リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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間章

竜の出産とデイミオン卿の憂さ晴らし 5

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ⅳ.

 ようやくアーシャから解放されたのは夕食後だった。式典の打ち合わせはひとつも進んでおらず、机の上には今日中に彼の裁可を求める書類がうずたかく積もっている。デイミオンは疲労しきって竜舎に向かった。謹慎きんしんと療養を兼ね、アーダルを竜医師に預けているのだ。数日ぶりに様子を見に行くつもりだった。

 夜の竜舎はぽつぽつと壁掛けのランプが灯り、静かななかにもそこここに竜の気配があった。クルルル……と低く喉を鳴らす声が聞こえる。ささくれた心が多少ほぐれるようだ。
 竜は家族というよりは政争の道具であると割り切った考えをするよう心がけてはいるが、デイミオンは竜が好きだった。アーシャは「竜と心を通わせておられるのね」などと世辞を言うが、かれ自身は竜と心が通じるなどと思ったことはない。竜は力の化身だ。理不尽なほどに巨大で、はかりしれない力を持つ生物。それを御しきれるかどうかは竜族の血と強い意志によっている。デイミオンほどの血筋と力をもってさえ、力ある古い竜を制御するのには非常な困難をともない、それに失敗すれば先日のような暴走をまねく。ただ、そういう点を含めても、やはり竜にはあらがいがたい魅力がある、と思う。

 竜医師とその助手の青年が起居する部屋に入ったデイミオンは、思わず目を見開いた。入口付近に寄りかかって座る弟の姿があったからだ。毛布を身体に巻きつけ、胸の前に剣を抱くようにして瞑目していたが、眠ってはいなかったらしく、顔を上げて兄の姿を見る。と、うっすらと笑んで口元に指をあてた。静かにしろという意味らしい。
 その理由は問うまでもなくわかった。部屋の奥、ふだん竜医師が仮眠するのに使っている長椅子に、リアナが眠っていた。フィルのものと同じく清潔だが粗末な毛布から、金茶の巻毛がこぼれだしている。手を丸めてすやすやと眠る姿が、どうにも子どもっぽい。
 そして、診察台の上でやはり布切れにくるまってうずくまる幼竜を見て、彼女がここにいる理由もわかった。
「ケガか?」
「いや、腹具合が悪かったらしい」
「原因は」
「神経性の胃腸炎だとかで」
 デイミオンはため息を漏らした。幼竜こどもだから、すこしの体調不良でも竜医師に診せるのはまあいいとして、これから王になろうかという身でこんな場所で夜を明かすのは自覚が足りないとしかいいようがない。いつもの彼ならお説教の一つもくれてやっただろうが、あいにく今夜は疲れすぎていた。
「警備状況を知らせずにすまない。自室で寝るつもりだったらしいんだけど、あとでやっぱり気になったみたいで」
「まあ、おまえがついているならいいだろう。……ロラン先生はどうした?」
「急患もいないし今日は帰るって。タビサがいま食事をもらいに行ってるよ」
「そうか……ん?」うなずいて踵を返したデイミオンは、背中のあたりに何かがこすりつけられる感触で振り返った。羽毛も抜けきらないちいさな幼竜が、伸びあがって頭を押しつけてくる。
「どうした?」
 頭を撫でてやると、ますますぐいぐいと押しつけてくるしぐさが、いかにも幼い竜らしかった。うれしいのか目を細めて、ガッガッと甘え鳴きをしている。
「さっきから元気なんだ、退屈してるみたいで」
「そうはいっても病後だろう、……ほらおまえ、甘えるな」
 言いながらも構ってやっているあたり、やはり竜好きだなとフィルにもばれている。厳しいようでいて、特に弱いものや小さいものには優しい。
 そもそも、リアナのことにしたって、自分が王位に就くためには邪魔な人物のはずなのに、警備上の務めはきちんと果たして守っているのだ。そのあたりの冷酷になりきれなさがこの男の美点だろう。
「なにを笑っている」「べつに」

 弟の思惑になどさほど頓着しない兄は、腕を昇ってこようとする幼竜を無造作に肩に乗せて、
「……仕方ないな、散歩に来るか? アーダルを見回るだけだぞ」
 と出ていった。フィルはこらえきれずにくっくと笑っている。
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