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3 王都への旅立ち
第17話 計画に変更あり
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食堂では出来たての朝食が用意されていた。とろけるバターと熱い糖蜜がかかったスコーンの山。まだ湯気を立てているベーコンとソーセージからは、食欲をそそる香辛料の匂いがただよってくる。ピッチャーには新鮮なミルクと水が入っていた。
夕食をあまり食べていなかったので、空腹だった。リアナは皿の上にスコーンとベーコンを山盛りに乗せ、ミルクを注いで席に座った。フィルと食べはじめていると、竜騎手たちがやってきて、口々にリアナにあいさつしながら同席してきた。
「よい騎乗でした、殿下。……セズー号はお行儀よくしていましたか?」
レランと呼ばれていた若い騎手が、にこやかに尋ねた。
「はい。ありがとう、レランさん」スコーンを割って、バターに浸す手を止めて、リアナは答えた。「きれいな縞の飛竜ですね」
「レラン卿、です」隣に座っているフィルが、リアナにだけ聞こえるようにこっそりと言った。「竜騎手たちは全員、領土を持つ領主貴族ですから、『卿』とつけて呼ばないと」
しまった。リアナはおのれを罵った。礼儀を知らない田舎者と思われたに違いない。
が、まだ少年の域を脱していないような若い貴族は、リアナの無礼には気づかない様子でしゃべりつづける。
「あの模様は、彼の母方の血筋なんですよ。気質も穏やかで乗りやすいし、体力があって疲れにくい個体なんです。本当は僕も古竜を持ちたいんですが、うちの古竜は叔父が先に相続したので、まだ……」
目を輝かせて竜のことを語るのが、里の若衆みたいでほほえましい。
「皆さんの竜は、どれもとても立派ですね」
「竜騎手と古竜はオンブリアの誇りですから。……もっとも、アーダルと比べるとどうしても、見劣りしてしまいますが」
「アーダルって、デイミオン……卿……の竜?」
「はい。血統も能力も、オンブリア一の名竜ですよ。母はレヘリーン王の玉竜ウルヴェア、あの血統の漆黒の鱗はすばらしいの一言ですよね。体格は巨大で目方は同じ年齢の雄竜の二倍近く。気質は荒々しくて自信に満ちていて、男性的。デイミオン卿にしか乗りこなせないんです」
レランは我がことのように誇らしげに言い、分厚いベーコンを口に運んだ。そのまま、隣の騎手とまた竜の飼育法について熱心に話しはじめる。
(そのデイミオンはどこ?)
リアナは食堂を見まわした。温かいスコーンを口に運んでいると、当の本人が靴音も高く食堂に入ってきた。彼があらわれると、その場にいた全員に緊張感が走る。それほど、圧倒的な存在感があった。体格のいい騎手たちのなかでもとりわけ長身で、紺色の長衣は生まれた時から着ていたようにしっくりと似合う。
ハダルクと呼ばれていた銀髪の竜騎手も隣にいる。年齢や態度からして、デイミオンの副官なのだろう。
「集まっているな?」
デイミオンは、リアナたちのいる一番大きな長机の前まで来ると、「計画に変更がある。食べながら聞け」と命じた。
「ケイエにもう一泊する予定だったが、なしだ。朝食後ただちに出発する」
竜騎手たちは何事かと顔を見合わせながらざわめいている。
「しかし、殿下の旅装を整える予定では?」短い銀髪の竜騎手が尋ねた。「明日の夜の予定だったトーレンの館に今夜逗留するとなれば、あちらもまだ、王位継承者をもてなす準備はできておりますまいし」
(もてなし!?)
