リアナ1 王冠の竜騎手と心臓のない英雄

西フロイデ

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7 ふたたび、ケイエへ

第38話 失望と、デイミオンの抱擁 4

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(そんなはずがないわ)
 薄れかけている意識のなかで、リアナは思った。(アーダルは大きすぎる。こんなに早く、ここに到着するはずがない)
 
「リアナ様! デイミオン卿です!」
 ハダルクの声に歓喜がにじんだ。「なんというたすけだ! デイミオン卿が到着しました! 見えますか!? リアナ様! ……ああ、火が消えていく! !」

 わき上がる歓声が遠く聞こえる。なんとか身体を起こして、消火の具合を確認したいが、それもできない。ハダルクの腕のなかで息を整えながら、彼が嬉しそうに報告してくれるのを聴きながら、夜明けはまだなのか、それとも死にかけていて目の前が暗いのだろうかと考えていた。

 ――イニは、自分を置いていったのだ。

 いまになって、そんなことを思い出した自分は間抜けだわ、と思った。「とこしえの春の国」などとおとぎ話めいたことを言っていたから、記憶に残らなかったのかもしれない。あるいは、養い親に捨てられたことを思い出したくなかったのか。

 ――いつか、帰ってきてくれると思ってたのに。

 
 
 すこしの間、ほんとうに意識を失っていたらしい。
 どれくらいか経って、レーデルルの鳴き声でリアナは目を覚ました。仔竜は、主人の肩からぴょんと跳びおり、ハダルクの腕を中継地点にしてから、地面へと降りたった。
「ルル」
 仔竜の動きにつられるようにして立ち、目をあげると、デイミオンがそこにいた。
 こんなにも早くケイエに着いていること。アーダルがいないこと。
 それなのに、火が消えていること。

 その理由がわかりそうな気がするのに、疲れきった頭ではもうなにも考えつかなかった。
(……この速さ、たぶん、飛竜を駆ってきた……アーダルはいない……もしかして、? ……まさかね)

(そんなのは怪物じみているわよ、デイミオン)

 ルルが喜んで彼の足元にまとわりつこうとするが、男はそれを気にもとめずに近づいてくる。

「待っていてと言ったのに」リアナはかすれ声でささやいた。「ほんとうにせっかちね」

 彼を安心させたかったが、うまく笑えたのかどうかわからなかった。
 デイミオンは笑っていなかった。

 長い脚で大股に近づき、黙ってリアナを抱きしめた。あまりに背が高く、あまりにきつく抱きしめるので、彼女の足は地面からほとんど浮いていた。頭のてっぺんに彼の息を感じ、同時に、彼の心音を感じた。同じひとつの心臓であるかのように打っている、彼の鼓動が。

「リアナ」低く、熱っぽい声がそう呼んだ。「おまえの声がずっと聞こえていた」
「いまは呼んでいないわ」リアナは涙声で答えた。
「ずっと呼んでない。あなたは、タマリスにいないといけなかったのに」

「来ずにはいられなかった。……もう耐えられないと、おまえが叫んでいたから」
 こんなときに、いつもの皮肉な調子じゃないのはずるい。

「わたしが……」
 リアナは言いかけて、首を振った。そんなことは言っていない、と言いたかった。ただ、子どもたちが連れ去られたのも、兵士がデーグルモールに変容させられようとして死んだのも、ケイエが燃え落ちかけたのも、全部自分のせいだと言いたかった。
 自分がライダーとして未熟で、指揮官として無能で、とうてい王にはなりえないただの田舎の小娘だからだと言いたかった。

「ううぅ……」

 でも、なにも言葉にならなかった。
 そしてはじめて、デイミオンの言葉が本当だとわかった。
 

 子どもたちを助けるはずだったのに。
 里は間に合わなかったけれど、ケイエは救えるはずだったのに。

 その考えはいまになって、雪崩なだれのように襲ってきた。
 鼻の奥がツンとして、気づいたら涙が止まらなくなっていた。目が溶けてしまいそうなほどうるんで、自分の手で、熱く濡れた頬をぬぐおうとする。デイミオンは背をかがめて腕をつかみ、自分の指でリアナの涙をぬぐった。

「なぜ助けを呼ばなかった? おまえが苦しんでいるときにそばに行くこともできないなら、〈血のばい〉など何の意味もない」
 あの、竜車襲撃の夜と同じだった。彼が自分のために怒っているのが、どうしてかひどく嬉しい。リアナは何も言わずに目を閉じて、しびれるような甘い痛みを味わった。それに続いて、もうどうしようもないくらいの嗚咽おえつも。しゃくりあげはじめた背中にまわされた腕が、いっそう強くなる。

「もう離れない」

 また、ひとつのかごになってしまった。オンブリアにたった二つしかない貴重な卵、王になるべき二つの卵が。

 それでもいい、と涙の海のなかでリアナは思った。もう離れない。
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