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6 あらわになる陰謀
第35話 ひとつの籠、ふたつの卵 2
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五公たちがざわめいて、そっと目くばせしあう。リアナは焦る心を抑えて、できるだけ効果的と思える間を置いた。「――これが返ってきた親書よ」
エンガス卿の目が驚きに見開かれている。
ここからが勝負。ここでうまくいかなければ、テオの働きが無駄になる。ケイエが大きな危険にさらされるだけでなく、そこに保護されている子どもたちの命が脅かされるのだ。そう思うと、喉がからからに乾いて、手まで震えてくる。
あの時の襲撃で、〈隠れ里〉は全滅したと思っていた。飛竜乗りのケヴァンまで死んだのだから、そう思って当然だった。自分の目で隅々まで確認した惨劇がよみがえってくる。無残に散らかされた祝祭の準備。赤黒く変色した内臓と、モノのように打ち捨てられた死体たち。誰ひとり、死んでもいい里人なんていなかった。みんな、それぞれの人生を精いっぱいに生きていた。
(いま、考えちゃだめ――)
でも、子どもたちは――ロッタとウルカの子どもたちが、まだ生きてケイエにいるのだ。
(死なせたくない)
イニなら、それを煩悩だと言っただろう。
(死なせたくない)
(死なせたくない)
(死なせたくない)
頭の中で、自分の思考が割れ鐘のように響いて、止めることができない。
(やめて)
「拝見を――」
「まさか」
エンガスが切りだすよりも早く、デイミオンが彼女の手から親書をひったくった。
手が冷や汗でべとつく。
(だめ、見ないで……)
声は、〈呼ばい〉にならないほど弱かった。彼にだけは隠せないと、最初からわかっていたからだ。
デイミオンは、穴があくほど親書を見つめている。
二つの心臓が恐ろしいほどに響く。
永遠かと思うほど長く感じられた時間ののち、青年が「……間違いなく、〈鉄の妖精王〉の玉璽が捺してある」と言うのが聞こえた。「十年前に結んだ相互不可侵条約の確認と、新王への忠誠を誓う文言だ」
リアナは弾かれたように顔をあげた。まさか。そんな。
「では、五公による採択を行いましょう」
タイミングを逃さず、エサルが言う。「ケイエへの派兵を認める場合は、挙手を」
提案したエサルが、まっさきに手を挙げた。
メドロートは手を挙げなかった。
グウィナはかなり悩んだ様子だったが、やはり挙手を見送った。
エンガスとデイミオンはちらりと視線を交わして悩んだ様子を見せたものの――ともに挙手をした。
リアナは諸侯に聞こえないように、小さく息をついた。
「決まりね」
握りこんだ手が、まだ震えていた。
♢♦♢
立ちあがったエサルに続いて、リアナもケイエに行くと宣言した。ケイエの領主であるエサルはもちろん、里の出身であり、王太子である彼女が軍を率いることは、決しておかしなことではない。
五公会は、そのまま派兵の打ち合わせに入っている。竜騎手たちがせわしげに行きかう。朝の光が、弱々しいながらも少しずつ〈王の間〉を暖めはじめていた。
(準備をしなくちゃ)
里を襲撃され、なにがなんだかわからないうちに旅立ったようなものだった。その出発地点ケイエに、もう一度戻ろうとしている。もはや家族も、愛する人々もほとんど残っていない故郷へ。まだ失っていないはずの子どもたちを救うために。
(怖い)
あの日から毎晩見る悪夢は、どんなに禍々しくても、しょせんは夢だ。
けれどケイエに戻れば、今度は本物の悪夢を、今度こそ自分の目で、すべて目にするのかもしれない。
子どもたちを救えないかもしれない。
誰も救えないかもしれない。
そして、五公にも、デイミオンやフィルにも呆れられ、失望されて、たった一人でどこにも行く場所がなくなってしまうかもしれない。
(ここに残れば――ケイエのことを全部エサルに任せれば――それか、デイミオンやフィルに頼めば)
そんなことまで考えてしまい、台風のあとの川面のように、思考が千々に乱れてしまう。
そんな彼女を、引きとめる声があった。
「行ってはなんね」
「――メドロート公」
「おめは次の〈種守〉だ。竜の血脈さ守るものだ。ここにおれ。あとのこどはみな、ほかのもんに任せで」
大叔父だという男の声は厳しいながらも慈愛に満ちている。その声の言う通りにしたいという欲求はとても強かった。
――でも、わたしに保護者はいない。
イニも、ウルカも、メナも、わたしの前から消えてしまった。そして襲撃のあの日、あの地獄の光景のなかで、わたしは成人になったのだ。
