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終章 戴冠式
第39話 戴冠式、そしてわたしは…… 4
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「――デイミオン卿!」
竜騎手たちに連行されながら、アーシャが叫んだ。「あなたなら、わたくしを助けられるはず。婚約者なら――」
「なんという愚かな真似を」デイミオンは彼女には答えず、部下を呼んだ。「ハバート、アーシャ姫を塔の貴人独房へ。縛めも忘れるな」
「あなたのためにやったのに!」アーシャは引きずられていった。
フィルの横を通るとき、元斎姫はさらにわめいた。
「裏切者! 〈竜の心臓〉も持たず、あなたはできそこないよ!」
「いい機会だからお伝えしますが」フィルは場に合わないほど穏やかに声をかけた。「『〈竜の心臓〉の秘密』を知りたがったのは、あなたに合わせたまでだ。……俺は自分自身に満足していますよ」
「〈竜殺し〉! 〈ハートレス〉! 一生、竜族の男として認められずに死ぬがいい!」
呪いのようなアーシャの言葉にも、フィルはただ黙って微笑むのみ。
「口を閉じなさい、アーシャ姫! さもないと、縫い閉じさせるわよ」リアナが一喝した。
「勇ましいね」フィルはくつくつと笑った。
「あなたが怒らないからよ。どうして、フィル? あんなこと、言わせておけないわ」
「俺はかまいませんよ。なにを言われたって。……あなたが知っていてくれるからね」
「あなたのそういうところ――」
「おい」デイミオンがさえぎった。「ケンカは後でやれ。戴冠式がまだ済んでいない」
「デイこそ、典礼服が血まみれだよ。後継者が、みっともない」
「儀礼などクソくらえだ。さっさと済ませて、風呂に入りたい」
場違いだが、この二人の会話を聞いたリアナはほっと安堵するのを感じた。侍女の格好をしたミヤミが近づいてきて、顔に飛びちった血をきれいに拭ってくれた。その堂に入った落ちつきぶりに、おそらく彼女もフィルやテオのような兵士なのではないかと思った。つまり――ハートレスなのではないだろうか?
リアナは広間を見まわした。メドロート公とエサル公が、他の領主貴族たちに何事かを命令している。戴冠式の最中に王太子が襲われたなどというのは大惨事だろうが、すでにその場は落ちつきを取りもどしはじめている。竜の治める国では、貴族たちはみな軍人という建前があるから、取り乱した姿を見せたくないというのもあるかもしれないが。
「では、猊下。冠を――」
デイミオンが声をかけるも、大神官は惨劇のショックのせいか気を失っていた。神官たちが慌てふためいて取り囲んでいるのが、なんだか場違いでおかしい。黒竜大公はため息をつき、〈呼ばい〉以上に多くを語る目でファニーにうながした。
少年は錫杖を置いて、にっこりと近づいてくる。あんなことがあったばかりだというのに、彼も笑顔だ。場慣れしているというか、なんというか。まあいいわ、とリアナは思った。これまでにあったことに比べれば、とても些細《ささい》なことだ。
「そして、見よ、今ここに竜祖の末裔なる子あり! 竜の声を聴き、竜に乗り、竜に命ずるものなり」
はりきって響くファニーの声を聞きながら、リアナは再びひざまずいた。
すっかり緊張がとけて、口もとには笑みさえ浮かんでいた。
将来設計のなかに一国の王が含まれていたことはなかったし、これから先もないだろうと思う。竜騎手ばかりが重んじられ、それ以外の階級――とくに、〈ハートレス〉が王位から遠ざけられているのも、正しいこととは思えない。
自分のためにハートレスの兵士が死んだ。そして自分は、あの子どもたちを助けられなかった。
けれど、ケイエであの死んだ兵士に「自分が王だ」と名乗ったのも嘘ではない。たとえ本意ではなくても、指名されてその責任を負うと宣言すれば、その者は王になるのだろう。
いまのリアナは、そう思う。
