リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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3 王都への旅立ち

第16話 はじめての飛行訓練

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 レランと呼ばれた若者の竜、セズー号は、持ち主同様にまだ若い飛竜だった。淡い黄褐色の身体で、背中から胴にかけて、特徴的な黒色の縞がある。

「いい子ね」リアナは右腕をそっと差しだし、自分の匂いに慣れさせる。飛竜はふんふんと匂いを嗅いだ。フィルは隣で装備を点検し、腹帯に緩みがないか引っ張って確認している。
(いよいよ、竜に乗るんだわ)
 リアナは大きく深呼吸をした。隠れ里にいたころから、騎手になるのが夢だった。こんな形で成就してほしかったわけではないが、それでも、興奮を抑えられない。

 フィルはそんな彼女を背後で見ている。
 リアナが手綱をつかんであぶみに足をかけようとすると、背後から両手ですねをつかみ、タイミングよく鞍にまたがらせる。そしてあぶみの長さをチェックし、あらためて腹帯を確認して、自分もさっと騎乗した。

 フィルが合図をすると、飛竜はとっとっ、と歩きだした。
「怖くないですか?」
 背後からまたがった青年が、そう言う。
「竜に乗るのが? まさか」リアナは笑った。

「いや。俺のこと」フィルの声は穏やかだが、真剣だった。「さっきの、シメオン卿たちの話を聞いていたでしょう? 〈ハートレス〉が騎乗するのを、不吉だっていうライダーは多い」
「そうね」否定せず、少し考えてから言った。「〈ハートレス〉は、竜に乗れないと思ってた」
「乗れますよ。飛竜にも、走り竜ストライダーにもね。もちろん古竜は無理だけど」
 知らないことがたくさんある、とリアナは思った。その1、〈ハートレス〉は実在するし、竜にも乗れる。
「わたし、ずっと〈乗り手ライダー〉になりたいと思ってきたから、もし成人の儀で〈ハートレス〉だと言われたらどうしようって思って、怖かった。……それ以上考えたことなかったの」
「そう」
「これから一緒に旅するわけだし、あなたのこと知らなくちゃ。〈ハートレス〉のことも、〈ウルムノキアの救世主セイヴィア〉も、〈竜殺しスレイヤー〉も……どうして、そんなにたくさん呼び名があるわけ? しかも、すごく仰々しいわ」
「知りたい?」
「教えてくれるの?」
「あなたが望むなら、もちろん」少しだけ、からかうような色がある。リアナは初めての騎乗でもあり、余裕がない。前の地面から目をはずさないまま、「……でも、今じゃないよね?」と返した。
「そうだね」青年はくすくす笑っている。「手綱はもう少しゆるめて」
「こう?」
「そう。それでいい。……はじめてにしては、慣れてますよ。飼育の経験があるのがいいのかな。……じゃあ、飛びますよ」
 さらりと声をかけると、フィルがあぶみを蹴った。飛竜が飛び上がる。風が強くなって、ふわりとお腹が持ち上がるような、未知の感覚がリアナを襲った。
「わっ、浮いた!」

 飛びつ、降りつを繰り返していた飛竜は、フィルの合図でしだいに高度を上げていった。リアナの腰の下の大きな筋肉が動き、二、三度力強く羽ばたくと、ぐいぐいと上昇していく。あっという間に、竜舎の屋根を見下ろす位置まで上がってしまう。
「こんなに高く!」
 興奮して、自分でも驚くほど大きな声が出た。

 上から見ると、竜舎は五枚の花弁を持つ花びらのように配置されていた。飛竜は向きを変え、滑空しながらさらに上昇する。
 思ったよりも近くに、ケイエを守る石の城壁がのびていた。配置された兵たちは芥子けしの種ほど小さい。
 そして、目に飛びこんでくる――耕地があり、休閑地があり、草地がある。ヒースの野原に農園に……しだいに小さく、緑と茶と、その中間の色をはぎ合わせた布地のような景色になっていく。丘陵きゅうりょうの青々とした草を、小さな雌牛たちが食んでいる。すぐ真上を飛ぶのは、食欲旺盛な古竜から家畜を守る役目の飛竜だろう。
「寒い! すごい!」
 リアナは思わず歓声をあげた。風がびょうびょうと頬をなぶり、髪をあちこちになびかせる。



