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6 あらわになる陰謀
第31話 フィルバートをめぐる冒険 2
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考え事をしていたせいだろうか、館に着いた頃には約束の時刻をかなり過ぎていた。そこは瀟洒な私宅で、階段の上の扉には、ドラゴンの首をかたどった真鍮のノッカーがついている。鳴らすと、変わった衣装の従僕からすぐに中へと通された。
館の持ち主はさる中級貴族だが、美しい邸宅とセンスのいいもてなしで王都に名を知られており、ここでのパーティは城内に上がるような位の高い貴族も顔を出していたりする。季節のちょっとした催し以外にこれといった特徴はないが、秘密厳守だとは聞いていた。領主貴族たちはここでカード遊びや賭け事に興じたり、竜や選挙や議会について夜どおし議論したりすることを楽しむとのことだった。
いかにも学者然とした上着と帽子を預け、サラートは火酒の誘いを断って薄めたワインを頼んだ。食事以外でアルコールを嗜む習慣はサラートにはない。耽溺は頭脳を鈍らせ、判断を誤らせると信じていた。
ゴブレットを手に客間を渡っていく。目当ての集団はすぐに見つかった。
見知った顔の青年貴族が、屋敷の主エヴァイアン卿と向かい合ってボードゲームで対戦していた。ゲームをながめながら、陶製の鉢からピスタシオをつまんでいるのは城の御用商人。城内で見たことのある顔がそこここにあった。
サラートは周囲を見まわす。
(エンガス卿の近縁者が多いが……領地で言うと、リンガルーに、ササン領も。東部領のものは、さすがにいないか)
だが、有力者が数名いるのを認めないわけにはいかない。サラートは優秀な学者だったが、どちらかといえば研究者肌であり、人を惹きつける魅力に欠いている自覚はあった。「計画」に必要な人脈にはまだ穴が多い。うまく立ち回って味方を作れば、一気に計画を進められるかもしれない。
(認めるのは悔しいが、それだけの人材が、ここには集まっている)
そして、とりわけ目を引く豪奢なドレス姿の女性は、アーシャ姫だった。
「先生、どうぞこちらへ」
歌うような、穏やかな声がかれを呼んだ。
サラートは、竜祖は信仰しているが、この国の神官制度は気に入らなかった。託宣と称して年端もいかない少年少女を大神官に担ぎだし、政治経済に口をさしはさむ。ばかばかしいにもほどがある。
「言っておきますが、まだ協力すると決めたわけではありませんよ」中年教師は、慎重に言った。
「先日も申し上げましたが、あなたがたの計画には穴が多すぎる。成功するとは思えませんね。……〈試しの儀〉でも、やはり失敗したでしょう?」
「ええ」アーシャは認めた。
「〈呼ばい〉が通じなければ、〈門〉のなかにも入れないと思ったのですけれど。神殿のなかにもネズミがいるようですわ。テヌーは頼りにならないし」
「〈御座所〉でことを起こすのは、おやめになったほうがいい。あなたの、ひいてはエンガス卿の足元が揺らぐことになりかねませんよ」
「おっしゃるとおりですわ」
髪と目の色に合わせた、銀糸の縫い取りのある青いドレスが、テーブルランプの灯りを映してオレンジ色の模様を浮かび上がらせた。
「でも、城にはわたくしの協力者がおおぜいいます。これから戴冠式まで、チャンスはいくらでもあります」
「〈黒竜大公〉のいる王城で?」サラートは鼻で笑った。「最強の竜を従えた後継者が、彼女と〈呼ばい〉でつながっているんですよ。なまなかな暗殺者では手も出せますまい」
「ええ、ですから、先生の協力が必要ですの」アーシャはしれっと言った。
「デイミオン卿といえども、四六時中王太子に張りついているわけではありません。式典の準備もありますし、国境沿いではデーグルモールが出没しているとか。黒竜に乗っても、すぐには飛んでこられない距離に離れることだってあるはずですわ。先生はかなりの時間を殿下と過ごしておられますし……」
(なにを寝ぼけたことを)
サラートは眉間《みけん》をおさえ、美姫を脳内でののしった。
「いくら二人きりになろうとも、近衛と竜騎手つきですよ。ことを起こすなら王城に着くまでに済ませるべきだったんだ。今となっては、警備に隙などできようはずもない。かりに彼らを遠ざけることができたところで、あの〈竜殺し〉がいては……」