リアナは怒りを通りこして、内心あきれた。生まれ育った隠れ里を襲撃され、彼女をのぞく住民全員を殺害されたのは昨日のことなのだ。もてなしがどうだろうと誰も気にしないし、そもそも悠長に準備をしている暇があるものか。
まさか全員、頭にお花の咲いた貴族たちなのか、と観察する。フィルはなんの感情も見せていない。デイミオンは露骨に苛立っている。
「昨日、隠れ里を襲撃したと思われるデーグルモールの集団を国境警備兵が探しているが、見つからない」デイミオンが言った。「ケイエの山中に、まだ潜んでいる可能性がある」
沈黙。竜騎手たちがつばを飲み込む音が聞こえるようだ。
「王都まで二日の旅程とはいえ、こちらには竜の扱いに不慣れな子どももいて、不利だ。早急に出発するほかない。やつらの腹持ちのいい間食《スナック》になりたいというなら話は別だが」
デーグルモールは、竜族を捕食すると言われている。それはリアナのような田舎生まれの子どもでも聞かされている夜のお伽話のようなものだった。
「殿下の竜はどうするのですか?」レランが聞いた。「竜騎手団には予備の竜はいませんし、お借りしようにも領主のエサル公もご不在ですし……」
「レース用の飛竜を一頭借りてある、問題ない。……質問は以上だな?」デイミオンは有無を言わさぬ調子で切り上げた。「では四半刻後に竜舎の前に集合するように。解散」
そして、あっけにとられた竜騎手たちを一顧だにすることなく、食堂を出ていった。
♢♦♢
「待って、デイミオン!」
リアナは食堂の外へ走って、追いついた。
「なんだ?」ようやく無視されることなく振り向いてはいるが、声はきわめて不機嫌そうだ。おまえの相手をしている暇はない、と顔いっぱいに書いてある。「後にしていただきたいな、殿下」
「また、殿下って呼ぶ。嫌だって言ったのに」
「おまえが気にいるかどうかの話じゃない、継承権保持者に対する礼儀の問題だ」
「その話なんだけど」
「呼び方に不満があるなら、聞いてやらんでもないから、後にしろ」まるきり子どもにでも言い聞かせるような口調に、リアナはむっとした。
「そうじゃなくて、継承権保持者っていうところなんだけど」
「……?」
はじめて、デイミオンの顔に疑問符が浮かぶ。「疑わしいのはわかるが、昨晩説明しただろう?」
「そうじゃなくて!」リアナは声をあらげた。
「王位を継ぐかどうか、わたしの意向を聞いていないでしょ!」
「継承権第一位だぞ!?おまえの意向を確認する必要がどこにある!?」リアナにつられたのか、デイミオンの声も大きくなった。「まさか、王になるのが嫌だとでもいうんじゃないだろうな?」
「嫌に決まってるでしょ!」リアナは叫んだ。「わたしはライダーになるの。王様になるなんて予定図はないわよ!」
「なにを馬鹿なことを……」デイミオンは首を振った。「どうしていまになって、そんな話をするんだ?これから出発しようという段になって……」
「わたしの話を聞かなかった、あなたが悪いんじゃない」リアナがぐっと詰めよった。「朝起きてからずっと言おうとしてたのに」
「知るか」
デイミオンは苦い顔をした。「まさか、昨晩勝手に部屋を抜け出して館内をうろついていたのも、それが原因か? タマリスに行かないつもりなのか?」
ここまで自分に手をかけさせておいて、と顔に書いてある。
「ねえ……正直に話しましょうよ。わたしみたいな里育ちの娘が、今日から竜王さまですなんて言われても、なんにもできないわよ。あなただって別にわたしに王になってほしいと思っていないんでしょ?」
リアナは手を振ってジェスチャーをした。「わたしは見つからなかったって報告するわけにはいかないの? そしたら、わたしはここで家族を待てるし、あなたは〈万年王子様〉なんて呼ばれずにすむし……」
「待て」青年の端正な顔がひきつった。「誰が〈万年王子様〉だ? そんな呼び方をされた覚えはないぞ」
「ちょっと違ったかな」リアナはけろりとしている。「ともかく、お互いに悪い話じゃないでしょって言いたかったんだけど」
「……表現は気に食わないが、おまえの言い分にも一理はある」眉間を指でおさえながら、しぶしぶと言う。
「私とて、やる気も能力もない子どもを王にすることが最善だと思っているわけではない。おまえにその気があるなしにかかわらず、いずれ王位を譲り受けるつもりがあったことは認める。能力のない竜王が退位したことについては前例もあるしな」
