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5 王都タマリス
第30話 エピファニー 1
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〈継承の儀〉を終えた翌日。
リアナとフィルは、再び〈御座所〉に来ていた。ただし、今回は竜騎手の護衛はなく、公式の訪問でもない。
書庫で出会った少年、ファニーに会いに来たのだった。
前回の訪問で、〈御座所〉に新しい王として認められたその後。
リアナは、王太子という自分の立場をこの少年に打ち明けることにした。王城までやってきたのは、そもそも王になるためではない。目的は自分が育った〈隠れ里〉の襲撃の真相について調べることと、そして自分の出自について知ること、だ。王城では教えてくれそうな人を見つけられなかったし、掬星城には書籍そのものがほとんど見当たらなかった。史料類のほとんどはここ、〈御座所〉の書庫に収められている。そして、青の神官たちは驚くほどその史料に無頓着だったため、思いつく限りでリアナが頼れそうな人物はこの少年だけだったのだ。
幸い、少年は「なるべく貴族扱いをしないでほしい」という彼女の願いを聞いてくれたので、フィルの護衛付きとはいえ、こうやって気軽に訪ねることができるようになった。
「あの水びたし、最初は、アーシャ姫がやったんじゃないかと思ったのよね」
ファニーと名乗った少年を前に、リアナはまず、そう切り出した。
「青の乗り手の総元締めはエンガス卿とアーシャ姫なわけでしょ。〈御座所〉にいる神官たちは、その部下みたいなものだろうし」
「嫌がらせされる心当たりが?」
「むっちゃある」
アーシャ姫の父エンガス卿は、五公会でデイミオンとともに彼女の譲位を認める側についていた。アーシャ姫との婚約関係からも、両者の間に政治的つながりがあることは明白だ。
しかも、アーシャ姫にはなぜか個人的にも嫌われている。今朝も今朝とて、「王太子ともなると、お忙しくていらっしゃるのね……まあ、眉の上に吹き出物が」などと地味に腹立たしい指摘をしてきた。なぜ王城にいるのかと尋ねれば、「デイミオン卿と野掛けに行く約束ですの」とにこやかに返してくる。リアナを羨ましがらせたい意図が透けて見えたが、残念ながら歯噛みして悔しがる要素はひとつもない。サンドイッチを二口で食べたあと、「景色も見たし帰る」と言いかねないのがリアナの知るデイミオンだ。
「……でも、それだとちょっと弱いのよね、『新米の王太子に陰湿な嫌がらせをする姫君』としては。儀式そのものは何事もなくスムーズに終わったし。あれが嫌がらせなら、そもそも間近で見てないと面白くないわけだけど、アーシャ姫はあの場にいなかったし」
リアナが視線を送ると、ファニーは感情の読み取りづらい微笑みを浮かべた。
「そうだよ。儀式の間を水びたしにしたのは、僕」
あっさりと首肯して、「理由は? どう推測した?」と続けた。
「それは……」
リアナは考え考え言った。
「竜騎手たちに竜術を使わせるための口実を作った。神官たちには、床を乾かす術は使えないから、黒の竜騎手たちに頼むだろうと思った……たぶん、あの部屋にはある種の竜術を防ぐような別の術がかかっていたんじゃないの? わたしが継承の儀式に失敗するような、なにかの術……だからハダルクたちに竜術を使わせないようにしていた……本当の嫌がらせは、そっち?」
憶測混じりの推論でしかなかったが、少年は「そうそう」と満足げだ。
「あの部屋にかかっていたのは、君の〈呼ばい〉を妨害するような通信兵の術。あれがそのままだったら、君は託宣を得るのに失敗したかもしれない。
それほど強い術じゃなかったから、解除するのは難しくないんだけど、術を使ったのを知られたくなかったんだ。この神殿で、黄の竜騎手たちは冷遇されているからね……それに、君とああやって話す場を作ることもできたし」
「あなたは、黄の竜騎手……」
人文と天文学を司る、黄の竜術士たち。少しばかり竜術の勉強をした今ではわかるが、オンブリアでは地味な存在と言える。もともと、長命な竜族は知識の伝承に人間ほど熱心ではなく、学術的な研究よりも詩や歌を好む傾向にある。さらに、エリサ王の時代に黄の竜騎手たちに大きな不祥事があったとかで、排斥される傾向がさらに強まったのだとか。
冷遇に耐えかねて吟遊詩人や暦読み、占い師などに職替えした文官たちもいるという。そんなふうに、いくらか風通しの良くなった黄の竜術士のなかに、名家の後ろだてもない孤児ながら、めきめきと頭角を現す一人の少年がいた。小柄だが負けん気と知的好奇心の強い彼は、周囲が勝手に名付けた名を拒否して、みずからを〈知の顕現〉と呼ぶようになった――そう、ファニーは自身の来歴を説明した。
