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終章 戴冠式
第39話 戴冠式、そしてわたしは…… 3
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リアナの声など聞こえていないかのように剣を構えなおし、フィルはふたたび彼女のほうへと向きなおった。怒りに満ちたハシバミ色の瞳とかち合う。彼が剣を振りあげ、リアナは思わず目を閉じてしまう。レランのように、自分の胸に剣が突き刺さるのをなかば予想していたが、衝撃は来ない。からん、と軽い何かが倒れる音がした。思いきって目を開けると、フィルはリアナの隣の男を斬っていた。白いローブに血がゆっくりと広がっていく。地面に、長い錫杖が転がっている。
「サラート先生!」
リアナがサラートに駆けよろうとすると、フィルがさえぎるように叫んだ。「デイミオン!」
その声に応えるかのように、デイミオンがリアナを床に押さえつけて、上から覆いかぶさった。リアナは悲鳴をあげた。
何も見えない。男たちのうなり声と、いくつもの剣がぶつかりあう重い金属の音が響く。リアナはデイミオンの大きな体の下でもがいた。
――なにが起こっているの?!
彼が自分の体を盾にしたのだ、と気づくのに時間がかかった。そして、剣の音が、いっとき止む。ばたばたっという足音が〈王の間〉に響く。
「シメオン! 回廊にまわれ!」デイミオンが手を振って怒鳴った。「やつらを確保しろ!」
それからようやく、リアナの体から身体を起こした。左肩を押さえていて、そこから血が滴っていた。リアナもなんとか立ちあがった。ふたりのまわりでは兵士たちが戦っていた。三人がかりで、デイミオンを斬り殺そうとしている。信じがたいことに、彼らは竜騎手だった。そして、フィルはデイミオンの側で応戦していた。このふたりが戦っていないことで、リアナは混乱した。フィルはわたしを殺そうとしたんじゃないの?
「テオ! ケブ! 殿下の両脇へ!」フィルが叫ぶのと、兵士たちが動くのはほぼ同時だった。フィルと同じ、長衣ではないすっきりした短い黒の上着を身につけている。〈ハートレス〉の新部隊のために彼女が用意した新しい制服なのに、折り目のついた白いパンツにも細身のブーツにも血が飛び散っていた。
竜騎手が〈ハートレス〉に剣技でかなうはずもなく、さらに近接戦闘では竜術の優位も通用しない。ケブと呼ばれた〈ハートレス〉の兵士はいともたやすく第一の竜騎手の剣を剣ではらいのけ、バックステップを踏んで第二の剣からのがれる。目が追うよりも早くその竜騎手の背後にもう回っていて、体当たりでその体ごと第一の竜騎手にぶつかった。結果として重なりあった二人の竜騎手の背中を、ケブとデイミオンがそれぞれ切りつけた。
それで、終わりだった。
剣を打ち鳴らす音が、だんだんと止んできた。戦いが収まりつつあるのだ。リアナが群集のほうに目をやると、旌旗が下がる柱の影に女性の影が見えた。リアナに気がつくと、薄衣をひるがえし慌てて逃げようとしている。フィルが命じた。
「ハダルク卿! アーシャ姫を捕獲しろ! 柱の影にいる!」
「誰か! わたくしを助けて!」
アーシャは悲鳴をあげた。「あの男はサラート先生を殺したわ! わたくしも殺される! 助けて!」
アーシャの義父、エンガス卿の領兵たちが数人集まってきたが、ハダルクたち竜騎手たちが追ってくると、どうしていいかわからないように道を開けた。王の竜騎手に歯向かう愚は犯せないのだろう。
「お父さま!」
エンガス卿は驚いた顔で、兵をとどめた。
「これはどうしたことだ――フィルバート卿? 義娘が何をした?」
「アーシャ姫を含む一派は、リアナ陛下の暗殺をたくらんでいました」フィルが淡々と説明する。
「サラート先生はその一員だった。残念だけど、竜騎手のなかにも裏切者がいたようだ」
「裏切者はあなたよ!」アーシャが叫んだ。「わたくしに協力すると言ったくせに! 〈ハートレス〉の秘密を知りたくないの!? わたくしを離すように命じなさい!」
フィルはなにひとつ弁明することなく、にっこりした。血に染まった抜身の剣を手にしたままなので、妙な迫力がある。説得が通用しないことを悟ったのか、アーシャの顔色が変わった。
リアナはあらためて二つの死体を見た。ふたりとも、この場にあるはずのない短刀を手にしている。死んでいては言い逃れもできないだろうが、フィルの言うことは間違いないようだった。
「まさか……にわかには信じられん」
「本当です」にべもなく答えたのは、デイミオンだ。
「しばらく前からフィルに内偵させていた。サラートは、反逆者マリウス――〈黄金の賢者〉の信奉者だ。自室に嘆願書と遺書が残されていた」
そして、独言のようにつぶやく。「もっとも、表向きはどうあれ、むしろアエディクラとのつながりを疑うべきだろうがな」
「フィル……」
リアナが呼びかける。フィルは倒れた兵士のマントで剣をぬぐい、腰におさめて立ちあがった。
「あなたを危険な目に遭わせてしまった。どうしても二人から目を離せなくて。すみません」
「じゃあ……城に着いてから、ずっと?」
「ええ」フィルがうなずく。
「あなたの即位までに、できる限りの危険を取りのぞいておこうと、デイミオンと約束したんです」
「だけど、言ってくれたらよかったのに」
二人して、まるでリアナなどいないもののようにふるまうこともあった。さみしかったのに、と言おうとして、さすがにやめた。
「おまえは顔に出しすぎる。昨日の夕飯に何を食べたかまで分かるぞ」デイミオンが言った。
ひどい。さっきはちょっとときめいたのに。
「サラート先生!」
リアナがサラートに駆けよろうとすると、フィルがさえぎるように叫んだ。「デイミオン!」
その声に応えるかのように、デイミオンがリアナを床に押さえつけて、上から覆いかぶさった。リアナは悲鳴をあげた。
何も見えない。男たちのうなり声と、いくつもの剣がぶつかりあう重い金属の音が響く。リアナはデイミオンの大きな体の下でもがいた。
――なにが起こっているの?!