 二人の飛行訓練を、竜騎手ライダーたちが地上で眺めている。
 もっとも、危なっかしい二人と一匹が気になって仕方がないのは一般の竜騎手ライダーだけで、上司たるハダルク卿は警備兵たちの報告を聞くのに忙しかった。さらに竜騎手ライダーの長であるデイミオン卿はといえば、報告を聞くことにくわえて軽食を口に詰め込むという作業もこなしているため、ほとんどそちらには無関心だった。

「飛竜にお乗りになるのがはじめてだとは」年輩の竜騎手ライダー、シメオンが言う。
「リアナ殿下が即位なされば、古竜の伝統はますます廃れていくかもしれん」
 頭をふりふり嘆くのに、騎手団の副長ハダルクが目でたしなめた。が、肝心の上官デイミオンは飛行訓練をちらりと見やると「ひどい有様だろうな」と同調した。王族だろうが五公相手だろうが、基本的に傍若無人な男なのだ。苦労の多いハダルクがそっと嘆息したのに気づく者はいない。


 黒山のような古竜、アーダルは、ゆったりと香箱を作ってやはり飛行訓練を眺めているようだ。そのアーダルの世話をしていたレランが寄ってきて、ハダルクに向かって不満げな顔をみせた。
「……でも、王になられる方なのですから、古竜にお乗りになるべきです。飛竜などではなく」
「まこと」シメオンがろうろうたる声で同調した。「古竜こそ、竜族の誇り高い王を乗せるのにふさわしい。飛竜など荷運びにしかならん。竜王を侮辱しておる」

 が、デイミオンは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「女子ども一人乗せるのに古竜も飛竜もあるか。あんな子ども、鞍袋サドルバッグほどの重さもないだろうが」

 サドルバッグ……。
 見た目に反して笑いの沸点が低いハダルクは、頬の内側で笑いを噛み殺すのに苦労した。上空で鈴が鳴るような笑い声を立てている少女は、確かにとても軽そうだ。それにしても、近い将来王として仕えるはずの少女を、サドルバッグとは。ぷくく。

 昨夜の残りの堅いパンにハムとチーズを挟んだ、栄養面はともかく味も見た目も王族にふさわしからぬ朝食を、デイミオンは文句もなくあっさり食べおえた。即席のサンドイッチを作ったのはハダルクのせめてもの老婆心からであるが、もう少し待てば焼きたてのスコーンと分厚いベーコンの朝食が食べられるのに、と竜騎手たちの半分ほどが思っている。
 当の本人はぱんぱんと手をはたいてパンくずを落とした。
「第一、あんなデカブツに継承権第一位の者を乗せておくなど、的を大きくして当ててくれと言うようなものだ。……昨日も説明しただろう。おまえの頭はなんだ、脳の代わりに肉餡でも詰まっているのか」

 怒鳴るでもなく淡々と罵倒されたレランは、仔ウサギのごとく縮みあがった。
「も、申し訳ありません! 閣下!」
「いいから他の竜の世話もしておけ。アーダルに構いすぎるな。……新参者をからかって遊ぶ悪癖があるんだ、あの竜には」
 駆け去ったレランの背中に向かって、デイミオンは小さく嘆息した。

 
 フィルは高度を下げはじめ、見慣れた景色に戻っていく。もっと竜に乗っていたかったリアナはがっかりした顔を隠さなかったが、「これから、いやっていうほど乗ることになるんだから」となだめられた。
 まだ指先くらいの大きさにしか見えない遠くで、デイミオンが手をふって何かを合図していた。降りろということらしい。

 着陸のときの衝撃も、リアナにははじめてで新鮮だった。お腹がふわりと持ちあがるような感じがした。地面に降りるスピードに、身体が追いついていないのかもしれない。どさっという音とともにセズー号が沈みこみ、着地の衝撃を吸収してから身体を起こした。
「怖くなかったですか?」
 先に降りたフィルに、抱きかかえられるようにして降ろされる。リアナは笑った。「いいえ」
「あの高さとスピードが怖くないなんて、大したものだと思うよ」
「あなたのことも怖くないわ、フィル」
 地面に降りたばかりのリアナは、軽くよろめいたが、跳ねるように竜騎手たちのもとへ歩いていった。待機していたレランに手綱を渡したフィルは、一瞬動きを止めて、その背中を見送った。
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