43 / 80
5 王都タマリス
第30話 エピファニー 3
しおりを挟む
「……で、目の前の壁が左右に割れて、その奥の廟が見えたの」
「門のなかに?」
「うーん、門とは違うかな。背が低い、黒い石が切り株みたいに並んでて。夜光るキノコみたいにぼんやり光っててね」
「ふーん……」
少年は華奢なあごに手をやって、なにやら考え込んでいる。「興味深い」
話がひと段落すると、ファニーは二人と一匹を、史料棚の合間にある細い階段へと誘った。高いところにある史料を取るための梯子のように見えたが、昇ってみると中二階があり、清掃用の道具入れや、史料の補修用の布切れなどがきれいに整理されて置かれていた。言ってみれば物置きだ。小柄なリアナとファニーにはちょうどいい秘密基地のようなサイズだが、成人男性の体格であるフィルは頭がつかえそうになっている。
「下働きをしていると、休憩するのにちょうどいい場所には目ざとくなってね。ここはちょっとした個人授業にはぴったりの場所だと思うよ。必要な資料はすぐに下から持ってこられるし」言いながら、古布を置いて椅子のように見せかけている木箱の蓋をあけた。「お菓子もため込んであるし」
中をのぞいたリアナは笑った。
二人はお菓子を食べながら、ファニーが「授業」の準備をするのを手伝った。フィルはさりげなく毒見をして、「これ、おいしいですよ」と言ってリアナに渡した。
「でも、驚いたよ。君が『個人授業をしてほしい』、なんて」
ファニーが言う。「君には専属の学者がついているはずだけど」
「そうなんだけど……なんだか儀礼的な話が多くて、ぴんとこなくて」
「ふむ。必要なのは……」少年は指折り数える。
「王権について、それに王と諸侯の役割について、先の戦争について、南北格差について、〈ハートレス〉のこと、竜のこと……だったっけ。楽しそうだけど、ずいぶん長い個人授業になりそうだ」
ファニーは部屋の片隅に丸めて立ててあった大判の紙を広げた。
「個人授業に必須のものといえば、地図でしょう。今日はまず地図を作ろう」
フィルが教本を持ち、リアナがお手本を数倍に拡大する形で、大陸や山脈、川を描き込んでいく。
「オンブリアの地形ってレース編みみたい、描くの大変だね」
「そうだね、そのレース編みの穴になった部分は湖や川だ。オンブリアのとくに北部は寒冷湿潤な気候、主たる作物は小麦だけど、南部に比べると育ちにくい。……南部は温暖で、川沿いではどんな作物もよく育つけど、南端から東部を人間の国ふたつと接している。国の名前は?」
「アエディクラとイーゼンテルレ」
「そう。イーゼンテルレのほうが小さいね? こちらは公国で、宗主国はアエディクラになる。もともとは、ケイエのあたりまでがイティージエンという巨大な人間の帝国だったんだよ。先の大戦で竜王エリサ、つまり君の母上が帝国を打ち破り、国は分割されてオンブリアに吸収されたり、それぞれ小さな王国になった……次はそれぞれの首都と王城を描き込んでいくよ」
ファニーの教え方はわかりやすく、質問を挟んでの小一時間ほどがあっという間に過ぎた。もっとも、サラートの教え方が悪いというのも失礼だろう。辺境の里で育ったリアナには、王国に関する基礎的な知識すら抜け落ちている。まずはそこを埋めるのが先だった。
「門のなかに?」
「うーん、門とは違うかな。背が低い、黒い石が切り株みたいに並んでて。夜光るキノコみたいにぼんやり光っててね」
「ふーん……」
少年は華奢なあごに手をやって、なにやら考え込んでいる。「興味深い」
話がひと段落すると、ファニーは二人と一匹を、史料棚の合間にある細い階段へと誘った。高いところにある史料を取るための梯子のように見えたが、昇ってみると中二階があり、清掃用の道具入れや、史料の補修用の布切れなどがきれいに整理されて置かれていた。言ってみれば物置きだ。小柄なリアナとファニーにはちょうどいい秘密基地のようなサイズだが、成人男性の体格であるフィルは頭がつかえそうになっている。
「下働きをしていると、休憩するのにちょうどいい場所には目ざとくなってね。ここはちょっとした個人授業にはぴったりの場所だと思うよ。必要な資料はすぐに下から持ってこられるし」言いながら、古布を置いて椅子のように見せかけている木箱の蓋をあけた。「お菓子もため込んであるし」
中をのぞいたリアナは笑った。
二人はお菓子を食べながら、ファニーが「授業」の準備をするのを手伝った。フィルはさりげなく毒見をして、「これ、おいしいですよ」と言ってリアナに渡した。
「でも、驚いたよ。君が『個人授業をしてほしい』、なんて」
ファニーが言う。「君には専属の学者がついているはずだけど」
「そうなんだけど……なんだか儀礼的な話が多くて、ぴんとこなくて」
「ふむ。必要なのは……」少年は指折り数える。
「王権について、それに王と諸侯の役割について、先の戦争について、南北格差について、〈ハートレス〉のこと、竜のこと……だったっけ。楽しそうだけど、ずいぶん長い個人授業になりそうだ」
ファニーは部屋の片隅に丸めて立ててあった大判の紙を広げた。
「個人授業に必須のものといえば、地図でしょう。今日はまず地図を作ろう」
フィルが教本を持ち、リアナがお手本を数倍に拡大する形で、大陸や山脈、川を描き込んでいく。
「オンブリアの地形ってレース編みみたい、描くの大変だね」
「そうだね、そのレース編みの穴になった部分は湖や川だ。オンブリアのとくに北部は寒冷湿潤な気候、主たる作物は小麦だけど、南部に比べると育ちにくい。……南部は温暖で、川沿いではどんな作物もよく育つけど、南端から東部を人間の国ふたつと接している。国の名前は?」
「アエディクラとイーゼンテルレ」
「そう。イーゼンテルレのほうが小さいね? こちらは公国で、宗主国はアエディクラになる。もともとは、ケイエのあたりまでがイティージエンという巨大な人間の帝国だったんだよ。先の大戦で竜王エリサ、つまり君の母上が帝国を打ち破り、国は分割されてオンブリアに吸収されたり、それぞれ小さな王国になった……次はそれぞれの首都と王城を描き込んでいくよ」
ファニーの教え方はわかりやすく、質問を挟んでの小一時間ほどがあっという間に過ぎた。もっとも、サラートの教え方が悪いというのも失礼だろう。辺境の里で育ったリアナには、王国に関する基礎的な知識すら抜け落ちている。まずはそこを埋めるのが先だった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる