79 / 80
おまけ
プレシーズン・マッチ 1
しおりを挟む
春の訪れも近いその日、王太子デイミオンは王城近くの柱型競技場で、スポーツ観戦中だった。
竜球という、飛竜にのって行うチーム制のボールゲームである。飛竜のほか古竜一柱の参加が認められ、制限内で竜術を使うこともできる。もともとは竜騎手たちの戦闘訓練が由来となっているが、現在は戦力面で勝るライダーと連携に優れるコーラー、あるいは念話による妨害工作が通用しない〈ハートレス〉などチーム編成にも戦術の妙がある。そのため、出身地や階級を問わずオンブリアで人気のあるスポーツだ。
その日のプレシーズン・マッチ(オープン戦)は王城の真下で行われていたので、城で仕事をしながら眺めおろすこともできたが、やはり競技場で観ることにしてよかったと一人満足しているところだった。飛竜たちの動きを下から眺め、ひいきのチームの戦術をああでもないこうでもないと分析するのが、観戦の醍醐味だ。
貴族用の座席に行くと、あれこれと社交の話になるのがわずらわしいので、今いるのは一般兵や城下街の住民たちが買うような安席だった。近くの出店から、焼きソーセージの匂いが漂ってきた。
「ディフェンス! 間抜かれるぞ!」
「退いてるんじゃねえぞ! レッティ! リバウンド!」
隣の中年男性のグループがヤジを飛ばしている。オレンジの香料でごまかした安い蒸留酒を手に楽しげだ。
視界の端でなにかが動き、ぽんと投げつけられた紙袋をとっさに左手でつかんだ。
「フィル」
投げたのは、フィルバート・スターバウ。その動きのついでに隣に座った。デイミオンも長衣抜きの軽装だが、フィルのほうがより周囲に溶けこんでいる。自分の分らしい紙袋を手にしていた。
「バラの串焼きとイモのフリット、平焼きパンだけど。いいかな?」
「腹が減っていたんだ、助かる。飲むか?」
「……やった、冷えてる。さすがは国一番の竜騎手さま」
「俺をワインクーラー呼ばわりするのは、おまえくらいだよ」
フィルバートは軽く笑い、白ワインをゴブレットに注いだ。
「どっちが勝ってる?」
「〈東のアマツバメ〉が優勢だな。ディフェンスにいいコーラーが入って、今季は期待できる」
「ふーん、どうかな。〈南のセキレイ〉も、ゴール前でいい形が作れてると思うけど」
男二人はパンをほおばっては冷たいワインで流しこみ、いかにも専門家ぶってあれこれと選手や戦術について語り、今季の優勝チームを予想し、行儀を気にせずヤジを飛ばした。
要するに、楽しんでいた。
不思議なもので、この〈ハートレス〉の弟とこれほど話す機会ができたのは、リアナが見つかってから――正しくは、彼女のいた〈隠れ里〉が襲撃された日に、ともにその場所に降りたってから、ここ最近のことだった。
戦争のときには、戦場ごとに違う二つ名をもって戻った男だ。〈恐れ知らずのフィル〉だとか、〈ウルムノキアの救世主〉だとか、〈ヴァデックの悪魔〉だとか。それでいて、戦後はそれまでの栄誉をさっぱりと捨てきって、大陸各地を気ままに放浪していたという。背負う家は違えど同じ父母を持つ弟として気にかけてはいたが、立つ位置が違いすぎて、こんなふうにごく普通の会話をするような機会はこれまでなかった。
デイミオンは兄であり、またライダーでもあったので、なにかあれば不遇の弟を助けてやりたいと言うくらいの気持ちは持っていたが、そういう機会すらまったくなかった。プライドに凝り固まったタイプというわけではないが、とにかくこの弟が誰かに助けを求めるということ自体、想像がつかない。そんな男が唯一、デイミオンを頼ったのが、現王リアナのことだった。
