大きな首にしがみつく。フィルはたくみな手綱さばきで矢をよけながら、くるりと身をひるがえらせるようにして一気に銃の射程圏外へ躍り出た。その位置から指示を叫ぶ。
「撃たせるな! 体当たりして飛竜乗りを落とせ!」
「そんな無茶な!」悲鳴を上げたのは、竜騎手ライダーの一人だった。「こちらは飛竜同士だぞ!」
 だが、飛竜を操るフィルの部下たちは巧《たく》みだった。仲間のはずの古竜をうまく盾に使い、その位置から近くの飛竜に体当たりを仕掛ける者もいて、見るとすでに敵の一騎が落ちている。くるくるときりもみしながら竜と乗り手が落ちていくのを、リアナはぼうぜんと見やった。

 それを意に介さず、フィルは竜をアーダルのやや上方近くに寄せた。
「飛竜から体を起こして。今なら弾は届かない」と、手短に指示する。リアナが言う通りにすると、何も言わずに彼女の胴を折って肩に担ぎ、着地の要領でそのまま自分ごとアーダルに飛び移った。
「きゃあっ」沈み込むような感覚がおそろしく、悲鳴をあげてしまった。努めて下を見ないようにするが、ちらりと目に入った視界は地面より雲のほうが近い高さだ。

「黒竜と竜騎手ライダーを連れていない。コーラーだけなら、術具に貯めたエネルギーが切れれば、矢も銃も打ち止めのはずだ」と、デイミオンの声。

 もしそうなら、防ぎきれば逃げられる?
 その考えはリアナだけではなく、全員の頭によぎったに違いない。
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