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間章
竜の出産とデイミオン卿の憂さ晴らし 6
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ⅴ.
特大の竜房をまるひとつ占拠したアーダルは、前肢の上に巨大な頭をのせて休んでいた。王国の古竜たちのなかでは年若いほうだが、つやつやと黒光りする表皮はかれがすでに立派な成竜であることを示している。あまりに大きいために、竜房そのものが鼓動しているかのようにどくん、どくんと波打っていた。主人に気がついたアーダルは、顔を持ち上げて目の高さを合わせた。
「竜が主に似るのか、その逆か?……おまえも頑丈だな、アーダル」
首あたりの皮膚をぽんぽんと叩いて、あらためる。襲撃と、その後のあれこれで負った傷のほとんどはすでに治りかかっているようだ。主のほうはまだ折った腕をかばってはいたが、吊ってもおらず、すでに日常動作に不便はないあたり、やはり竜族にしても異常なほど頑丈といえよう。
アーダルは冴えた月のように色のうすい黄色の瞳を開いて、喉の奥で軽くうなった。そして、のそりと体を持ち上げて、レーデルルそっくりのしぐさで頭をこすりつけてこようとした。
さすがのデイミオンもこれには慌てる。
「ちょっと待て、おまえ、甘えようたって幼竜とはサイズが違うんだぞ」
押しのけようとするが、巨大な竜の頭部はびくともしない。デイミオンはたたらを踏んで後ろに下がった。アーダルは身体をくねらせて、今度は壁にこすりつけている。
「……?……」
その様子には覚えがあった。
「……まさかおまえ、繁殖期か?」
自分で言って、首をひねる。「いや、まさかな」
つがいのいない成竜の繁殖期は数年に一度で、計算上はまだ当分先のはずだ。目の前の竜の様子も、本格的な求愛行動とはほど遠い。しかし、〈呼ばい〉を通じて感じるアーダルの感情にはまぎれもなく興奮の色があった。
「……待て、相手はレーデルルか?……おい、こいつはまだほんの幼竜だぞ」
たしなめるが、黒竜は知らぬそぶりで小さな白竜の匂いを嗅ぎ、また喉を鳴らした。白竜はといえば、大きな目を好奇心いっぱいにぱちぱちしている。その様子に、デイミオンはよけいに説教がましくなる。
「呆れたな、俺の騎竜ならもうすこし分別を持て。獣といえども倫理というものが……こら、おまえものこのこと寄っていくな」
つまみあげられたレーデルルが、キュウッとまたかわいらしく鳴いた。
「あーっ」
子どもっぽい声がしたかと思うと、リアナがずんずん近づいてくる。寝ていたと思ったが、アーダルとのやりとりあたりで起きたのか。
「なんだ、その頭は? 鳥が巣でもかけたのか?」
くしゃくしゃの金髪に竜の寝ワラをくっつけて、貴婦人にあるまじき格好だ。そう口に出さない竜騎手のつつしみは持ちあわせていないので、デイミオンは思う存分せせら笑った。
「いやぁ臭い臭い、なにか匂うと思えば、おまえの髪か。寝ワラだらけだものな。ははっ」
「ルル、そこから降りなさい!」
逆鱗に触れた竜のごとく、リアナは毛を逆立てた。
「どうしてそんな奴の肩に乗っかってるの!? そいつは『政敵』なのよ!」
使い慣れなさそうな言葉を使いながら、ぷりぷりと怒っている。それが面白くて、さらにデイミオンは甲高く笑った。アーシャを怒らせるのは面倒くさいが、この少女を怒らせるのは妙に爽快だ。後ろ盾になるジジイがいないからだろうか。
「レーデルルは、私のほうがいいとさ」
ひとしきり笑ってから、意地悪く告げる。
「おまえの母は黒竜と白竜を従えた当代随一のライダーだったが、娘はどうも違うようだな」
「なんですって!? 未来の大ライダー様に向かって! もう一回言ってみなさいよ!」
「このまま、私が次の〈双竜王〉と呼ばれるのも、悪くないかもな」
「うぐぐ……」
「……おっと、おまえにできることは私にもできるんだぞ。煮えたぎる粥か? 頭上にはよく注意するんだな」
どうやら、わざわざ〈呼ばい〉を使ってリアナの考えを読んだらしい。
「デイミオン……ちょっと大人げないぞ」
あまりの言い草に、フィルもあきれた様子だ。後ろから、少女の頭の寝ワラを払ってやっている。
「あー、笑った」
通りすがりざまにリアナの肩の上にレーデルルをつまみ置き、黒竜大公はすっきりした顔で竜舎を出ていった。疲労の多い一日だったが、爽快な気分で眠れそうだ、と思いながら。