『彼女が王位に就くまで、協力して彼女を守ってほしい』――と言ったっけ。なにやら理由ありらしいとは想像がつくが、案の定かたくなに理由は言わなかった。
「そういえば」
王位つながりで、ふと思いだす。
「アーシャ姫が、おまえに騙されたと貴人牢で訴えているそうだぞ」
「ん?」
「甘い言葉をささやかれただの、花にワインに口づけだの、通俗小説のようなことをわめき散らすので、兵士たちが困惑していると」
「ええ? 俺が?」
フィルはいかにも驚いたという顔をした。「心外だなぁ」
かつての婚約者は、現王への反逆のかどで現在、王城の幽閉塔に入っている。弑逆ということになれば、たとえ高貴の身といえど生涯幽閉以外の道はない。アーシャを政治の駒に使う気でいたデイミオンにとっては頭の痛い話ではあったが、フィルバートがあの女をどうやってあそこまで追い詰めたのかという点には、個人的に興味はある。
「あのわがまま姫に、ずいぶん懐かれていたみたいじゃないか。何をやったんだ?」
男同士の気やすさで聞いてみる。
「たいして何も。……彼女、本当に世間知らずのお姫さまなんだな」
「当たり前だろう、五公十家の箱入り姫君だぞ。すこしは気が咎めるか? 『宵の明星』なんて悪趣味なコードネームをつけていただろうが」
「ああ……あれか」
フィルは杯をあおった。「宵の明星は、目印だからな。明るくまばゆく輝いて、羽虫どもを引き寄せる――おかげで、あの学者先生が動いてくれたんだから、アーシャ姫には感謝しないと」
なかなかひどい言いようではあったが、デイミオンもうなずいた。
「おそらく、サラートにとっても苦肉の策だっただろう。アーシャの計画ははっきり言ってザルだった。……要は、きゃんきゃん吠えて自分の手の内をさらし、やつらの本来の計画を危険にさらす必要があった、というわけだ」
フィルバートは薄く笑んだまま、黙って聞いている。言われるまでもないことなのだろう。
竜球という、飛竜にのって行うチーム制のボールゲームである。飛竜のほか古竜一柱の参加が認められ、制限内で竜術を使うこともできる。もともとは竜騎手たちの戦闘訓練が由来となっているが、現在は戦力面で勝るライダーと連携に優れるコーラー、あるいは念話による妨害工作が通用しない〈ハートレス〉などチーム編成にも戦術の妙がある。そのため、出身地や階級を問わずオンブリアで人気のあるスポーツだ。
その日のプレシーズン・マッチ(オープン戦)は王城の真下で行われていたので、城で仕事をしながら眺めおろすこともできたが、やはり競技場で観ることにしてよかったと一人満足しているところだった。飛竜たちの動きを下から眺め、ひいきのチームの戦術をああでもないこうでもないと分析するのが、観戦の醍醐味だ。
貴族用の座席に行くと、あれこれと社交の話になるのがわずらわしいので、今いるのは一般兵や城下街の住民たちが買うような安席だった。近くの出店から、焼きソーセージの匂いが漂ってきた。
「ディフェンス! 間抜かれるぞ!」
「退いてるんじゃねえぞ! レッティ! リバウンド!」
隣の中年男性のグループがヤジを飛ばしている。オレンジの香料でごまかした安い蒸留酒を手に楽しげだ。
視界の端でなにかが動き、ぽんと投げつけられた紙袋をとっさに左手でつかんだ。
「フィル」
投げたのは、フィルバート・スターバウ。その動きのついでに隣に座った。デイミオンも長衣抜きの軽装だが、フィルのほうがより周囲に溶けこんでいる。自分の分らしい紙袋を手にしていた。
「バラの串焼きとイモのフリット、平焼きパンだけど。いいかな?」
「腹が減っていたんだ、助かる。飲むか?」
「……やった、冷えてる。さすがは国一番の竜騎手さま」
「俺をワインクーラー呼ばわりするのは、おまえくらいだよ」