アーシャは笑みを深めた。「それも、もう解決しました」
衝立《ついたて》の後ろから、影そのもののように出てきた人物を見て、サラートは今度こそ息をのんだ。
〈竜殺し〉フィルバート・スターバウが、そこにいた。
館の持ち主はさる中級貴族だが、美しい邸宅とセンスのいいもてなしで王都に名を知られており、ここでのパーティは城内に上がるような位の高い貴族も顔を出していたりする。季節のちょっとした催し以外にこれといった特徴はないが、秘密厳守だとは聞いていた。領主貴族たちはここでカード遊びや賭け事に興じたり、竜や選挙や議会について夜どおし議論したりすることを楽しむとのことだった。
いかにも学者然とした上着と帽子を預け、サラートは火酒の誘いを断って薄めたワインを頼んだ。食事以外でアルコールを嗜む習慣はサラートにはない。耽溺は頭脳を鈍らせ、判断を誤らせると信じていた。
ゴブレットを手に客間を渡っていく。目当ての集団はすぐに見つかった。
見知った顔の青年貴族が、屋敷の主エヴァイアン卿と向かい合ってボードゲームで対戦していた。ゲームをながめながら、陶製の鉢からピスタシオをつまんでいるのは城の御用商人。城内で見たことのある顔がそこここにあった。
サラートは周囲を見まわす。
(エンガス卿の近縁者が多いが……領地で言うと、リンガルーに、ササン領も。東部領のものは、さすがにいないか)
だが、有力者が数名いるのを認めないわけにはいかない。サラートは優秀な学者だったが、どちらかといえば研究者肌であり、人を惹きつける魅力に欠いている自覚はあった。「計画」に必要な人脈にはまだ穴が多い。うまく立ち回って味方を作れば、一気に計画を進められるかもしれない。
(認めるのは悔しいが、それだけの人材が、ここには集まっている)
そして、とりわけ目を引く豪奢なドレス姿の女性は、アーシャ姫だった。
「先生、どうぞこちらへ」
歌うような、穏やかな声がかれを呼んだ。
サラートは、竜祖は信仰しているが、この国の神官制度は気に入らなかった。託宣と称して年端もいかない少年少女を大神官に担ぎだし、政治経済に口をさしはさむ。ばかばかしいにもほどがある。
「言っておきますが、まだ協力すると決めたわけではありませんよ」中年教師は、慎重に言った。
「先日も申し上げましたが、あなたがたの計画には穴が多すぎる。成功するとは思えませんね。……〈試しの儀〉でも、やはり失敗したでしょう?」
「ええ」アーシャは認めた。
「〈呼ばい〉が通じなければ、〈門〉のなかにも入れないと思ったのですけれど。神殿のなかにもネズミがいるようですわ。テヌーは頼りにならないし」
「〈御座所〉でことを起こすのは、おやめになったほうがいい。あなたの、ひいてはエンガス卿の足元が揺らぐことになりかねませんよ」
「おっしゃるとおりですわ」
髪と目の色に合わせた、銀糸の縫い取りのある青いドレスが、テーブルランプの灯りを映してオレンジ色の模様を浮かび上がらせた。
「でも、城にはわたくしの協力者がおおぜいいます。これから戴冠式まで、チャンスはいくらでもあります」
「〈黒竜大公〉のいる王城で?」サラートは鼻で笑った。「最強の竜を従えた後継者が、彼女と〈呼ばい〉でつながっているんですよ。なまなかな暗殺者では手も出せますまい」
「ええ、ですから、先生の協力が必要ですの」アーシャはしれっと言った。
「デイミオン卿といえども、四六時中王太子に張りついているわけではありません。式典の準備もありますし、国境沿いではデーグルモールが出没しているとか。黒竜に乗っても、すぐには飛んでこられない距離に離れることだってあるはずですわ。先生はかなりの時間を殿下と過ごしておられますし……」
(なにを寝ぼけたことを)
サラートは眉間《みけん》をおさえ、美姫を脳内でののしった。
「いくら二人きりになろうとも、近衛と竜騎手つきですよ。ことを起こすなら王城に着くまでに済ませるべきだったんだ。今となっては、警備に隙などできようはずもない。かりに彼らを遠ざけることができたところで、あの〈竜殺し〉がいては……」
アーシャは笑みを深めた。「それも、もう解決しました」
衝立《ついたて》の後ろから、影そのもののように出てきた人物を見て、サラートは今度こそ息をのんだ。
〈竜殺し〉フィルバート・スターバウが、そこにいた。
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