「なら……」
「だが、おまえをタマリスに連れていく方針は変わりはない。理由は二つある」青年がさえぎった。
「まず、王権の辞退や譲位には〈五公会〉と竜騎手議会の承認にくわえ、しかるべき手続きが必要だ。もしその手順を踏まずにおまえをここに残していくと、私がおまえをどうこうしたと疑われることになる」
「ふむ」
確かに、この男なら朝食を食べながら政敵の首をきゅっとひねるくらいのことはできそうだ。
「もう一つは、おまえが譲位したとして、新しく立つ王太子が誰になるのかによっては、私の政治的立場がおびやかされる可能性がある。今回に限らず、タマリスでは王より王太子が年上というのも珍しくないんだ。五公十家の貴族たちのなかには、王太子などという権力を持たせたくない政敵が山ほどいる。……おまえが王で、私が王太子という立場なら、少なくともそういった駆け引きとは無縁だからな」
要は、扱いやすい小娘だと言われているわけだ。腹を立てていい場面だろうが、リアナは妙に納得してしまう。
イニは、駆け引きは常に相手を選ぶべし、最善の布陣で臨み、交渉の時点ですでに勝敗は決していると思うべし、と教えてくれたけれど……
今のリアナには、相手を選んだり、自分の有利に運ぶような画策をしておく余裕はない。
切り札はたったひとつだけ。王位継承権を持った、扱いやすい田舎出の小娘、という餌だけなのだ。
イニならきっと、そのひとつで十分だ、というだろう。
「あなたとフィルと一緒に、タマリスまで行ってもいい。条件が三つあるわ」
〈摂政王子〉の端正な顔が、抑えきれぬ権力欲に歪むのを、リアナはゆっくりと観察した。
「タマリスにいるあいだに、わたしの養父、イニを探してほしい。見つかったらわたしは帰るから。それから、〈隠れ里〉でほんとうは何が起こったかについても、ちゃんと調査すると約束して。あと……全部が終わったら、みんなのお墓と石碑も作りたい」
リアナの申し出が自分の不利益にならないかをとっくり考える間を置いてから、デイミオンはもったいぶってうなずいた。
「いいだろう。交渉成立だ。タマリスでは余計なことはせず、おとなしくしているんだぞ」
満足して立ち去ろうとした王子様が、ふと振り返って尋ねた。
「ところで、なぜいつも三つなんだ? 質問も三つ、条件も三つ」
「そうしろってイニに習ったの。いつも、『三つある』って言ってから考えるのよ」
夕食をあまり食べていなかったので、空腹だった。リアナは皿の上にスコーンとベーコンを山盛りに乗せ、ミルクを注いで席に座った。フィルと食べはじめていると、竜騎手たちがやってきて、口々にリアナにあいさつしながら同席してきた。
「よい騎乗でした、殿下。……セズー号はお行儀よくしていましたか?」
レランと呼ばれていた若い騎手が、にこやかに尋ねた。
「はい。ありがとう、レランさん」スコーンを割って、バターに浸す手を止めて、リアナは答えた。「きれいな縞の飛竜ですね」
「レラン卿、です」隣に座っているフィルが、リアナにだけ聞こえるようにこっそりと言った。「竜騎手たちは全員、領土を持つ領主貴族ですから、『卿』とつけて呼ばないと」
しまった。リアナはおのれを罵った。礼儀を知らない田舎者と思われたに違いない。
が、まだ少年の域を脱していないような若い貴族は、リアナの無礼には気づかない様子でしゃべりつづける。
「あの模様は、彼の母方の血筋なんですよ。気質も穏やかで乗りやすいし、体力があって疲れにくい個体なんです。本当は僕も古竜を持ちたいんですが、うちの古竜は叔父が先に相続したので、まだ……」
目を輝かせて竜のことを語るのが、里の若衆みたいでほほえましい。
「皆さんの竜は、どれもとても立派ですね」
「竜騎手と古竜はオンブリアの誇りですから。……もっとも、アーダルと比べるとどうしても、見劣りしてしまいますが」
「アーダルって、デイミオン……卿……の竜?」
「はい。血統も能力も、オンブリア一の名竜ですよ。母はレヘリーン王の玉竜ウルヴェア、あの血統の漆黒の鱗はすばらしいの一言ですよね。体格は巨大で目方は同じ年齢の雄竜の二倍近く。気質は荒々しくて自信に満ちていて、男性的。デイミオン卿にしか乗りこなせないんです」
レランは我がことのように誇らしげに言い、分厚いベーコンを口に運んだ。そのまま、隣の騎手とまた竜の飼育法について熱心に話しはじめる。
(そのデイミオンはどこ?)