そしてその見込み通り、久しぶりに農夫のようにぐっすり眠ったのだった。
特大の竜房をまるひとつ占拠したアーダルは、前肢の上に巨大な頭をのせて休んでいた。王国の古竜たちのなかでは年若いほうだが、つやつやと黒光りする表皮はかれがすでに立派な成竜であることを示している。あまりに大きいために、竜房そのものが鼓動しているかのようにどくん、どくんと波打っていた。主人に気がついたアーダルは、顔を持ち上げて目の高さを合わせた。
「竜が主に似るのか、その逆か?……おまえも頑丈だな、アーダル」
首あたりの皮膚をぽんぽんと叩いて、あらためる。襲撃と、その後のあれこれで負った傷のほとんどはすでに治りかかっているようだ。主のほうはまだ折った腕をかばってはいたが、吊ってもおらず、すでに日常動作に不便はないあたり、やはり竜族にしても異常なほど頑丈といえよう。
アーダルは冴えた月のように色のうすい黄色の瞳を開いて、喉の奥で軽くうなった。そして、のそりと体を持ち上げて、レーデルルそっくりのしぐさで頭をこすりつけてこようとした。
さすがのデイミオンもこれには慌てる。
「ちょっと待て、おまえ、甘えようたって幼竜とはサイズが違うんだぞ」
押しのけようとするが、巨大な竜の頭部はびくともしない。デイミオンはたたらを踏んで後ろに下がった。アーダルは身体をくねらせて、今度は壁にこすりつけている。
「……?……」
その様子には覚えがあった。
「……まさかおまえ、繁殖期か?」
自分で言って、首をひねる。「いや、まさかな」
つがいのいない成竜の繁殖期は数年に一度で、計算上はまだ当分先のはずだ。目の前の竜の様子も、本格的な求愛行動とはほど遠い。しかし、〈呼ばい〉を通じて感じるアーダルの感情にはまぎれもなく興奮の色があった。
「……待て、相手はレーデルルか?……おい、こいつはまだほんの幼竜だぞ」
たしなめるが、黒竜は知らぬそぶりで小さな白竜の匂いを嗅ぎ、また喉を鳴らした。白竜はといえば、大きな目を好奇心いっぱいにぱちぱちしている。その様子に、デイミオンはよけいに説教がましくなる。
「呆れたな、俺の騎竜ならもうすこし分別を持て。獣といえども倫理というものが……こら、おまえものこのこと寄っていくな」
つまみあげられたレーデルルが、キュウッとまたかわいらしく鳴いた。
「あーっ」
子どもっぽい声がしたかと思うと、リアナがずんずん近づいてくる。寝ていたと思ったが、アーダルとのやりとりあたりで起きたのか。
「なんだ、その頭は? 鳥が巣でもかけたのか?」
くしゃくしゃの金髪に竜の寝ワラをくっつけて、貴婦人にあるまじき格好だ。そう口に出さない竜騎手のつつしみは持ちあわせていないので、デイミオンは思う存分せせら笑った。
「いやぁ臭い臭い、なにか匂うと思えば、おまえの髪か。寝ワラだらけだものな。ははっ」
「ルル、そこから降りなさい!」
逆鱗に触れた竜のごとく、リアナは毛を逆立てた。
「どうしてそんな奴の肩に乗っかってるの!? そいつは『政敵』なのよ!」
使い慣れなさそうな言葉を使いながら、ぷりぷりと怒っている。それが面白くて、さらにデイミオンは甲高く笑った。アーシャを怒らせるのは面倒くさいが、この少女を怒らせるのは妙に爽快だ。後ろ盾になるジジイがいないからだろうか。
「レーデルルは、私のほうがいいとさ」
ひとしきり笑ってから、意地悪く告げる。
「おまえの母は黒竜と白竜を従えた当代随一のライダーだったが、娘はどうも違うようだな」
「なんですって!? 未来の大ライダー様に向かって! もう一回言ってみなさいよ!」
「このまま、私が次の〈双竜王〉と呼ばれるのも、悪くないかもな」
「うぐぐ……」
「……おっと、おまえにできることは私にもできるんだぞ。煮えたぎる粥か? 頭上にはよく注意するんだな」
どうやら、わざわざ〈呼ばい〉を使ってリアナの考えを読んだらしい。
「デイミオン……ちょっと大人げないぞ」
あまりの言い草に、フィルもあきれた様子だ。後ろから、少女の頭の寝ワラを払ってやっている。
「あー、笑った」
通りすがりざまにリアナの肩の上にレーデルルをつまみ置き、黒竜大公はすっきりした顔で竜舎を出ていった。疲労の多い一日だったが、爽快な気分で眠れそうだ、と思いながら。
そしてその見込み通り、久しぶりに農夫のようにぐっすり眠ったのだった。
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