リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

文字の大きさ
62 / 80
6 あらわになる陰謀

第35話 ひとつの籠、ふたつの卵 3

しおりを挟む
 午後には人選を終え、リアナはハダルクやほかの竜騎手、フィルの選んだ私兵たちと城の前庭に集まっていた。前の日から降りだした雪が積もりはじめ、塔や屋根を白く飾っている。旅装をととのえたリアナは竜舎に向かった。さくさくと雪を踏みしめる感触にも、気を取られる余裕はない。旅装といっても、里から着てきた服の上にフード付きのマントを羽織っただけの軽装だ。ピーウィは喉を鳴らし、静かに出立を待っていた。

 竜舎の奥では、ハダルクが部下たちに指示を出している。
 軍靴の堅い音がして、振り返った。デイミオンだった。旅装ではなく、普段通りのルクヴァ姿だが、分厚いマントを手にかけている。

「さっきは……親書のこと、ありがとう」
 リアナは迷いながら声をかけた。
 青い目が、彼女を見下ろしてきた。
「国境の危機を持ちだされてはな。国難を前にいがみ合うほど、愚かではないつもりだ」
 呆れているのか、諦めているのか。デイミオンの表情は読み取りづらい。
 けれど、デイミオンは〈ばい〉で彼女の計画をすべて知ったうえで、一世一代の芝居に乗ってくれたのだった。
 ――
 なんの法的拘束力も持たない、単なる挨拶状を前に、あたかもそれがより重要な書類であるかのように読み上げたのだ。
 彼が口にしてくれた嘘のセリフを前にリアナがどれほど安堵あんどしたか……それは、言葉では言い尽くせないほどだった。

「芝居を打つのにあんなにおびえるくらいなら、最初から俺に言っておけ。……こういう状況なら、助けてやらんでもないから」
「じゃあ、一時休戦?」
「ああ」
 デイミオンはほのかに笑うと、一歩彼女に近づき、首の後ろに手をやってフードをかぶせた。
「……雪になるぞ」
 リアナはさらに彼に近づき、すっかり馴染なじみになった顔に手をのばした。広く秀でた額、男性らしい太い眉、貴族的な鼻筋、固く引き結ばれた唇。
 
 そして、命令する。「デイ、あなたはここに残って」

「何を言っている」デイミオンは眉をひそめた。
「おまえのように未熟な竜騎手ライダーひとりと領兵とで、デーグルモールが待ち構えている場所へやるとでも?」
「でも、それが戦略だから」

「われわれの国の子どもたちがさらわれ、敵の武器にさせられそうになっているんだぞ!? 俺が行くのは当然だ」
 デイミオンの顔が怒りにゆがむ。はじめて会ったころは震えあがるほど怖かった。
(でも今は、違うかな)
 彼が何に怒るのか、何を大切にしているのかわかった今なら、もうそれほど怖くない。怒りはたぶん、愛と不安の裏返しなのだ。大切にしている人々を自分が守れないかもしれないという。
 そんな彼が、野心家で声が大きくて皮肉ばかり言う男が、王国も民も政敵の少女でさえ等しく自分の力で守ろうとするその傲慢ごうまんさが、どうしようもなく好きだと思った。
「デーグルモールはともかく、アエディクラがなにかを仕掛けてくる可能性は、そこまで高くないかもしれない」
 リアナは考えながら言った。「でも、王権を持つものが二人、戦争になるかもしれないような危険な場所には行けないよ。……『ひとつの籠に卵を入れるな』でしょ?」
「私たちは二つの卵か?」
 声は皮肉を含んでいたが、濃紺の目は真剣だった。
 リアナは微笑んだ。そして、自分はほうの卵だ。
「もう行くね」
 デイミオンはため息をついて、手を伸ばしてきた。
「それが、俺にとってどれほどの侮辱か、わかって言っているのか?」
 頬に、熱く大きな手が触れる。
 デイミオンが内心で葛藤しているのが伝わってきた。行かせたくないという思いと、それが最善だという判断とのあいだで。
 リアナが理解していることのすべてを、彼がわかってくれている。〈呼ばい〉がそういうものだとは、思っていなかった。こんなふうに安心するものだなんて。デイミオンを間近に見ているうちに、なぜか涙がにじんできた。あの竜車の襲撃のときのように、彼の言葉がリアナを安心させてくれるからなのか。それとも。

(デイミオンだけが、わたしの力を信じてくれたから)

 お互いに王になることを望み、対立することもあったけれど、それでもリアナに〈ばい〉を教え、白竜の力が使えるようにしてくれたのだ。彼女がまだ何者でもないときから。
「信じてくれる? わたしならできるって。里を守れなかったけど、ケイエはまだ間に合うって」
 見あげてくる顔を、デイミオンの両手が包んだ。
「行ってこい。……おまえを信じている」

 顔に落ちてくる雪がけるほどに、その手は熱く感じられた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

処理中です...