彼が自分の体を盾にしたのだ、と気づくのに時間がかかった。そして、剣の音が、いっとき止む。ばたばたっという足音が〈王の間〉に響く。
「シメオン! 回廊にまわれ!」デイミオンが手を振って怒鳴った。「やつらを確保しろ!」
それからようやく、リアナの体から身体を起こした。左肩を押さえていて、そこから血が滴っていた。リアナもなんとか立ちあがった。ふたりのまわりでは兵士たちが戦っていた。三人がかりで、デイミオンを斬り殺そうとしている。信じがたいことに、彼らは竜騎手だった。そして、フィルはデイミオンの側で応戦していた。このふたりが戦っていないことで、リアナは混乱した。フィルはわたしを殺そうとしたんじゃないの?
「テオ! ケブ! 殿下の両脇へ!」フィルが叫ぶのと、兵士たちが動くのはほぼ同時だった。フィルと同じ、長衣ではないすっきりした短い黒の上着を身につけている。〈ハートレス〉の新部隊のために彼女が用意した新しい制服なのに、折り目のついた白いパンツにも細身のブーツにも血が飛び散っていた。
竜騎手が〈ハートレス〉に剣技でかなうはずもなく、さらに近接戦闘では竜術の優位も通用しない。ケブと呼ばれた〈ハートレス〉の兵士はいともたやすく第一の竜騎手の剣を剣ではらいのけ、バックステップを踏んで第二の剣からのがれる。目が追うよりも早くその竜騎手の背後にもう回っていて、体当たりでその体ごと第一の竜騎手にぶつかった。結果として重なりあった二人の竜騎手の背中を、ケブとデイミオンがそれぞれ切りつけた。
それで、終わりだった。
剣を打ち鳴らす音が、だんだんと止んできた。戦いが収まりつつあるのだ。リアナが群集のほうに目をやると、旌旗が下がる柱の影に女性の影が見えた。リアナに気がつくと、薄衣をひるがえし慌てて逃げようとしている。フィルが命じた。
「ハダルク卿! アーシャ姫を捕獲しろ! 柱の影にいる!」
「誰か! わたくしを助けて!」
アーシャは悲鳴をあげた。「あの男はサラート先生を殺したわ! わたくしも殺される! 助けて!」
アーシャの義父、エンガス卿の領兵たちが数人集まってきたが、ハダルクたち竜騎手たちが追ってくると、どうしていいかわからないように道を開けた。王の竜騎手に歯向かう愚は犯せないのだろう。
「お父さま!」
エンガス卿は驚いた顔で、兵をとどめた。
「これはどうしたことだ――フィルバート卿? 義娘が何をした?」
「アーシャ姫を含む一派は、リアナ陛下の暗殺をたくらんでいました」フィルが淡々と説明する。
「サラート先生はその一員だった。残念だけど、竜騎手のなかにも裏切者がいたようだ」
「裏切者はあなたよ!」アーシャが叫んだ。「わたくしに協力すると言ったくせに! 〈ハートレス〉の秘密を知りたくないの!? わたくしを離すように命じなさい!」
フィルはなにひとつ弁明することなく、にっこりした。血に染まった抜身の剣を手にしたままなので、妙な迫力がある。説得が通用しないことを悟ったのか、アーシャの顔色が変わった。
リアナはあらためて二つの死体を見た。ふたりとも、この場にあるはずのない短刀を手にしている。死んでいては言い逃れもできないだろうが、フィルの言うことは間違いないようだった。
「まさか……にわかには信じられん」
「本当です」にべもなく答えたのは、デイミオンだ。
「しばらく前からフィルに内偵させていた。サラートは、反逆者マリウス――〈黄金の賢者〉の信奉者だ。自室に嘆願書と遺書が残されていた」
そして、独言のようにつぶやく。「もっとも、表向きはどうあれ、むしろアエディクラとのつながりを疑うべきだろうがな」
「フィル……」
リアナが呼びかける。フィルは倒れた兵士のマントで剣をぬぐい、腰におさめて立ちあがった。
「あなたを危険な目に遭わせてしまった。どうしても二人から目を離せなくて。すみません」
「じゃあ……城に着いてから、ずっと?」
「ええ」フィルがうなずく。
「あなたの即位までに、できる限りの危険を取りのぞいておこうと、デイミオンと約束したんです」
「だけど、言ってくれたらよかったのに」
二人して、まるでリアナなどいないもののようにふるまうこともあった。さみしかったのに、と言おうとして、さすがにやめた。
「おまえは顔に出しすぎる。昨日の夕飯に何を食べたかまで分かるぞ」デイミオンが言った。
ひどい。さっきはちょっとときめいたのに。
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