「いいえ」
リアナは首だけ振りかえった。
「わたしは王になるものです。自分の民を守るわ」
エンガス卿の目が驚きに見開かれている。
ここからが勝負。ここでうまくいかなければ、テオの働きが無駄になる。ケイエが大きな危険にさらされるだけでなく、そこに保護されている子どもたちの命が脅かされるのだ。そう思うと、喉がからからに乾いて、手まで震えてくる。
あの時の襲撃で、〈隠れ里〉は全滅したと思っていた。飛竜乗りのケヴァンまで死んだのだから、そう思って当然だった。自分の目で隅々まで確認した惨劇がよみがえってくる。無残に散らかされた祝祭の準備。赤黒く変色した内臓と、モノのように打ち捨てられた死体たち。誰ひとり、死んでもいい里人なんていなかった。みんな、それぞれの人生を精いっぱいに生きていた。
(いま、考えちゃだめ――)
でも、子どもたちは――ロッタとウルカの子どもたちが、まだ生きてケイエにいるのだ。
(死なせたくない)
イニなら、それを煩悩だと言っただろう。
(死なせたくない)
(死なせたくない)
(死なせたくない)
頭の中で、自分の思考が割れ鐘のように響いて、止めることができない。
(やめて)
「拝見を――」
「まさか」
エンガスが切りだすよりも早く、デイミオンが彼女の手から親書をひったくった。
手が冷や汗でべとつく。
(だめ、見ないで……)
声は、〈呼ばい〉にならないほど弱かった。彼にだけは隠せないと、最初からわかっていたからだ。
デイミオンは、穴があくほど親書を見つめている。
二つの心臓が恐ろしいほどに響く。
永遠かと思うほど長く感じられた時間ののち、青年が「……間違いなく、〈鉄の妖精王〉の玉璽が捺してある」と言うのが聞こえた。「十年前に結んだ相互不可侵条約の確認と、新王への忠誠を誓う文言だ」
リアナは弾かれたように顔をあげた。まさか。そんな。
「では、五公による採択を行いましょう」
タイミングを逃さず、エサルが言う。「ケイエへの派兵を認める場合は、挙手を」
提案したエサルが、まっさきに手を挙げた。
メドロートは手を挙げなかった。
グウィナはかなり悩んだ様子だったが、やはり挙手を見送った。
エンガスとデイミオンはちらりと視線を交わして悩んだ様子を見せたものの――ともに挙手をした。
リアナは諸侯に聞こえないように、小さく息をついた。
「決まりね」
握りこんだ手が、まだ震えていた。
♢♦♢
立ちあがったエサルに続いて、リアナもケイエに行くと宣言した。ケイエの領主であるエサルはもちろん、里の出身であり、王太子である彼女が軍を率いることは、決しておかしなことではない。
五公会は、そのまま派兵の打ち合わせに入っている。竜騎手たちがせわしげに行きかう。朝の光が、弱々しいながらも少しずつ〈王の間〉を暖めはじめていた。
(準備をしなくちゃ)
里を襲撃され、なにがなんだかわからないうちに旅立ったようなものだった。その出発地点ケイエに、もう一度戻ろうとしている。もはや家族も、愛する人々もほとんど残っていない故郷へ。まだ失っていないはずの子どもたちを救うために。
(怖い)
あの日から毎晩見る悪夢は、どんなに禍々しくても、しょせんは夢だ。
けれどケイエに戻れば、今度は本物の悪夢を、今度こそ自分の目で、すべて目にするのかもしれない。
子どもたちを救えないかもしれない。
誰も救えないかもしれない。
そして、五公にも、デイミオンやフィルにも呆れられ、失望されて、たった一人でどこにも行く場所がなくなってしまうかもしれない。
(ここに残れば――ケイエのことを全部エサルに任せれば――それか、デイミオンやフィルに頼めば)
そんなことまで考えてしまい、台風のあとの川面のように、思考が千々に乱れてしまう。
そんな彼女を、引きとめる声があった。
「行ってはなんね」
「――メドロート公」
「おめは次の〈種守〉だ。竜の血脈さ守るものだ。ここにおれ。あとのこどはみな、ほかのもんに任せで」
大叔父だという男の声は厳しいながらも慈愛に満ちている。その声の言う通りにしたいという欲求はとても強かった。
――でも、わたしに保護者はいない。
イニも、ウルカも、メナも、わたしの前から消えてしまった。そして襲撃のあの日、あの地獄の光景のなかで、わたしは成人になったのだ。
「いいえ」
リアナは首だけ振りかえった。
「わたしは王になるものです。自分の民を守るわ」
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