リアナは食堂を見まわした。温かいスコーンを口に運んでいると、当の本人が靴音も高く食堂に入ってきた。彼があらわれると、その場にいた全員に緊張感が走る。それほど、圧倒的な存在感があった。体格のいい騎手たちのなかでもとりわけ長身で、紺色の長衣は生まれた時から着ていたようにしっくりと似合う。
ハダルクと呼ばれていた銀髪の竜騎手も隣にいる。年齢や態度からして、デイミオンの副官なのだろう。
「集まっているな?」
デイミオンは、リアナたちのいる一番大きな長机の前まで来ると、「計画に変更がある。食べながら聞け」と命じた。
「ケイエにもう一泊する予定だったが、なしだ。朝食後ただちに出発する」
竜騎手たちは何事かと顔を見合わせながらざわめいている。
「しかし、殿下の旅装を整える予定では?」短い銀髪の竜騎手が尋ねた。「明日の夜の予定だったトーレンの館に今夜逗留するとなれば、あちらもまだ、王位継承者をもてなす準備はできておりますまいし」
(もてなし!?)
リアナは怒りを通りこして、内心あきれた。生まれ育った隠れ里を襲撃され、彼女をのぞく住民全員を殺害されたのは昨日のことなのだ。もてなしがどうだろうと誰も気にしないし、そもそも悠長に準備をしている暇があるものか。
まさか全員、頭にお花の咲いた貴族たちなのか、と観察する。フィルはなんの感情も見せていない。デイミオンは露骨に苛立っている。
「昨日、隠れ里を襲撃したと思われるデーグルモールの集団を国境警備兵が探しているが、見つからない」デイミオンが言った。「ケイエの山中に、まだ潜んでいる可能性がある」
沈黙。竜騎手たちがつばを飲み込む音が聞こえるようだ。
「王都まで二日の旅程とはいえ、こちらには竜の扱いに不慣れな子どももいて、不利だ。早急に出発するほかない。やつらの腹持ちのいい間食《スナック》になりたいというなら話は別だが」
デーグルモールは、竜族を捕食すると言われている。それはリアナのような田舎生まれの子どもでも聞かされている夜のお伽話のようなものだった。
「殿下の竜はどうするのですか?」レランが聞いた。「竜騎手団には予備の竜はいませんし、お借りしようにも領主のエサル公もご不在ですし……」
「レース用の飛竜を一頭借りてある、問題ない。……質問は以上だな?」デイミオンは有無を言わさぬ調子で切り上げた。「では四半刻後に竜舎の前に集合するように。解散」
そして、あっけにとられた竜騎手たちを一顧だにすることなく、食堂を出ていった。
♢♦♢
「待って、デイミオン!」
リアナは食堂の外へ走って、追いついた。
「なんだ?」ようやく無視されることなく振り向いてはいるが、声はきわめて不機嫌そうだ。おまえの相手をしている暇はない、と顔いっぱいに書いてある。「後にしていただきたいな、殿下」
「また、殿下って呼ぶ。嫌だって言ったのに」
「おまえが気にいるかどうかの話じゃない、継承権保持者に対する礼儀の問題だ」
「その話なんだけど」
「呼び方に不満があるなら、聞いてやらんでもないから、後にしろ」まるきり子どもにでも言い聞かせるような口調に、リアナはむっとした。
「そうじゃなくて、継承権保持者っていうところなんだけど」
「……?」
はじめて、デイミオンの顔に疑問符が浮かぶ。「疑わしいのはわかるが、昨晩説明しただろう?」
「そうじゃなくて!」リアナは声をあらげた。
「王位を継ぐかどうか、わたしの意向を聞いていないでしょ!」
「継承権第一位だぞ!?おまえの意向を確認する必要がどこにある!?」リアナにつられたのか、デイミオンの声も大きくなった。「まさか、王になるのが嫌だとでもいうんじゃないだろうな?」
「嫌に決まってるでしょ!」リアナは叫んだ。「わたしはライダーになるの。王様になるなんて予定図はないわよ!」
「なにを馬鹿なことを……」デイミオンは首を振った。「どうしていまになって、そんな話をするんだ?これから出発しようという段になって……」