フィルバートは軽く笑い、白ワインをゴブレットに注いだ。
「どっちが勝ってる?」
「〈東のアマツバメ〉が優勢だな。ディフェンスにいいコーラーが入って、今季は期待できる」
「ふーん、どうかな。〈南のセキレイ〉も、ゴール前でいい形が作れてると思うけど」
男二人はパンをほおばっては冷たいワインで流しこみ、いかにも専門家ぶってあれこれと選手や戦術について語り、今季の優勝チームを予想し、行儀を気にせずヤジを飛ばした。
要するに、楽しんでいた。
不思議なもので、この〈ハートレス〉の弟とこれほど話す機会ができたのは、リアナが見つかってから――正しくは、彼女のいた〈隠れ里〉が襲撃された日に、ともにその場所に降りたってから、ここ最近のことだった。
戦争のときには、戦場ごとに違う二つ名をもって戻った男だ。〈恐れ知らずのフィル〉だとか、〈ウルムノキアの救世主〉だとか、〈ヴァデックの悪魔〉だとか。それでいて、戦後はそれまでの栄誉をさっぱりと捨てきって、大陸各地を気ままに放浪していたという。背負う家は違えど同じ父母を持つ弟として気にかけてはいたが、立つ位置が違いすぎて、こんなふうにごく普通の会話をするような機会はこれまでなかった。
デイミオンは兄であり、またライダーでもあったので、なにかあれば不遇の弟を助けてやりたいと言うくらいの気持ちは持っていたが、そういう機会すらまったくなかった。プライドに凝り固まったタイプというわけではないが、とにかくこの弟が誰かに助けを求めるということ自体、想像がつかない。そんな男が唯一、デイミオンを頼ったのが、現王リアナのことだった。
『彼女が王位に就くまで、協力して彼女を守ってほしい』――と言ったっけ。なにやら理由ありらしいとは想像がつくが、案の定かたくなに理由は言わなかった。
「そういえば」
王位つながりで、ふと思いだす。
「アーシャ姫が、おまえに騙されたと貴人牢で訴えているそうだぞ」
「ん?」
「甘い言葉をささやかれただの、花にワインに口づけだの、通俗小説のようなことをわめき散らすので、兵士たちが困惑していると」
「ええ? 俺が?」
フィルはいかにも驚いたという顔をした。「心外だなぁ」
かつての婚約者は、現王への反逆のかどで現在、王城の幽閉塔に入っている。弑逆ということになれば、たとえ高貴の身といえど生涯幽閉以外の道はない。アーシャを政治の駒に使う気でいたデイミオンにとっては頭の痛い話ではあったが、フィルバートがあの女をどうやってあそこまで追い詰めたのかという点には、個人的に興味はある。
「あのわがまま姫に、ずいぶん懐かれていたみたいじゃないか。何をやったんだ?」
男同士の気やすさで聞いてみる。
「たいして何も。……彼女、本当に世間知らずのお姫さまなんだな」
「当たり前だろう、五公十家の箱入り姫君だぞ。すこしは気が咎めるか? 『宵の明星』なんて悪趣味なコードネームをつけていただろうが」
「ああ……あれか」
フィルは杯をあおった。「宵の明星は、目印だからな。明るくまばゆく輝いて、羽虫どもを引き寄せる――おかげで、あの学者先生が動いてくれたんだから、アーシャ姫には感謝しないと」
なかなかひどい言いようではあったが、デイミオンもうなずいた。
「おそらく、サラートにとっても苦肉の策だっただろう。アーシャの計画ははっきり言ってザルだった。……要は、きゃんきゃん吠えて自分の手の内をさらし、やつらの本来の計画を危険にさらす必要があった、というわけだ」
フィルバートは薄く笑んだまま、黙って聞いている。言われるまでもないことなのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる