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序章
二人の囚人 ④
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ただ――と、彼女は細い首をかしげた。それにしては、姪を溺愛する伯父や身内からなんの連絡もないのが不可解だし、やはり、あまりにも警備がものものしすぎる。古竜の力を自在に引き出す竜騎手たる彼女には、たった一人の囚人のために二十名以上の兵士が配置されていることが読みとれていた。
〔いったいどういうことなのかしらね、サフィール〕
自分の竜に呼びかけることは禁じられていたので、彼女は伯父の竜に〈呼ばい〉を送ってみた。……だが、意外なことに青竜サフィールは応答を寄こさなかった。膨大な意識いっぱいに集中して、だれかの生体反応を点検し、見守っている。
オンブリアを竜の王国たらしめている、神にも等しい力を持つ五種の古竜。そのうちの青竜は、医術をつかさどる。
――城の中に、だれか、重傷を負ったものがいるんだわ。
本はちょうど章の最後までたどりつき、今日はもう終わりにしようと考えているところで、階段のほうから足音とざわめきが聞こえてきた。静寂を破られ、美しい顔をしかめる。幽閉の暮らしの唯一のとりえが、誰に邪魔されることもない静けさではないのか? まったく、ばたばたと騒がしいこと。
「ですから、困る、と申し上げております、閣下――」
「わたくしの邪魔をしないで!」
「いくらお身内といえども、フィルバート卿への接見は認められておりません! お控えを――」
「あの子のことは、いいえ、いまは違うの。とにかく、彼女に会いたいのよ。どいてちょうだい!」
彼女はその声と内容に、また首をかしげた。塔は立ちがれた木のような外観をしており、上がるのも下りるのも、内部に通じる一本の階段を使うしかない。その階段を一番てっぺんまで登ってくれば、それが彼女の部屋なのだった。
彼女が本を閉じ、書きつけの紙を引き出しにしまうと、ちょうど声の主が立てる音がやみ、扉の前に立ったのがわかった。見張り兵と、なにやら言い争いをしているのが聞こえる。鍵を寄こせの、どうだのと。
がちゃり。錠の開く音がした。
錆びついた扉が耳障りな音を立てて開き、兵士に両脇をはさまれて、来客が姿をあらわした。よく知った顔の貴族女性だったが、もう半年は顔を合わせていないだろう。自分を見て、一瞬息をのんだのがわかった。変わり果てた姿、とでも思ったのだろうか? いや、そんなはずはない。ここは貴人用の独房。朝になれば王宮から侍女がやってきて、彼女の銀髪を昔と同じに美しく結い上げてくれるのだから。
来客――グウィナ卿は時候の挨拶もすべて無視することに決めたようだった。もちろんそうだ。ここに社交を求めてくる人間などいるはずがない。彼女も気どったそぶりはやめて、ただ顔だけをそちらに向けた。
オンブリアの領主貴族たちを束ねる五公の一人にして、王太子の血縁でもある女性は、せっぱつまった声で言った。
「デイミオンが重傷を負ったわ。あなたの助けが必要なの、アーシャ姫」
囚われの元齋姫、アーシャは薄暗がりの中でものうげに微笑んだ。
〔いったいどういうことなのかしらね、サフィール〕
自分の竜に呼びかけることは禁じられていたので、彼女は伯父の竜に〈呼ばい〉を送ってみた。……だが、意外なことに青竜サフィールは応答を寄こさなかった。膨大な意識いっぱいに集中して、だれかの生体反応を点検し、見守っている。
オンブリアを竜の王国たらしめている、神にも等しい力を持つ五種の古竜。そのうちの青竜は、医術をつかさどる。
――城の中に、だれか、重傷を負ったものがいるんだわ。
本はちょうど章の最後までたどりつき、今日はもう終わりにしようと考えているところで、階段のほうから足音とざわめきが聞こえてきた。静寂を破られ、美しい顔をしかめる。幽閉の暮らしの唯一のとりえが、誰に邪魔されることもない静けさではないのか? まったく、ばたばたと騒がしいこと。
「ですから、困る、と申し上げております、閣下――」
「わたくしの邪魔をしないで!」
「いくらお身内といえども、フィルバート卿への接見は認められておりません! お控えを――」
「あの子のことは、いいえ、いまは違うの。とにかく、彼女に会いたいのよ。どいてちょうだい!」
彼女はその声と内容に、また首をかしげた。塔は立ちがれた木のような外観をしており、上がるのも下りるのも、内部に通じる一本の階段を使うしかない。その階段を一番てっぺんまで登ってくれば、それが彼女の部屋なのだった。
彼女が本を閉じ、書きつけの紙を引き出しにしまうと、ちょうど声の主が立てる音がやみ、扉の前に立ったのがわかった。見張り兵と、なにやら言い争いをしているのが聞こえる。鍵を寄こせの、どうだのと。
がちゃり。錠の開く音がした。
錆びついた扉が耳障りな音を立てて開き、兵士に両脇をはさまれて、来客が姿をあらわした。よく知った顔の貴族女性だったが、もう半年は顔を合わせていないだろう。自分を見て、一瞬息をのんだのがわかった。変わり果てた姿、とでも思ったのだろうか? いや、そんなはずはない。ここは貴人用の独房。朝になれば王宮から侍女がやってきて、彼女の銀髪を昔と同じに美しく結い上げてくれるのだから。
来客――グウィナ卿は時候の挨拶もすべて無視することに決めたようだった。もちろんそうだ。ここに社交を求めてくる人間などいるはずがない。彼女も気どったそぶりはやめて、ただ顔だけをそちらに向けた。
オンブリアの領主貴族たちを束ねる五公の一人にして、王太子の血縁でもある女性は、せっぱつまった声で言った。
「デイミオンが重傷を負ったわ。あなたの助けが必要なの、アーシャ姫」
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