「わたしの話を聞かなかった、あなたが悪いんじゃない」リアナがぐっと詰めよった。「朝起きてからずっと言おうとしてたのに」
「知るか」
デイミオンは苦い顔をした。「まさか、昨晩勝手に部屋を抜け出して館内をうろついていたのも、それが原因か? タマリスに行かないつもりなのか?」
ここまで自分に手をかけさせておいて、と顔に書いてある。
「ねえ……正直に話しましょうよ。わたしみたいな里育ちの娘が、今日から竜王さまですなんて言われても、なんにもできないわよ。あなただって別にわたしに王になってほしいと思っていないんでしょ?」
リアナは手を振ってジェスチャーをした。「わたしは見つからなかったって報告するわけにはいかないの? そしたら、わたしはここで家族を待てるし、あなたは〈万年王子様〉なんて呼ばれずにすむし……」
「待て」青年の端正な顔がひきつった。「誰が〈万年王子様〉だ? そんな呼び方をされた覚えはないぞ」
「ちょっと違ったかな」リアナはけろりとしている。「ともかく、お互いに悪い話じゃないでしょって言いたかったんだけど」
「……表現は気に食わないが、おまえの言い分にも一理はある」眉間を指でおさえながら、しぶしぶと言う。
「私とて、やる気も能力もない子どもを王にすることが最善だと思っているわけではない。おまえにその気があるなしにかかわらず、いずれ王位を譲り受けるつもりがあったことは認める。能力のない竜王が退位したことについては前例もあるしな」
「なら……」
「だが、おまえをタマリスに連れていく方針は変わりはない。理由は二つある」青年がさえぎった。
「まず、王権の辞退や譲位には〈五公会〉と竜騎手議会の承認にくわえ、しかるべき手続きが必要だ。もしその手順を踏まずにおまえをここに残していくと、私がおまえをどうこうしたと疑われることになる」
「ふむ」
確かに、この男なら朝食を食べながら政敵の首をきゅっとひねるくらいのことはできそうだ。
「もう一つは、おまえが譲位したとして、新しく立つ王太子が誰になるのかによっては、私の政治的立場がおびやかされる可能性がある。今回に限らず、タマリスでは王より王太子が年上というのも珍しくないんだ。五公十家の貴族たちのなかには、王太子などという権力を持たせたくない政敵が山ほどいる。……おまえが王で、私が王太子という立場なら、少なくともそういった駆け引きとは無縁だからな」
要は、扱いやすい小娘だと言われているわけだ。腹を立てていい場面だろうが、リアナは妙に納得してしまう。
イニは、駆け引きは常に相手を選ぶべし、最善の布陣で臨み、交渉の時点ですでに勝敗は決していると思うべし、と教えてくれたけれど……
今のリアナには、相手を選んだり、自分の有利に運ぶような画策をしておく余裕はない。
切り札はたったひとつだけ。王位継承権を持った、扱いやすい田舎出の小娘、という餌だけなのだ。
イニならきっと、そのひとつで十分だ、というだろう。
「あなたとフィルと一緒に、タマリスまで行ってもいい。条件が三つあるわ」
〈摂政王子〉の端正な顔が、抑えきれぬ権力欲に歪むのを、リアナはゆっくりと観察した。
「タマリスにいるあいだに、わたしの養父、イニを探してほしい。見つかったらわたしは帰るから。それから、〈隠れ里〉でほんとうは何が起こったかについても、ちゃんと調査すると約束して。あと……全部が終わったら、みんなのお墓と石碑も作りたい」
リアナの申し出が自分の不利益にならないかをとっくり考える間を置いてから、デイミオンはもったいぶってうなずいた。
「いいだろう。交渉成立だ。タマリスでは余計なことはせず、おとなしくしているんだぞ」
満足して立ち去ろうとした王子様が、ふと振り返って尋ねた。
「ところで、なぜいつも三つなんだ? 質問も三つ、条件も三つ」
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