リアナとフィルは、再び〈御座所〉に来ていた。ただし、今回は竜騎手の護衛はなく、公式の訪問でもない。
書庫で出会った少年、ファニーに会いに来たのだった。
前回の訪問で、〈御座所〉に新しい王として認められたその後。
リアナは、王太子という自分の立場をこの少年に打ち明けることにした。王城までやってきたのは、そもそも王になるためではない。目的は自分が育った〈隠れ里〉の襲撃の真相について調べることと、そして自分の出自について知ること、だ。王城では教えてくれそうな人を見つけられなかったし、掬星城には書籍そのものがほとんど見当たらなかった。史料類のほとんどはここ、〈御座所〉の書庫に収められている。そして、青の神官たちは驚くほどその史料に無頓着だったため、思いつく限りでリアナが頼れそうな人物はこの少年だけだったのだ。
幸い、少年は「なるべく貴族扱いをしないでほしい」という彼女の願いを聞いてくれたので、フィルの護衛付きとはいえ、こうやって気軽に訪ねることができるようになった。
「あの水びたし、最初は、アーシャ姫がやったんじゃないかと思ったのよね」
ファニーと名乗った少年を前に、リアナはまず、そう切り出した。
「青の乗り手の総元締めはエンガス卿とアーシャ姫なわけでしょ。〈御座所〉にいる神官たちは、その部下みたいなものだろうし」
「嫌がらせされる心当たりが?」
「むっちゃある」
アーシャ姫の父エンガス卿は、五公会でデイミオンとともに彼女の譲位を認める側についていた。アーシャ姫との婚約関係からも、両者の間に政治的つながりがあることは明白だ。
しかも、アーシャ姫にはなぜか個人的にも嫌われている。今朝も今朝とて、「王太子ともなると、お忙しくていらっしゃるのね……まあ、眉の上に吹き出物が」などと地味に腹立たしい指摘をしてきた。なぜ王城にいるのかと尋ねれば、「デイミオン卿と野掛けに行く約束ですの」とにこやかに返してくる。リアナを羨ましがらせたい意図が透けて見えたが、残念ながら歯噛みして悔しがる要素はひとつもない。サンドイッチを二口で食べたあと、「景色も見たし帰る」と言いかねないのがリアナの知るデイミオンだ。
「……でも、それだとちょっと弱いのよね、『新米の王太子に陰湿な嫌がらせをする姫君』としては。儀式そのものは何事もなくスムーズに終わったし。あれが嫌がらせなら、そもそも間近で見てないと面白くないわけだけど、アーシャ姫はあの場にいなかったし」
リアナが視線を送ると、ファニーは感情の読み取りづらい微笑みを浮かべた。
「そうだよ。儀式の間を水びたしにしたのは、僕」
あっさりと首肯して、「理由は? どう推測した?」と続けた。
「それは……」
リアナは考え考え言った。
「竜騎手たちに竜術を使わせるための口実を作った。神官たちには、床を乾かす術は使えないから、黒の竜騎手たちに頼むだろうと思った……たぶん、あの部屋にはある種の竜術を防ぐような別の術がかかっていたんじゃないの? わたしが継承の儀式に失敗するような、なにかの術……だからハダルクたちに竜術を使わせないようにしていた……本当の嫌がらせは、そっち?」
憶測混じりの推論でしかなかったが、少年は「そうそう」と満足げだ。
「あの部屋にかかっていたのは、君の〈呼ばい〉を妨害するような通信兵の術。あれがそのままだったら、君は託宣を得るのに失敗したかもしれない。
それほど強い術じゃなかったから、解除するのは難しくないんだけど、術を使ったのを知られたくなかったんだ。この神殿で、黄の竜騎手たちは冷遇されているからね……それに、君とああやって話す場を作ることもできたし」
「あなたは、黄の竜騎手……」
人文と天文学を司る、黄の竜術士たち。少しばかり竜術の勉強をした今ではわかるが、オンブリアでは地味な存在と言える。もともと、長命な竜族は知識の伝承に人間ほど熱心ではなく、学術的な研究よりも詩や歌を好む傾向にある。さらに、エリサ王の時代に黄の竜騎手たちに大きな不祥事があったとかで、排斥される傾向がさらに強まったのだとか。
冷遇に耐えかねて吟遊詩人や暦読み、占い師などに職替えした文官たちもいるという。そんなふうに、いくらか風通しの良くなった黄の竜術士のなかに、名家の後ろだてもない孤児ながら、めきめきと頭角を現す一人の少年がいた。小柄だが負けん気と知的好奇心の強い彼は、周囲が勝手に名付けた名を拒否して、みずからを〈知の顕現〉と呼ぶようになった――そう、ファニーは自身の来歴を説明した。
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