「汝、ゼンデンのエリサの娘リアナよ――」
冠などどうだっていい。
わたしは、王になっていく。
竜騎手たちに連行されながら、アーシャが叫んだ。「あなたなら、わたくしを助けられるはず。婚約者なら――」
「なんという愚かな真似を」デイミオンは彼女には答えず、部下を呼んだ。「ハバート、アーシャ姫を塔の貴人独房へ。縛めも忘れるな」
「あなたのためにやったのに!」アーシャは引きずられていった。
フィルの横を通るとき、元斎姫はさらにわめいた。
「裏切者! 〈竜の心臓〉も持たず、あなたはできそこないよ!」
「いい機会だからお伝えしますが」フィルは場に合わないほど穏やかに声をかけた。「『〈竜の心臓〉の秘密』を知りたがったのは、あなたに合わせたまでだ。……俺は自分自身に満足していますよ」
「〈竜殺し〉! 〈ハートレス〉! 一生、竜族の男として認められずに死ぬがいい!」
呪いのようなアーシャの言葉にも、フィルはただ黙って微笑むのみ。
「口を閉じなさい、アーシャ姫! さもないと、縫い閉じさせるわよ」リアナが一喝した。
「勇ましいね」フィルはくつくつと笑った。
「あなたが怒らないからよ。どうして、フィル? あんなこと、言わせておけないわ」
「俺はかまいませんよ。なにを言われたって。……あなたが知っていてくれるからね」
「あなたのそういうところ――」
「おい」デイミオンがさえぎった。「ケンカは後でやれ。戴冠式がまだ済んでいない」
「デイこそ、典礼服が血まみれだよ。後継者が、みっともない」
「儀礼などクソくらえだ。さっさと済ませて、風呂に入りたい」
場違いだが、この二人の会話を聞いたリアナはほっと安堵するのを感じた。侍女の格好をしたミヤミが近づいてきて、顔に飛びちった血をきれいに拭ってくれた。その堂に入った落ちつきぶりに、おそらく彼女もフィルやテオのような兵士なのではないかと思った。つまり――ハートレスなのではないだろうか?
リアナは広間を見まわした。メドロート公とエサル公が、他の領主貴族たちに何事かを命令している。戴冠式の最中に王太子が襲われたなどというのは大惨事だろうが、すでにその場は落ちつきを取りもどしはじめている。竜の治める国では、貴族たちはみな軍人という建前があるから、取り乱した姿を見せたくないというのもあるかもしれないが。
「では、猊下。冠を――」
デイミオンが声をかけるも、大神官は惨劇のショックのせいか気を失っていた。神官たちが慌てふためいて取り囲んでいるのが、なんだか場違いでおかしい。黒竜大公はため息をつき、〈呼ばい〉以上に多くを語る目でファニーにうながした。
少年は錫杖を置いて、にっこりと近づいてくる。あんなことがあったばかりだというのに、彼も笑顔だ。場慣れしているというか、なんというか。まあいいわ、とリアナは思った。これまでにあったことに比べれば、とても些細《ささい》なことだ。
「そして、見よ、今ここに竜祖の末裔なる子あり! 竜の声を聴き、竜に乗り、竜に命ずるものなり」
はりきって響くファニーの声を聞きながら、リアナは再びひざまずいた。
すっかり緊張がとけて、口もとには笑みさえ浮かんでいた。
将来設計のなかに一国の王が含まれていたことはなかったし、これから先もないだろうと思う。竜騎手ばかりが重んじられ、それ以外の階級――とくに、〈ハートレス〉が王位から遠ざけられているのも、正しいこととは思えない。
自分のためにハートレスの兵士が死んだ。そして自分は、あの子どもたちを助けられなかった。
けれど、ケイエであの死んだ兵士に「自分が王だ」と名乗ったのも嘘ではない。たとえ本意ではなくても、指名されてその責任を負うと宣言すれば、その者は王になるのだろう。
いまのリアナは、そう思う。
「汝、ゼンデンのエリサの娘リアナよ――」
冠などどうだっていい。
わたしは、王になっていく。
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